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あざらし
402
7
蒼月
2,569
小柳ロウは白狼である。人型と狼型を使い分けることができる上位種であり、その戦闘能力は人間のヒーローなど比べ物にならないほど高かった。
藍色に輝く毛並みと金色の瞳を持つ彼は、ヒーローの中でも一目置かれる存在だった。
だがロウはその力を見せびらかすことを好まず、いつも後方支援に徹していた。本当の力を隠していることを知っているのは、ヒーローの中でもごくわずかだった。
伊波ライは純粋な人間だった。生まれつき身体能力に優れ、正義感が強く、ヒーローとして頭角を現した。
しかしそれはあくまで人間としての限界の中での話だ。獣人であるロウの真の力には遠く及ばなかった。
ロウがライに惹かれたのは、その脆さゆえだった。
人間は弱い。すぐに傷つき、すぐに折れ、放っておけば勝手に壊れてしまう。
それなのにライは誰よりも無茶をし、誰よりも自分を顧みず、傷だらけになりながら戦い続ける。その姿が、ロウにはひどく愛おしく映った。
「お前はどうしてそう無茶ばかりするんだ」
戦いの後、いつものようにライの手当てをしながら、ロウはため息混じりに言った。ライは痛みをこらえながら笑う。
「俺がやらなきゃ誰がやるんだよ。ロウはサポートが仕事だろ。前線は俺たち人間の役目だ」
その言葉に、ロウの金色の瞳がわずかに陰った。ライは知らないのだ。ロウが本気を出せば、敵など一瞬で蹴散らせるということを。
それを隠しているのは、ロウ自身の選択だった。自分の本性を知られたら、ライが離れていくかもしれない。それが怖かった。
「なあ、ロウ」
「なんだ」
「お前って、本当はもっと強いんじゃないかって、たまに思うんだよな」
ドキリとした。ライの勘の良さに、ロウは内心で冷や汗をかく。
「……なんでそう思う」
「なんとなく。お前、いつも余裕あるし。本当は俺なんかよりずっと強いのに、隠してるんじゃないかって」
ライの目は真っ直ぐだった。疑っているわけではなく、純粋な好奇心でそう言っているのが分かった。ロウは少しだけ迷ったが、結局はいつものように微笑んでごまかした。
「考えすぎだ。俺は非戦闘員だよ」
「そうか? まあいいけど」
ライはあっさりと引き下がった。その無防備な信頼が、ロウの胸を締め付ける。
(お前は何も知らない。俺がどれだけお前を欲しているかも、俺の本当の力も、何も)
ロウの中で、ライを監禁する計画が具体的に動き始めたのは、この頃だった。
決行の夜、ロウはついに本性を現した。
いつものようにセーフハウスに呼び出されたライは、差し出された飲み物に口をつけ、意識を失った。そして目を覚ました時、目の前にいたのは、見慣れた仲間の姿ではなかった。
「……ロウ……?」
薄暗い部屋の中で、金色の瞳が二つ、闇に浮かんで光っている。
「目が覚めたか、ライ」
声はロウのものだった。でも、その姿は明らかに人間のものではない。口元から覗く鋭い牙も、何よりその圧倒的な存在感が、ライの本能的な恐怖を呼び覚ました。
「お前……なん、なに……その姿……」
ロウはゆっくりとライに近づく。床を踏む足音さえも重く、空気が震えるようだった。
「俺は白狼だ。人間なんかよりずっと強い。お前よりも、誰よりもな」
「……知らなかった……」
「知らなくていいようにしてたからな。怖がられると思ったから」
ロウの大きな手が、ライの頬に触れる。その手は人間のものよりずっと大きく、鋭い爪がそっと肌をなぞった。ライの身体が緊張で硬くなる。
「でも、もう隠すのはやめた。お前をここに閉じ込めるなら、本当の俺を知ってもらわなきゃならないからな」
「閉じ込める……? ロウ、正気か……?これ、とって、」
「正気だ。ずっと前から決めてたことだ」
ライは拘束された手足を必死に動かそうとした。しかし、人間の力ではどうにもならないほど、拘束具は頑丈だった。
「無駄だよ。その拘束具は俺の力に耐えられるように作ってある。人間のお前が外せるわけがない」
「どうして……! 俺たち仲間だっただろ……!」
「仲間だったからだ」
ロウはライの上に覆いかぶさるようにして、その金色の瞳で真っ直ぐに見下ろした。
「仲間だったから、お前の限界が分かる。お前はもうすぐ壊れる。人間の身体で、ヒーローなんて続けられるわけがないんだ」
「それでも……俺は……!」
「それでもなんだ。死ぬまで戦うつもりか? お前が死んだら、俺はどうなる」
ロウの声がわずかに震えた。怒りなのか、悲しみなのか、それとも別の感情なのか。
「俺はお前を失いたくない。だからここに閉じ込める。お前が戦わなくてもいいように、俺が全部守る」
「それは……俺の意思を無視してる……!」
「無視してるさ。でもそれがどうした」
ロウはぐっと顔を近づけ、ライの首筋に鼻先を押し付けた。狼の嗅覚で、ライの匂いを深く吸い込む。
「ライの匂いは俺を落ち着かせる。お前の声は俺を癒す。お前のすべてが俺には必要なんだ」
「……っ、やめろ……!」
「やめない。俺は人間じゃない。欲しいものは力ずくでも手に入れる。それが獣のやり方だ」
ロウの牙が、ライの耳たぶをそっと噛んだ。痛くはない。それでも、捕食者に組み敷かれているという事実が、ライの心を絶望で満たしていく。
「お前は今日から俺のものだ。人間のヒーローじゃない。俺だけの伊波ライだ」
「俺は……物じゃない……!」
「分かってる。物よりもずっと大切な、俺の宝物だ」
「怖がらなくていい。俺はお前を傷つけたりしない。ただ、守りたいだけだ」
「こんなの……守るって言わない……」
「俺にとってはこれが守ることなんだ」
「泣くな。そのうち分かる。ここがお前の居場所だって」
「分からない……っ、分かりたくない……!」
「そうか。なら分かるまでだ。俺たちには時間がある。人間のお前が死ぬまで、ずっとな」
その言葉は、ライにとって終わりのない監禁の始まりを告げるものだった。ロウは狼であり、ライは人間だった。種族も、力も、寿命さえも違う。それでもロウは、この小さな人間を手放す気などさらさらなかった。
「おやすみ、ライ。明日からは、新しい生活の始まりだ」
コメント
1件
わ、めっちゃ重くて熱いやつきた……! 白狼ロウの「隠してた本性」と「ライへの執着」が一気に加速する展開、めちゃくちゃ好みだわ。普段の優しいサポートと本性現した時の圧の差がエグくて、首筋に鼻先押し付けるシーンは正直ゾクッとした。ライが「物じゃない」って叫ぶのに対して「宝物」って返すロウの歪み方が最高。続き、どうなっちゃうんだろう……ガチで気になる🔥