テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
【テディベア】
……足元の感触が変わった。
廊下の冷たい床じゃない。
ざらざらと、砂を踏むような感覚。
(……どこ、ここ?)
「……どこ〇もドア、ってやつ?」
冗談めかして振り返った。
けれど――
ドアがなかった。
ついさっきまであったはずの、図工室のドア。
どこにも、影さえ見えない。
(……じゃあ、帰れないってこと?)
喉がひゅっと鳴った。
でも――その時、ふと視界の隅に見覚えのあるものが映った。
ベンチの上に、ぽつんと置かれたテディベア。
白い毛並みは、もう灰色に近い。
汚れた首元には、色あせたリボンが巻かれている。
「……知ってる。この子」
手を伸ばし、そっと抱き上げた瞬間――
リボンの裏に、幼い字でこう書かれていた。
『てでぃ』
「……テディ……」
唇から、懐かしい響きがこぼれたその時――
――(ユルサナイ)
「……え?」
声が、響いた。
耳じゃない。頭の中で。
――(オマエ、ステタ)
「……だれ……?」
問いかける声は震えていた。
でも、答えは返ってこない。
――(ムカシ……タノシカッタ)
「え……?」
――(イマハ……)
「……今は?」
――(ア・ク・ム)
悪夢――?
テディを見た。
笑っていた。
笑顔じゃない。
――企みの笑み。
次の瞬間――
視界が歪んだ。
空間が、ぐにゃりと曲がる。
﹁我・許無→捨ゥ無s悪夢ュ﹂
「……っ!」
何語か分からない声が、頭に流れ込む。
痛い。
でも――その瞬間、思い出した。
テディは、3歳の誕生日に貰ったぬいぐるみだった。
ずっと一緒だった。
どこへ行くにも、何をするにも、一緒だった。
……でも、小学校に上がったとき、私は――
新しい、もっと綺麗なぬいぐるみを貰った。
その日から、テディのことを忘れた。
ある日、気づいたら――いなくなっていた。
「……ごめん……ね」
震える声で言った。
テディは、動かない。
だけど――
――(ハヤク、ニゲロ)
「……逃げる?ドア、無いじゃん」
――(ユメカラ、サメロ)
「……夢?」
地面が揺れた。
今度は幻じゃない。
世界そのものが、崩れていく。
「――ゆめ! ゆめ!」
……誰かの声。
光が差し込む。