テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
【テディベア】
……足元の感触が変わった。
廊下の冷たい床じゃない。
ざらざらと、砂を踏むような感覚。
(……どこ、ここ?)
「……どこ〇もドア、ってやつ?」
冗談めかして振り返った。
けれど――
ドアがなかった。
ついさっきまであったはずの、図工室のドア。
どこにも、影さえ見えない。
(……じゃあ、帰れないってこと?)
喉がひゅっと鳴った。
でも――その時、ふと視界の隅に見覚えのあるものが映った。
ベンチの上に、ぽつんと置かれたテディベア。
白い毛並みは、もう灰色に近い。
汚れた首元には、色あせたリボンが巻かれている。
「……知ってる。この子」
手を伸ばし、そっと抱き上げた瞬間――
リボンの裏に、幼い字でこう書かれていた。
『てでぃ』
「……テディ……」
唇から、懐かしい響きがこぼれたその時――
――(ユルサナイ)
「……え?」
声が、響いた。
耳じゃない。頭の中で。
――(オマエ、ステタ)
「……だれ……?」
問いかける声は震えていた。
でも、答えは返ってこない。
――(ムカシ……タノシカッタ)
「え……?」
――(イマハ……)
「……今は?」
――(ア・ク・ム)
悪夢――?
テディを見た。
笑っていた。
笑顔じゃない。
――企みの笑み。
次の瞬間――
視界が歪んだ。
空間が、ぐにゃりと曲がる。
﹁我・許無→捨ゥ無s悪夢ュ﹂
「……っ!」
何語か分からない声が、頭に流れ込む。
痛い。
でも――その瞬間、思い出した。
テディは、3歳の誕生日に貰ったぬいぐるみだった。
ずっと一緒だった。
どこへ行くにも、何をするにも、一緒だった。
……でも、小学校に上がったとき、私は――
新しい、もっと綺麗なぬいぐるみを貰った。
その日から、テディのことを忘れた。
ある日、気づいたら――いなくなっていた。
「……ごめん……ね」
震える声で言った。
テディは、動かない。
だけど――
――(ハヤク、ニゲロ)
「……逃げる?ドア、無いじゃん」
――(ユメカラ、サメロ)
「……夢?」
地面が揺れた。
今度は幻じゃない。
世界そのものが、崩れていく。
「――ゆめ! ゆめ!」
……誰かの声。
光が差し込む。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!