すちはみことを抱えたまま部屋に入り、 そのままベッドの端に腰を下ろした。
みことはまだ胸元に縋りついて泣いている。
しばらく無言でその重みを受け止めていたが、 やがてすちは低く、少し疲れた声で言った。
「……いい加減、離れて」
その言い方は優しくも冷たくもない。
ただ、限界ぎりぎりで保っているすちの声だった。
みことはびくりと身体を震わせ、 ゆっくりと顔を上げた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔。
赤く腫れた目。
息を飲むたびに喉が震える。
「……っ……すち…… 俺……すちを……選ぶから…… だから……いなくならないで……」
掠れた声で、必死にしがみつくように言う。
すちはその言葉に、一瞬だけ眉を寄せた。
胸の奥が──
嬉しいような、苦しいような、どうしようもない感情でぐちゃっとかき回される。
(……選ぶ、ね。 なんでそんな顔で言うんだよ、バカ)
そんな気持ちが込み上げた瞬間、
すちはみことの顔をつかむようにして持ち上げた。
指先が少し乱暴に涙を拭う。
「……それ……ほんと?」
「……ほんと、だよ……っ」
また涙が溢れそうになるのを、すちは指で拭い取った。
そして、見下ろす瞳がわずかに鋭くなる。
「じゃあ──」
喉の奥で言葉をかみしめてから、 すちはゆっくり、低く問うた。
「もう二度と……他の奴を好きだとか言わない?」
みことの呼吸が止まる。
すちの瞳は真剣で、逃げ場なんてどこにもない。
ただ、みことの答えだけを待っていた。
みことは顔を上げ、ぐちゃぐちゃに崩れた涙の跡を気にする余裕もなく、精一杯の力で答えた。
「……いわない……」
声は掠れていたが、真っ直ぐすちを見つめるその目には決意が宿っていた。
すちは一息つき、みことの肩を軽く押さえながら、さらに踏み込んだ質問をする。
「……じゃあさ、俺の言うことだけ、聞いてくれる?」
みことはわずかに眉をひそめ、戸惑いながらも唇を小さく震わせた。
「……うん……なんでもきく……」
言葉は安易に出てしまったようで、少し緊張しているのが見て取れる。
その返事を聞いたすちは、胸の奥にざわつく感情を感じた。
嬉しさと独占欲、少しの苛立ちが混ざり合って、複雑に心を締め付ける。
すちはみことの顎に指をかけ、顔を自分の方に向けさせた。
その指先は優しくもあり、同時に乱暴なほどの強さも持っていた。
「……じゃあ、俺にキスして」
低く、落ち着かない呼吸を混ぜた声。
指先で顎を引かれ、みことの心臓は跳ねる。
唇が触れる瞬間の恐怖と期待が、胸の奥で渦を巻いた。
「……う、うん……」
みことは小さく息を吸い、緊張で肩を震わせながらも、 そっと唇をすちに重ねる。
最初は短く、恐る恐るのキス。
だがすちはじっと、手を離さずにみことを抱えたまま見つめ続ける。
その視線にみことは逃げられず、さらに深く唇を重ねざるを得なかった。
すちは軽く力を入れてみことの腰を引き寄せる。
唇の圧力は徐々に強くなり、甘く熱を帯びていく。
みことは緊張のあまり手をぎゅっと握りしめ、呼吸が荒くなる。
それでも、逃げずにすちの唇に応える。
震える手で腕を抱え、身体ごとすちに預けるようにして、全身で『離れないで』と訴えていた。
すちはその反応に、唇をわずかに緩め、短く息を吐いた。
「……よし、ちゃんと俺の言うこと、聞けてるね」
その声は低く、落ち着いているようで、 内心は嬉しさと少しの苛立ちで煮えたぎっていることが伝わる。
みことの震える唇と胸の奥で高鳴る鼓動。
それをすちが抱き締めることで、二人の間に張り詰めた緊張と甘さが共存していた。
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