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朝倉先生と変更点の確認作業をしたのが、功を奏して、リテイクも無く、直ぐにOKがもらえた。
おかげで、暫くは締め切りに追われない、まったりと幸せな日々の予定。
居住地の自治体から9~10ヶ月乳児健診の通知が来たので、いつもの大きなマザーズバックと娘を抱えて、区役所にやってきた。
6ヶ月健診を終えたばかりだと思ったら、あっという間に3か月が経ち、やってきました9~10か月対象の赤ちゃん健診。半分義務な感じがして、都合を付けて行くようにしている。
母子手帳に体重などの記録が残るのは、子供の成長がしっかり見られるので嬉しい。
区役所の4階にその月齢の子供が一同に集まると、とても賑やかだ。
家族によっては、ママ・パパの二人で来ていたり、ママ・パパ・おばあちゃんまで付いて来たりしていた。
もちろん、一人で来ているママもたくさんいる。
一家総出で来ているような家の子供は、将来の希望をたくさん背負わされているようで、純粋無垢な笑顔を浮かべるその子供をなんとなく気の毒にも思ったりした。
我が娘・美優は、身長74.2cm 体重9.8キロと女の子にしては、大きめで「健康優良児ですね」と保健婦さんに褒められる。
不安だらけの子育てに”大丈夫”とお墨付きをもらったようで、安心した。
離乳食も1日3回となり、乳幼児用マグカップで水分を取れるようになっていて、そろそろ断乳をしても良いと指導を受ける。
『断乳』それは、母乳を絶つ事で、赤ちゃんは、ママのおっぱいを卒業するのだ。赤ちゃんの吸い込む力も強くなり、先端が切れて痛みがある。娘は、私の血液を飲んでいるのか母乳を飲んでいるのかの状態だ(汗)これは、断乳する頃合いだろう。
健診が終わり、エレベーターで区役所1階まで降りた。
区役所1階は、住民票の登録や印鑑証明、戸籍の届け出窓口があり、たくさんの人で混み合っている。
その人混みの中をトボトボと駐車場へと続く出口を目指し歩いていた。
「夏希? 夏希じゃないか」
不意に私を呼ぶ声にビクッ肩が跳ねた。
声のする方向へ視線を泳がすと、声を掛けた人物を認識して、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られる。
「久しぶりだけど、なんで子供を抱いているんだ?」
って、聞かれた。
だって、別れた時は子供の子の字も無かったんだし、不思議に思っても当然だ。
なんて返事をしたらいいのか困る。
まさか、こんなところで別れた元カレ・DNA的に娘・美優の父親に当たる園原将嗣に出会うなんて思っていなかったからだ。
今、私の顔はきっと、引きつっているだろう。それでも、なんでもない振りをして返事をした。
「久しぶりね。今日は、何でココに?」
「俺? ああ、離婚して駅前のマンションに引っ越したんだ。その手続きに……。で、その子供は?」
「えっ! 離婚? 何で?」
「まあ、話すと長くなるから、どっかお茶でも飲む」
気まずそうに視線を泳がし、そんな事を言い出す。けれど、長く話なんてするつもりは無い。自分でもすごく勝手だと思うけれど、子供の父親であることを知られたくなかった。既婚者だったクセに独身だと嘘をついていた人なんて信用できない。
「私、あなたとお茶を飲む時間なんてないの。悪いけど、急ぐから」
「今でも夏希が怒っているのは分かるけど、言い訳ぐらいさせて欲しかったよ。俺、あの頃は夏希だけが心の拠り所だったんだ」
「本当に急ぐから……」
何を言われても話を聞こうとは思えない。この場から逃れたくて、足を踏み出した。けれど、将嗣はそれを阻むように前に立ちはだかり、プライベート用の名刺を差し出される。受け取るのも躊躇われたが、これ以上は、話しをする気にもなれない。押し問答になってしまったら面倒だと思い、取り敢えず受け取った。
そして、「じゃあ」とだけ告げ、再び歩き出す。
「夏希、また会おう」
将嗣の声が私を追いかけてくる。仕方がないので、軽く振り返り、小さく手を振った。
車に乗り込みチャイルドシートへ娘を座らせながら、複雑な気持ちになる。
もしも、この子が大きくなって自分のルーツを知りたがった時に私は何を言えばいいのだろう。
このまま、過去の事をいつまでも根に持ち、娘から父親という存在を消していまってもいいのだろうか。
例えば、将嗣と話をして子供の存在を拒絶されてからでも遅くは無いのかも……。
でも、受け入れられたらどうする?
認知をしてもらう? 時々会わせる? 引き取りたいと言われたら?
悪夢を払うかのように首を横に振った。
そういえば、離婚したって言っていた……。
でも、離婚したからと言って、私と付き合って居た頃は既婚だったのだ。それも、私には独身とウソを吐いて、隠して私と付き合っていたのが許せない。
知らない間に愛人だったなんて、ぞっとする。
私が、どんなにショックだったか、二股男にはわからないだろう。
いまさら、どんな話を訊かされようとも、一度捨ててしまった好きだと言う気持ちが、戻ってくるわけじゃない。
結婚の約束を守れないような浮気性の男なんて、治らない病に掛かっているようなものだ。
それでも、美優の父親。
将嗣に美優のことを伝えるべきなのか、答えの出せない難題を突き付けられ、頭を抱えた。
直ぐに捨てるつもりでいた名刺を長財布の外ポケットに押し込み、マザーズバックへ投げ入れる。
その時、将嗣が他にも言っていた事を思い出しハッとした。
『駅前のマンションに引っ越してきた』
視線をあげると駅に直結のタワーマンションが見える。
「この区役所の駐車場からも見える駅前のタワーマンションに引っ越してきただとう?」
思わず唇を尖らせた。
駅前のタワマンと言えば、スーパーも入っているし、ドラックストアも本屋もある。ファーストフードのチェーン店も入っている。
車の駐車場も利用者無料だし、子育て中のママには大きすぎず、必要なものが全て揃う便利な場所だ。
下手をしたらチョイチョイ会ってしまうのではないか?