テラーノベル
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朝、六時四十分。
まだ町が眠っているような時間に、仁人の家の前には、いつもの自転車が一台止まっていた。
🩷「……仁人ー」
小さな声で呼ぶ。
返事はない。
勇斗は自転車から降りて、玄関の前にしゃがみ込んだ。
蝉の声も、まだ遠い。
夏休み前の、少しだけ涼しい朝。
🩷「寝てんのかな」
そう呟いて、スマホを取り出した。
『着いた』
送信して数秒後。
『今起きた!!』
慌てたような返信が届いた。
勇斗は思わず笑った。
🩷「……かわいいな」
自分で言っておきながら、少し恥ずかしくなってスマホをポケットにしまった。
数分後、玄関の扉が開く。
💛「ごめん!!待った?」
🩷「いや、全然」
💛「絶対待ったでしょ」
🩷「うん、ちょっと」
💛「えー!」
仁人は寝癖のついた髪を慌てて整えながら、靴を履いた。
勇斗はそんな仁人を眺めていた。
朝の光に照らされた、まだ眠そうな顔。
少し大きめの制服の袖。
自分を見つけると、いつも安心したように笑うところ。
それを見ていると、なぜだか一日の始まりが特別なものに思えた。
🩷「今日、ちょっと遠回りしていい?」
💛「え?学校間に合う?」
🩷「間に合わせる」
💛「勇斗が言うとなんか説得力あるね」
🩷「なにそれ」
二人は並んで歩き始めた。
いつもの道を外れて、田んぼの間を抜ける細い道へ。
朝露がついた草が、風に揺れている。
遠くの山には薄い霧が残っていた。
💛「こっちの道、初めて通るかも」
🩷「そっか」
💛「勇斗はよく通るの?」
🩷「小さい頃はよく来てた」
💛「何してたの?」
🩷「秘密」
💛「またそれ!」
勇斗は笑った。
けれど、少し歩いたところで立ち止まる。
そこには、小さな橋があった。
下を流れる川は浅く、透き通っている。水面には朝日が反射して、きらきらと揺れていた。
🩷「ここ、好きなんだよね」
💛「きれい……」
仁人は橋の欄干に手を置いて、川を覗き込んだ。
💛「なんか、時間がゆっくり流れてる感じがする」
🩷「わかる」
💛「東京にいたときは、朝っていつも急いでたから」
🩷「今は?」
💛「……今は、ちょっと好きかも」
勇斗は何も言わなかった。
ただ、仁人の横顔を見ていた。
その言葉が、自分のことを含んでいるような気がして。
でも、そんなことを聞く勇気はなかった。
💛「勇斗?」
🩷「ん?」
💛「どうしたの?」
🩷「いや。朝、迎えに来るのも悪くないなって」
💛「え、今さら?」
🩷「最初は道案内のつもりだったんだけど」
💛「もう道、覚えたよ(笑)」
勇斗は川に視線を落とした。
水の流れる音が、二人の間を静かに通り過ぎていく。
🩷「……仁人と歩くのが、好きだから」
一瞬、仁人の足が止まった。
💛「え?」
🩷「だから、朝がちょっと楽しみ」
言い終わった勇斗は、照れ隠しのように歩き出した。
🩷「ほら、遅れるよ」
💛「あ、待って!」
仁人は慌てて追いかける。
胸の奥が、なぜか落ち着かなかった。
その日、学校ではいつも通りだった。
勇斗は女子に呼び止められ、廊下で友達に肩を叩かれ、誰にでも自然な笑顔を向けていた。
仁人はそれを、隣の席から何となく眺めていた。
自分といるときの勇斗と、みんなといるときの勇斗。
同じ人なのに、少し違って見える。
そんなことを考えていたら、机の端に小さな紙が滑り込んできた。
開くと、短い文字が書かれていた。
『帰り、待ってて』
仁人は思わず顔を上げた。
勇斗は黒板を見たまま、何食わぬ顔をしている。
仁人はペンを取り、紙の裏に返事を書いた。
『うん』
それだけのやりとりなのに、少し嬉しかった。
放課後。
教室にはもうほとんど人がいなかった。
仁人が鞄を肩にかけると、勇斗が窓際から声をかける。
🩷「帰ろ」
💛「うん」
二人は並んで校門を出た。
夕方の風は、朝より少しだけ熱を帯びていた。
いつもの道を歩きながら、仁人はふと思い出したように尋ねた。
💛「ねえ、勇斗」
🩷「ん?」
💛「明日も迎えに来る?」
勇斗は少し驚いたように仁人を見る。
💛「あ、いや、別に来なくてもいいんだけど!」
慌てて言い足す仁人に、勇斗は小さく笑った。
🩷「行くよ」
💛「ほんと?」
🩷「うん。明日は今日より早く来ようかな」
💛「えー、なんで?」
🩷「もうちょっと一緒にいたいから」
今度は、仁人が何も言えなくなった。
勇斗はそんな仁人を見て、少しだけ目を細めた。
🩷「……嫌?」
💛「嫌じゃない」
答える声が、自分でも驚くほど小さかった。
二人はそのまま歩いた。
いつもの分かれ道に着く。
💛「じゃあ、また明日」
🩷「うん。また明日」
仁人が家の方へ歩き出す。
数歩進んだところで、振り返った。
勇斗はまだ、そこに立っていた。
💛「勇斗!」
🩷「ん?」
💛「朝、起こしてね!」
勇斗は笑って、手を振った。
🩷「任せて」
仁人の姿が見えなくなるまで、勇斗はその場を動かなかった。
そして、誰にも聞こえない声で呟く。
🩷「……明日も、楽しみだな」
その夜。
仁人はベッドに寝転びながら、朝の川を思い出していた。
『仁人と歩くのが、好きだから』
何度も、その言葉が頭の中を巡る。
別に、特別な意味なんてない。
勇斗は優しいから。
誰にでも、そういうことを言えるのかもしれない。
そう思おうとした。
けれど。
💛「……明日、早く起きよ」
ぽつりと呟いて、枕に顔を埋めた。
一方、勇斗もまた、スマホを手にしていた。
仁人とのトーク画面。
今日の最後のメッセージは、仁人から届いたものだった。
『明日もよろしく!』
たったそれだけ。
なのに、何度も読み返してしまう。
勇斗はスマホを伏せて、窓の外を見た。
遠くから、夜の虫の声が聞こえる。
明日の朝も、きっと同じ道を歩く。
それが当たり前になっていくことを、少しだけ怖いと思いながら。
それでも、明日が来るのを待っていた。
夏はまだ、始まったばかりだった。
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コメント
2件
うわあああ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!😭💕💕💕 朝の迎えに行くっていう日常がこんなにエモくなる??勇斗が「仁人と歩くのが好きだから」ってさらっと言うとこ、マジで心臓持ってかれた!しかもそのあと照れて先に歩いちゃうのとか完全に恋する男子やん…!🩷 仁人も「明日早く起きよ」って布団の中で思っちゃうとこ、分かりすぎて胸キュン。お互いのトーク画面見返す夜とか、青春の甘酸っぱさが詰まってて最高すぎました…次の話も絶対読む!!🌸