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神々の廟を巡る旅は続いた。
水の廟での出来事は、廟に来ていた人々によって語られ、その話は遠くドルトルージェ王宮にも届いた。
国王陛下からの使者が、宿泊先で待っていて、お礼の言葉を代理で述べられ、王妃様からは代々の王妃が受け継いでいる銀のブローチをいただいた。
その銀のブローチには大きなサファイアがあり、私のために考えて選んでくれたのだとわかる。
「いいものをもらったな」
「はい! 素敵な贈り物をいただきました」
お礼の言葉、特別な贈り物――家族になれたと思ってもいいですよね。
ナタリーは私の日焼けを防ぐため、頭から首元まで、ショールを巻き、そのブローチを使って、止めてくれた。
水の廟から出ても、私の話はすでに伝わっていて、行く先々では歓迎の催しが開かれ、どこへ行っても、ごちそうや踊り、楽器の演奏などで、盛大にもてなされ、楽しい日々が続く。
そんな旅も終わりに近づいた。
「疲れただろう?」
「いいえ。とても楽しかったです」
最後の廟は毒の神。
緑が生い茂る沼地の中央に廟がある。
水面には緑の浮草、枯れ木が顔をだし、沼地というより、浅い湖の中に廟がある風景で、とても爽やかな風が吹く。
蛇の彫刻が廟を飾り、銀色の装飾が目を引いいた。
「毒の神に選ばれし尊き身、シルヴィエ様。お待ちしておりました」
大司教様を始めとする神官たちが、ずらりと並び、廟の中心まで案内される。
アレシュ様とヴァルトルも一緒に中へ入ろうとしたけれど、それを止められた。
「お待ちください。もし、毒の神にお会いしたいのならば、シルヴィエ様、お一人がよろしいかと」
「私一人ですか?」
「はい。毒の神は気難しく、気まぐれです。姿を現すのであれば、シルヴィエ様お一人の時のみでしょう」
「そうかもな。倒れた時、とっさにヴァルトルで、毒の神を追ってしまったから、向こうは会いたくないだろう」
ヴァルトルは翼を動かし、なにか抗議していた。
あの時、危害を加えられたのはアレシュ様で、ヴァルトルは守るための行動だったと主張しているようだ。
「それでは、アレシュ様。毒の神様にお会いしてきます」
「ああ。外で待っている」
沼地にあるからだろうか――空気がひんやりしていて、草木の香りが漂う。
毒の神の色は銀。
銀色の蛇が、廟の奥に飾られていた。
蛇の前に大司教様は立ち、古い言葉の聖句を唱える。
聖句が終わった瞬間、銀色の蛇が二匹に分裂したかと思うと、そのうちの一匹の蛇は本物の蛇だった。
大司教様は騒がず、静かに頭を垂れた。
「先日は子供たちを助けていただき、ありがとうございました」
まずは、お礼を述べた。
私が本来持っている力ではなく、神様から力をお借りしたものだからだ。
「毒の神様。どうか私と一緒に来ていただけませんか? そして、そのお力を人々のために、お借りできないでしょうか?」
銀の蛇は右に左に動き、悩んでいる様子だった。
――うわぁ、とっても可愛いですね。もしかして、恥ずかしがり屋さんとか?
蛇といえど、銀細工のように美しく、小さくて可愛らしい、
生き物はミミズから小鳥まで大好きな私。
今すぐにでもナデナデしたいところだったけど、それをぐっとこらえた。
「あの……。もし、恥ずかしいのであれば、私の髪に隠れてはいかがでしょうか。同じ銀色ですし、わからないと思います」
ハッとしたように、蛇は振り返る。
どうやら、本当に恥ずかしがり屋だったようだ。
「どうぞ」
しゃがんで高さを合わせると、表情がないはずの蛇がにっこり笑った気がした。
銀の蛇は美しく、しゅるしゅるとリボンのようになり、私の髪飾りの一部となって収まった。
「毒の神様。これから、よろしくお願いしますね」
無事、毒の神様を連れていくことができた私を見て、大司教様が近づく。
「シルヴィエ様。蛇は毒の神の化身。神の一部でございます。区別するためにも名前を与えては、いかがでしょうか。お互いの絆が、より深まります」
「そうですね……。えっと……」
アレシュ様はヴァルトル、シュテファン様はゼレナと、それぞれ名付けていたのを思い出す。
同じ名前では困るから――
「では、レネ。毒の神様の名を私はレネと呼びます」
その瞬間、私と毒の神様の間に契約が結ばれた。
強力な契約の力は、その条件を私の頭の中に記した。
『命を失ったなら、毒の神の加護は消える』
『他国の侵略に、毒の神の力を使ってはいけない』
その二つは絶対の契約。
頭の中に、魂に、契約が刻まれる。
破れば、その代償に死ぬ――それを瞬時に理解した。
「シルヴィエ様。おめでとうございます。王家以外の方に、力は使えませんが、我々には知識があります。もし、再び力のことで悩まれたのであれば、毒の神の廟へいらしてください」
「わかりました。どうぞよろしくお願いします」
ドルトルージェ建国から続く、神々の知識と恩恵が、国全体に残っている。
――私も加護を与えられた身として、未来になにか残していきたい。
「まずは、この未熟な自分を鍛えないといけませんね! 知識もありませんし、やらなくてはいけないことが山積みです」
でも、なにをしたらいいのか……
悩みつつも大司教様に先導され、廟を出る。
外には、アレシュ様とカミルが待っていた。
二人は私より、難しい顔をしていた。
「私が不在の間に、なにかありましたか?」
「いや。王宮から使者が来て、情勢を聞いていた。毒の神は?」
「私の髪飾りにいらっしゃいます。レネという名前を付けました」
「そうか。よかった」
「恥ずかしがり屋なので、あまり見ず、自然に接してくださいね」
銀色の小さな蛇が輪を作っている。
髪飾りの一部として、溶け込んでいた。
「わかった。レネ、よろしく頼む’」
レネは一度だけ、ひょこっと顔をあげ、また髪飾りの中へ埋もれた。
「使者のお話とはなんだったのですか?」
アレシュ様とカミルの難しい顔が気になった。
「レグヴラーナ帝国の後継者から、ラドヴァンが外されたかもしれない」
「お兄様が……」
「驚かないのか」
「ええ」
私は幽閉されていたとはいえ、お兄様とお父様の不和に気づいていた。
お父様がなぜ、ロザリエを一番愛したか。
そこにすべての答えがある。
王宮を去らない年老いた侍女、お父様と似ていないお兄様――以前から、違和感を感じていた。
優秀なお兄様が、なぜお父様から愛されないのかと。
今までは、私がいたから、お父様のお兄様に対する冷遇が目立たなかったけれど……
「シルヴィエ?」
「……そうですね。お父様はロザリエを気に入っていますから」
「誰が後継者でも構わないが、帝国内が荒れるのは困る。正直、ロザリエ皇女に国を治めるだけの力はないと思う」
アレシュ様の見解は間違っていない。
ロザリエは勉強嫌いだったし、体も弱い。
せめて、体力的な問題だけでも解決できたら――
「アレシュ様」
「ん?」
「レネの毒は、解毒できるのでしょうか?」
「程度によるな。俺の場合は危害を加えた部類だが、軽いものだった。悪意の度合いによって、複雑で解毒が難しいものになる」
「悪意ですか……」
レネがいても一度与えた毒は、解毒はできないのだと知った。
やはり、なにかあった時には、解毒薬を調合できたほうがいい。
毒の神の大司教様が、詳しく教えてくれた。
「毒の神の毒は複雑です。特に慢性的な毒である場合、それは罰の意味合いも含まれています。よほどのことをされなければ、そんなことにはならないのですが……」
アレシュ様はわかっていたのか、説明を聞いてうなずいた。
「簡単に解毒できないような毒を与えられたというのなら、シルヴィエを傷つけるのが目的だのだろう」
「だから、ロザリエ皇女は体が弱かったんですか。自業自得ですね」
カミルはあきれた顔をしていた。
ロザリエに与えられたのは、罰だったのだろうと思う。
できることなら、これから先は、アレシュ様たちのように、自分の意思で力を使いたい。
――私はロザリエを傷つけたかったわけではなかったから。
レネは守ってくれたけど、その結果、傷ついた人は多くいた。
「アレシュ様。私は薬草について学びたいです」
「解毒薬のためか」
「はい。ロザリエの体のこともありますが、子供たちにどの解毒薬を与えたら、助けられるのか、私にはわかりませんでした。薬草を扱う仕事をしたいと思っています」
「薬草師か……。だが、王太子妃の仕事もある。大変だろう?」
「体力だけは自信があります!」
むしろ、ドルトルージェ王宮の穏やかな暮らしで、私の体力は有り余っていた。
ずいっと前に出て、お願いする私の気迫に負けて、アレシュ様は了承した。
「わかった。ただし、無理はしないように」
「ありがとうございます! 私、頑張りますね」
――アレシュ様の妃として認められたい。
気持ちは、すでに未来へ向かっていた。
なぜなら、帝国から見捨てられた私に、継承問題は関係ないと思っていたから。
でも、そんなことはなかったのだ。
再び、私は帝国の争いに巻き込まれようとしている、
それに私は、まだ気づいていなかった。
一ヶ月の旅が終わり、私たちを待つ人々の元へ戻るまでは――