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次の日の朝。ゼンティの部屋で朝食を終えたリィラの元にアレンがやってきた。
アレンは黒いスーツ姿で、近衛兵としての任務以外では執事として働いているらしい。
ちなみにヒメは形式上、ゼンティのペットの子犬として室内飼いされている。
「リィラ。レンティ様が自室に来て欲しいとの事だ」
すっかりアディール城の従事者になりきっているアレンは、獣魔王の妃であるリィラに対してタメ口のままだった。
「私がレンティさんの部屋に? なんで……?」
不思議に思ったリィラがゼンティと顔を合わせると、なぜか彼にいつもの笑顔はない。
「リィラちゃん、レンには気を付けて。アレン、リィラちゃんを守ってね」
「はい、承知しました」
ゼンティとアレンの、そんなやり取りにも違和感を覚える。昨日のレンティを見る限りでは、そこまで警戒が必要な人には見えなかった。
アレンに連れられてゼンティの自室から出ると、そのまま廊下を直進する。レンティの部屋は意外とすぐ近くにあった。
ドアを開ける前に、アレンはリィラに向かって小声で伝える。
「心配するな。オレが守る」
「……ありがとう」
何の心配だろうか。まるで決死の突入みたいな緊迫した顔で言うものだから反応に困る。だが確かにアレンに守られるのは頼もしくて安心感がある。
アレンはドアを数回ノックしてから部屋のドアを開けた。
「レンティ様、失礼します」
アレンの後ろに続いて部屋に入ったリィラは、まず部屋の内装を確認する。
センティの部屋と同じく金や銀色の家具で煌びやかだが、カーテンやソファなどの布製品はピンクが基調で柔らかい印象で可愛らしい。
小さな丸いテーブルの上には二人分の紅茶が用意されている。すでにレンティが席に座ってリィラを待っている。
「ようこそ、リィラさん。あなたとお話がしたくて。さぁ、どうぞお座りになって」
言われるままに、リィラはレンティの向かい側の席に着席する。
アレンは退室せずにレンティの後ろに立って控える。それを向かい側で見たリィラは不思議に思った。
「あれ? アレンさんって……」
「アレンは私の専属執事ですのよ。口は堅いので気兼ねなくお話くださって結構ですわ」
(アレンさんってレンティさんの執事だったの? 知らなかった……)
どちらかと言えば、アレンはセンティの執事かと思っていた。アディール王国の情報を何も知らないリィラは意外な関係に驚く。
「ねぇ、リィラさんはおいくつでいらっしゃるの?」
レンティは上品な所作で紅茶を口にしてから真っ直ぐにリィラを見据えた。センティと同じスカイブルーの瞳の引力に吸い込まれそうになる。
毒の里で一人で生きてきたリィラにとっては貴族とのティータイムなんて初めてで、ティーカップを持つ手が震えてしまう。
「18歳です……あ、18歳だと思います、たぶん」
リィラは記憶喪失の設定なので、年齢を断言してはまずいと思って曖昧に言い直した。
「センティお兄様は20歳、私は17歳なので、私よりはお姉様ですのね」
どうやらレンティはリィラに探りを入れている様子だった。それは当然だろう。見ず知らずの記憶喪失の女が兄の結婚相手だと言われたのだから。
それはリィラも同じで、レンティの情報をなるべく多く入手したい。ゼンティは何も教えてくれないのだから。
まずはセンティとレンティは3歳違いの兄妹だと分かった。
「リィラさんの髪と瞳の紫色……まるで毒の色みたいですわね」
「……え?」
リィラはまさか、髪と瞳の色で毒を連想されるとは思っていなかった。確かに珍しい色ではあるが、そう思ったとしても普通は口にしない。
その意図を考えた時に、リィラの防衛本能が働いて警戒心を強める。レンティはリィラを敵視しているかもしれないと。
かと思うと、レンティはふわりと柔らかい笑顔で微笑んだ。
「私、毒や毒花に興味があって、研究もしてますのよ」
なぜ、わざわざそれを伝えるのだろうか。もしかしたらリィラが毒の種族だと気付いているのかもしれない。
いや、そうだとしたら、毒を持つ者と一緒にお茶をしようとは思わないだろう。
毒の種族だと勘付かれるのを恐れたリィラは話を変える。
「あの、私、王様と王妃様にもご挨拶したいのですが……今どちらに?」
リィラはセンティの結婚相手なのだから当然、両親にも会うべきだろう。そんな普通の感覚で言っただけだった。
だがレンティは言い辛そうにして表情を曇らせた。
「両親は亡くなりましたわ。今は実質センティお兄様がアディール国の王権を持っていますわ」
「え!? そう……なんですか!?」
「あら。お兄様ったら、結婚相手に何もお話していませんの?」
センティは王子ではなく王だった。しかし実質という事は正式に王位に就いてはいない。
しかし本物のセンティは魔物のゼンティに食われて死んでいる。本当ならレンティが女王として王位を継ぐのだろう。
だがレンティはまだ17歳。アディール国で王位を継げる年齢は、成人する18歳からだった。
(もしかしてゼンティ、このタイミングで……?)
センティ王子は20歳。そしてリィラを妃として迎える。ゼンティはこのタイミングで王位と王妃の両方を手に入れようとしている。
そして、さらにレンティの命までも……。全ては時期を狙って実行しているように思える。
そんな憶測を立てていると、メイドが部屋に入ってきてテーブルの上にショートケーキが乗った皿を置いた。同時にナイフとフォークも。
「どうぞお召し上がりになって。甘いものはお好きかしら」
「はい、いただきます」
ケーキを食べるならフォークだけでもいいのに、ナイフも使うとは、王族は格が違うとリィラは再び緊張する。
しかも今はまだ午前中で、ケーキを食べる時間には相応しくない気もするが、王女の振る舞いを拒む事なんてできない。
リィラは右手でナイフを持つ。ナイフの背に人差し指を添えようとした瞬間に走った痛みに顔を歪めた。
「痛っ……!」
瞬時にリィラはナイフをテーブルに落としてしまった。よく見ると、そのナイフは両刃だった。ケーキ用のナイフで両刃はありえない。
リィラの右手の人差し指の切り傷から血が滲んでくるが、慌ててそれを左手で包んで隠す。リィラの血は毒の紫色だからだ。
「あら、大丈夫ですの? 傷口をお見せくださいませ」
全く動じずにレンティはリィラの傷を確認しようとする。このナイフでリィラを傷付けたのは意図的だと分かる。
毒の種族だと知られれば確実に忌み嫌われ迫害を受ける。リィラは指を隠しながら身を引いて椅子ごと後ろへ下がる。
その時、ふとレンティの席の後方に立つアレンと目が合った。アレンは顎を前方に動かしてリィラに何かを伝えている。
(アレンさん、ありがとう)
リィラは席を立つと、そのまま急ぎ足で部屋を出て行った。
レンティは無表情のまま席を立ち、ゆっくりと歩き出そうとするが……その身体を背後からアレンが抱きしめた。
それはレンティを引き止める目的の行為ではなく、愛しく包み込むような抱擁だった。
「……レンティ様。どうやらリィラ様はご体調が優れないようです」
「それは悪い事をしましたわね」
レンティが素直に謝るとアレンの腕から解放された。レンティはアレンの方を向いて彼のブラウンの瞳を見上げる。
アレンはレンティの気を逸らそうとして、別の話題をもちかける。
「毒に過敏になるお気持ちは分かります。センティ様の名を使い、ポワゾンを焼き払うご命令を下したのはレンティ様ですよね?」
「……さすがアレンですわね。死んだ人の評判なんて落ちても構わないでしょうから」
これがアレンだけが知るレンティの本性であった。センティの死を隠蔽し、センティの名と権利を利用して、リィラの故郷であるポワゾンを焼き払った。
……だが実際はセンティは生きていた。ゼンティという魔物に成り果てて。
「なぜポワゾンを焼き払ったのですか?」
「あら、随分と探りを入れますのね。そんなに私が気になりますの?」
「はい。オレはレンティ様の忠実な執事ですから」
レンティは妖艶に微笑むと、今度は自らがアレンの逞しい胸に身体を寄せる。
「そうね……キスしてくれたら教えてさしあげますわ」
「仰せのままに」
レンティが少し背伸びをしたのを合図に、アレンは慣れた動作でレンティに唇を重ねて再び抱きしめる。
アレンはレンティの想いを知っている。だからこそ、それを利用する。
魔物に成り果てたのは王子センティだけではない。近衛兵アレンは、今では獣魔王ゼンティの忠実な下僕であった。