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結局夕方16時30分に大吉祥寺駅に待ち合わせということで
電車に揺られ「終点」のアナウンスを聞き、開いた扉からホームに降りる。
土曜日ということもあり、この時間から大吉祥寺に来る人も多く、電車内から出る人の様はまるで雪崩だった。
改札を出たすぐの広場のベンチはもう埋まっており、エスカレーター下にも人が忙しなく歩いていたので
改札前の広場の柱にもたれかかっていることにした。スマホの画面をつける。まだ16時13分。
ロックを解除し、意味がわかると怖い話を読んで
読み終えたが答えがまだわからないところで視界内に僕のほうに靴の爪先を向けている足が入ってきた。
パッっと顔を上げると案の定妃馬さんの姿があった。
目が合いパッっと笑顔に変わる妃馬さん。僕も自然と笑顔になる。
エスカレーターで下りてワクデイジーのある通りに向かう。
手を繋いで練り歩く。買う予定もないのに靴を見たり
服屋さんに行って試着はしなかったが、妃馬さんが妃馬さんの上半身に服をあてて
「どうですか?」
とか、妃馬さんが持ってきた服を妃馬さんが僕にあてて
「んん〜…ちょっと違う」
とか、僕が自分で選んだ服を鏡の前で合わせていると僕の後ろから覗く妃馬さんが鏡に写り
「なるほどなるほど」
などと楽しんでいた。そんなウィンドウショッピングを楽しみ
19時近くなったので居酒屋さんを探すことにした。駅でいうと反対側の出口のほうに
評判の良い居酒屋さんがあるということで行ってみることにした。
駅のエスカレーターを下がって、道路を挟んですぐのところにあった。
階段を下りて地下へ。すると提灯のあるレトロな感じのお店があった。引き戸を開いて中に入る。
「いらっしゃいませー!何名様でしょうか!」
「あ、2名で」
「ご予約はされてますでしょうか」
「あ、してないです」
「あ、そうなんですね。では確認しますので
お店の前で少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか」
「あ、はい。失礼しまーす」
というやり取りをしてお店の前で待つことにした。
「予約取らないとダメだったんですかね」
「まあここだけじゃないでしょうね。取れるのであれば予約取ったほうがいいのかもですね」
「人数把握とか」
「そうそう。場所の確保とかも」
「まあ予約しないと入れない人気店なんてのもありますけどね」
「あ、それ恋ちゃんが行ったって言ってました」
「あ、それあれですか?あの匠に告白されたとき」
「そうそう!」
「妃馬さんの話聞いて思い出しました。そういえばたしかそんなこと言ってたな」
「めちゃくちゃ美味しかったって言ってました」
「そういえば匠からご飯の感想聞いてないな」
「もう慣れてるとか?」
「まあぁ〜美味しいもんは食べ慣れてるはずですけど、どうだったんだろ」
「ここはどうかな?」
「ここは美味しいらしいですよ。めっちゃ安いらしいし」
「美味しくて安い!最高じゃないですか!」
「あ、2名様でお待ちの〜」
「あ、はい!」
「どうぞ〜」
と言われて妃馬さんと入る。座敷に案内され、靴を脱いで靴箱に入れ、座卓の前に座る。
おしぼりを持ってきてくれて、黄色いメンバーズカード的なのをいただいた。
そしておすすめのメニューの書かれている紙ももらった。
お通しを持ってきてくれた店員さんに注文をお願いした。
妃馬さんも僕もそんなに飲まないので飲み放題ではなく単品単品で頼むことにした。
妃馬さんはカシスオレンジ、僕はピーチフィズを頼み
人気ナンバー1の牛すじ煮込みと枝豆、串揚げ数品を頼んだ。
まずは飲み物が届いて、とりあえず乾杯することにした。
「乾杯」
「乾杯」
カキンとグラスをあてる。モモの良い香りがする少しアルコールを感じるジュースだった。
牛すじ煮込みと枝豆、串揚げ数品が届いた。
どれも出来立てで串揚げなんて猫舌の僕たちにはとてもじゃないが食べられなかった。
枝豆を食べながら適温になるのを待つ。取り皿に牛すじ煮込みを取って食べる。
牛すじが柔らかく濃い味付けで美味しかった。大根も柔らかく味も染み渡っていた。
「んん!…美味しい!」
「ね!美味しいですね」
「ちょっと味濃いめですけどね」
「たぶんお酒のおつまみとしてだからじゃないですかね?」
「なるほど」
「味濃いほうがお酒の注文多くなるでしょうし」
「なるほど!たしかに!」
「そろそろ串揚げもいけるかな?」
「レンコン食べてみよー」
「じゃあウインナー」
ザクッっとした衣にパリッとしたウインナーの皮を破り、ジューシーな肉汁が溢れ出す。
なにもつけていないがウインナーの元々の味がして、とても美味しかった。
「んん!美味しい!シャキシャキ!」
「こっちもパリパリ」
無言でお互いの串を交換した。妃馬さんの歯形がついたレンコンの串揚げを食べる。
カリッっというのかコリッっというのか、パキッっと折れて、咀嚼していくとたしかにシャキシャキしていた。
「んん!ウインナー美味しい!」
「レンコンも美味しいです。食べます?」
「いいですよ全部食べて」
「じゃあウインナーも全部食べちゃってください」
2人で串揚げを楽しんだ。気づけば牛すじ煮込みも串揚げも完食していた。
枝豆を食べながらお酒を飲み、2人で話した。
「めっちゃ安い!300円しない」
「ほんとだ。他の居酒屋とはレベチだな」
「500円近くしますよね」
「しますします。…妃馬さん前、よく飲み行ってたって言ってましたよね?」
「はい。…行ってました」
「音成ともっさんと?」
「ですです。大抵フィンちゃんに集合かけられて、みんなで集まって飲むって感じでした」
「仲良いなぁ〜」
「仲良いです。怜夢さんたちは?ないんですか?」
「んん〜…最近は増えましたけどね。3人で飲みに行くの。こないだも行きましたし」
「あぁ、そういえば言ってましたね。行くって」
「はい」
と言いながらこの前鹿島と匠と飲んだときの会話を思い出す。
…
「なんでまだ敬語なん?」
「あ!それオレも気になってた」
「だよね!匠ちゃん!気になるよね」
匠が唐揚げを食べ、コクコクと頷く。言われてみればたしかに妃馬さんと話すときは未だに敬語だった。
「あぁ〜」
「なんか理由あんの?」
「いや特に理由はないけど」
「ないんかい!」
「ないない」
「なんで敬語なん」
「さあ?出会ったときから敬語だったから。流れ?」
「敬語やめよう的なのにはならんかったん?」
「あぁ〜…まあ、敬語じゃないほうが付き合ってる感は出るよね」
「京弥は?」
「ん?」
「京弥ももっさんと出会ったときはもっさんに敬語だったじゃん?」
「まあね。そりゃ初めましてで敬語じゃないあったらまあまあヤバいやつでしょ」
「まあね」
「京弥はいつ敬語じゃなくなったの?」
「うぅ〜ん。オレは怜ちゃんと違うかも。
基本ゲームで遊んでたから、自然と敬語じゃなくなっていったなぁ〜」
「なるほどねぇ〜」
「そっかそっか。たしかにな」
「そそ。怜ちゃん、敬語やめようとは思わない感じ?」
「思わなくはないよ。でもキッカケがわからん」
…
敬語、敬語。と考えると意識してしまう。
「どうかしました?」
妃馬さんがキョトンとした顔で訊ねてくる。
「あぁ!いえいえなにも。えぇ〜っと、おかわりしーましょうか」
「あ、そうですね」
お酒のおかわりと唐揚げや枝豆ももう一度頼んだ。店員さんがお酒とともに唐揚げと枝豆を届けてくれる。
「ピーチフィズ?ってどんな味でしたっけ?」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
妃馬さんが僕のグラスに口をつける。
「ん〜?んーなるほどなるほど。美味しいけど少しアルコール感じるかな?あ、ありがとうございます」
と言って僕にグラスを返してくれる。
「そうですね。カシオレのほうがジュース感は強いですね」
変にグラスを回したりせず
意識しない意識しない
と間接キスと敬語のこと両方に言い聞かせてピーチフィズを飲む。
「意識しない」と思うほど意識してしまうのが人間だ…と思う。しばらく妃馬さんとなんでもない話をするが
「敬語」を意識するためか、どこか自分でもぎこちなく感じてしまう。
「もしかして酔いました?」
「え?なんで?ですか?」
「いや、なんとなく?変な感じだから?」
「変ですか?」
「んん〜いつもの感じではないですね」
「そ…うですよね」
「?」という表情の妃馬さんが可愛く、でもどこか本当に疑問を持っているような表情だった。
そこからラストオーダーまで「敬語」を意識しないように
ぎこちなくならないように妃馬さんと話し続けた。お会計を済ませお店を出る。
居酒屋は夏祭りのような賑やかさだったが、大吉祥寺は大吉祥寺で特有の賑やかさがあった。
少し暖かい、でもどこか涼しい夜風でアルコールで熱った体を冷ます。
妃馬さんと一緒に井の蛙公園へ行った。途中でコンビニに寄って飲み物を買った。
井の蛙公園の池側のベンチに座る。バリバリバリという新品特有の音をさせ、ペットボトルを開ける。
「やっぱり怜夢さん酔ったでしょ?」
僕の前に僕の顔を覗き込むように入ってくる妃馬さん。
「え?あぁ、いや。ん〜どうだろう?酔ったのかな?まあ、酔ってなくはないですね」
「ふぅ〜ん?」
なにかを確認するような、怪訝そうな表情でスッっと元の位置に戻った。
「やっぱ夜になるとだいぶ暑さが……弱くなってき、ましたね」
「そうですね。だいぶ涼しくなってきたというか」
「お陰で酔った体にはちょうど良いです」
「ふぅ〜ん?」
顔は見ていないが声色で「なんか機嫌良くない?」と思った。しばらく夜の池を無言で眺めていると
「私やっぱりおもしろくありませんでした?」
と妃馬さんの声。
「え?」
妃馬さんのほうを見る。普段の妃馬さんの顔だが、どこか少し寂しげな顔をしていた。
「いや、今日の怜夢さん、なにか言いたげというか、なんかあるんだろうなぁ〜って。
もしかしたら付き合ってみたけど、おもしろくないから別れ話なのかなぁ〜」
考えるより先に口が動いて、妃馬さんの「のかなぁ〜」に被せるように
「違います!」
と自分でも声のボリュームがわかっておらず、予想より大きい声で自分の声に驚き
周囲の目が少し恥ずかしかった。妃馬さんも驚いたような、どこか疑問の残る顔をしていた。
ベンチの上に置かれた妃馬さんの手に僕の手を被せる。
「不安にさせてすいません。全然別れ話とかじゃないし、妃馬さんといる時間は本当に楽しいです。
でもこないだ鹿島と匠と飲みに行ったときに言われたんです。「いつまで敬語なの?」って。
で、たしかにそうだなって思って、敬語やめるいいタイミングないかな?って
今日ずっと意識してたので変な感じになっちゃったんです。すいません」
気づけば自分の靴の爪先を見ていた。
「なーんだ。よかったー」
妃馬さんのどこか晴れたような声に妃馬さんのほうを向く。妃馬さんは背筋を伸ばしていた。
その顔はどこか安心感に満ちている気がした。
「敬語かー。たしかに。やめるキッカケわかんないですね」
と僕のほうを向いて笑う妃馬さんの笑顔はいつものものだった。
「そうなんです。不安にさせてすいません」
「ほんとですよー。言ってくださいよ」
「言ーえなくないですか?敬語悩んでますなんて」
「まー…言えない…かな?」
「なんかこう…話す節々で敬語やめようって試みるんですけど
やっぱり「〜ですね」とか「〜ます」とかつけちゃうんーですよね」
「今も?」
「今も」
2人で笑った。
「今みたいな感じで自然に敬語じゃない会話できればいいんですけど」
「今のも「ですけど」をやめてみればいいんじゃないですか?」
「あぁ〜なるほど。試みたことを実践してみろと」
「そうそう」
「じゃあぁ〜実践してみ〜る」
「今「みます」って言おうとしてましたね」
「してました」
「あ」
「あ」
2人で顔を見合わせて笑った。
「じゃあ私もトライしてみます」
「じゃあお願いします」
「お願いされた!」
とびきり可愛い妃馬さんが見れた。
「じゃあ、帰…ろうか?」
「そうーだね?」
「ぎこちなさすぎる」
「怜夢さんもね?…あ、呼び方も変えたほうがいい?」
「なるほど。それもあるのか」
「怜夢?怜くん?」
正直「怜くん」は元カノに呼ばれていたので別の呼び方がいいが
「妃馬さんの呼びたい呼び方で。僕はなんて呼んだらいい?」
「んん〜私か〜。サキちゃんって呼ばれてるからサキ?
でもずっと妃馬さんって呼ばれてたからなぁ〜。妃馬?」
「妃馬?」
「おぉ、なんか新鮮」
「僕も新鮮です。あ、新鮮だなー?」
「不自然が過ぎる」
「慣れないなぁ~」
「怜夢?」
「おぉ、たしかに新鮮」
「たしかに呼ぶ側も新鮮」
「じゃ、帰ろっか。妃馬」
「うん!」
手を繋いで駅まで歩いた。電車に揺られ、妃馬さんの降りる駅で降りて手を繋いで家まで歩く。
安心したためか、手をブランコのようにブラブラとご機嫌に揺らしながら。
ぎこちないタメ語で、たまに敬語を使ってしまったりしながらなんでもない話をしながら歩く。
いつもの曲がり角につき、すぐに根津家の入っているマンションのエントランス前につく。
「いやぁ〜ビックリした」
「なにが?」
「いや今日居酒屋さんから、ずっとぎこちなくて変だったから、別れ話されんのかなぁ〜って怖かったから」
その言葉を聞き、これからしようとしていることに心臓が激しく動き始める。
1歩、2歩近づき妃馬さんを抱きしめる。
「うおっ。ビックリした」
妃馬さんの小さな肩を優しく抱きしめる。
「不安にしてすいません。
妃馬といるとほんとにめちゃくちゃ楽しいし、妃馬のこと大好きです」
「ふふっ。私も大好きです」
妃馬さんの腕が僕の背中に回り、小さな手が腰辺りの背中に触れる。
「きっとドラマみたいな大喧嘩とか1回別れてまたやり直すとか、事故に遭うとか
記憶喪失になるとか、余命宣告受けるとか、そんな大恋愛劇はないと思います。
もしかしたら波のない恋愛かもしれません。
でもオレが妃馬を楽しませるし、幸せにしていきます。妃馬に嫌われるまで好きでい続けます」
正直妃馬さんの不安を取り除きたかった
安心させたかった一心で見切り発車していまい、終わり方がわからなくなってしまっていた。
「喧嘩もしたくないし、別れたくもない。
事故にも遭ってほしくないし、記憶喪失にも、余命宣告も受けてほしくないです。
波のない恋愛でいいです。ずっと仲良しでいたいし、私も怜夢が嫌いになるまで好きでいます」
妃馬さんが僕の胸に顔を埋める。
「めっちゃドキドキいってる」
「聞かないで。妃馬も顔埋めてるってことは照れてんじゃないの?」
「照れてない」
「ほんとー?」
「ほんと!」
と言いながらも顔を見せない妃馬さんをどうしようもなく愛おしく思えて
少しだけ力を強く抱きしめる。僕の背中に触れている妃馬さんの手にも力が入ったのがわかる。
しばらく抱きしめてから離れる。
「お?やっぱ照れてる?」
「もう照れてませーん」
「もう?もうって言った?」
「んー?」
「無理無理。誤魔化せない誤魔化せない」
思わず笑う。すると妃馬さんも笑ってくれる。
「じゃ、またぁ〜…」
「月曜日?」
「か。じゃ、また月曜日。あとでLIMEでも」
「うん。また月曜日。あとでLIMEでも」
手を挙げる。妃馬さんも手を挙げる。なんとなく手を合わせることはせずに手を振って妃馬さんとわかれた。
角を曲がりスマホで音楽を聴こうと立ち止まる。
先程の妃馬さんを抱きしめたときのことを思い出して、また心臓が激しく動き始める。
イヤホンを耳に入れ音楽を聴きながら駅へと歩く。家に帰り、お風呂に入り、部屋へ戻る。
テレビをつけベッドに座りスマホを出す。妃馬さんからの通知。
「今日は楽しかった!ちょっと不安になったけど安心した!
敬語使わないのなんか慣れないけど頑張るね!」
文章から慣れない感じがひしひしと伝わってきた。だけど嬉しかったし、キュンとした。
「オレも楽しかった!不安にさせたことはごめん。
うん。LIMEでも慣れてない感が伝わるw」
と打って送信した。ベッドに仰向けに寝転がる。あくびが出た。
今日は「敬語」に振り回され、変な緊張感があって
妃馬さんの家の前では抱きしめてしまった。思い出すと今でもドキドキする。
いろいろなことがあって疲れてしまったのか、瞼が重くなり、目を瞑るとスッっと眠りに落ちてしまった。