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◇
エッセレを残して逃げる最中、クローディアがばしっとシレントの足を軽く叩く。「降ろしてくれ」と言って足を止めさせた。ダメージはあるものの、動けないほどではなくなり、剣を片手に立って、ひと呼吸する。
「うむ、もう大丈夫だ。行こう」
「……うん。でもレオが」
「生きている」
「分かってるさ。こんな状態で生きてるわけ────えっ!?」
クローディアは真剣な顔をして、動かないレオを見た。
「自分の魔法で頭が潰れたように見せかけたんだ。あと一秒でも判断が遅れていれば本当に潰されていた。……だが、かなりの賭けに出たはずだ」
完全に頭部が破壊されれば本当に死んでしまう。レオの苦肉の策は自分の頭部を自ら破壊することだった。風の魔法で切り裂き、派手に血を飛び散らせた。分からない程度の最小限の魔力による秘策はドルハダスを見事に欺いたが、その代償は自らが気を失う痛みだ。もし念入りに潰されていれば死んでいた。
「一刻を争う状態には違いない、急いでルル殿に診せなければならん」
剣を構えて通路を塞ぐ一つ目の巨怪を前にする。
「どうやらレオ殿が気を失ったことで皇宮内のあちこちにも魔物が入り込んでいるようだ。連中程度であれば私ひとりで倒せる、貴殿のために道を開く」
「わかった。今は君にお願いするしかなさそうだ」
シレントには問題なくとも、レオには戦闘行為の負担が大きい。歯がゆさに苛立ちすら覚えたが、今は彼女以外に頼れる存在がいなかった。
皇宮の中をクローディアを案内に走り、その惨状から目を背けたくなった。兵士も従者もひどい有様だ。どこへ行っても死体が転がり、ときには喰われて損壊しているものすら見かけた。悍ましい光景に魔物を殲滅しながら生存者を助ける。
「まだ立ちあがれるものはついてこい、安全な場所まで移動しよう!」
クローディアの呼びかけに応じることができたのはメイドばかりだ。兵士と違って戦えない彼女たちは息を潜めて隠れることに専念したおかげで、命拾いしたものがそれなりにいる。どうにか集まった十数名を先導しながら前庭に出た。
「……なんてこった」
空を飛ぶ魔物がいる。建物よりも巨大な魔物がいる。小さくともすばしっこく、喉笛をかみ切るような魔物たちがいる。冒険者や闘士ならまだしも、平和に生きてきた町の人々や、その安穏とした空気を享受するだけの実戦を知らない兵士は、無抵抗に蹂躙されていく。
救いたかったはずの大勢の命が、今は魔物たちに焼き尽くされている。そのひとつずつに手を貸している余裕はない。動悸がしたが、ぐっと呑み込んで気持ちを無理やり整理して走り出す。
「皆、僕についてきてくれ! 周りは絶対に見るな!」
「殿は吾輩がやる、落ち着いて走るがよい!」
絶望の中を駆け抜けた。たくさんの人々が死んでいくのを見た。悲鳴を聞いた。憎しみを込めた救いのない瞳が訴えてきた。それでも構わなかった。手の届く範囲だけを助けて、どれだけの人々から憎まれてもいいと走った。
「ひとりも欠けてないか、クローディア!」
「安心せよ、それどころか増えてる! 貴殿は確かに救った!」
それは君の功績だろうと出かかった言葉を呑み込んで笑顔を浮かべ、やっと辿り着いた闘技場の前で呼吸を落ち着かせる。既に強力な結界が張られており、闘技場は避難所として機能していて、予想通りだと喜びが湧く。
「おお、君たち。無事だったかね?」
「アルバートさん。おかげさまで……と言いたいところなんですが」
大勢の闘士たちと共に拠点を守り、結界を破壊しようとする魔物たちを駆除するアルバートが、入口に立っていたシレントたちに気付き、その背中で気絶しているレオを見て帽子の位置を僅かに前にずらす。
「まったく馬鹿な子だ。戦いが嫌いなくせに、いつも前線に君はいる。私の墓に供えるウイスキーも届けていないのにくたばるのは許せないな」
友人に呆れつつ、くるっと背を向けて歩き出す。
「来なさい。治療師はいくらでもいる、そのくらいなら目を覚ますだろう。町には既に大勢の闘士や白金級の冒険者が魔物を駆逐してる。君たちも少し休め」
「……いや、それは難しいかもしれない。レアナたちは?」
「引き止めてある。君たちが戻ってくると思って、舞台の方に」
まだ一度しか来たことがないシレントは内部地図が分からない。怪我人であるクローディアにレオを預けて「君もしばらくは戦線離脱だ」と治療を受けるよう促す。それからアルバートの案内で闘技場の第二舞台に走った。
「何か問題があったのかね。皇宮でのスカンダリの自爆は皆が聞いていたが、あのあと途切れて、君たちが戻るまでの間になぜレオが、その状態に?」
「ええ。スカンダリが連れていた魔族よりも厄介な奴が来たんです」
そう言って舞台への通路を通って扉を開けたとき、斧が真横に飛んできて壁に突き刺さった。何が起きたのか分からず、斧へ向いた視線は舞台の中央に流れた。立っていたのは満身創痍で単身、戦闘を続けているレアナ。そして倒れているシャーロットをルルが治療している最中だった。
「……なんてことだ、私がさっき来たときには何も……」
これにはアルバートも絶句する。舞台の真ん中に立っていた魔族を見て、シレントも顔面蒼白になった。既にドルハダスが先回りして戦っていたのだ。
「オイオイオイオイ、来るのが遅いぜ。民間人を助けてる場合か。お仲間が此処までぼろ雑巾みたいになってるってのによォ。可哀想だろォ?」
やってきたのか、とドルハダスが頭をがりがり掻き、ふらふらと立っているだけのレアナを蹴り飛ばして壁に叩きつけた。彼女は呻き声すらあげず完全に気を失い、戦っていたのもぎりぎりだったと分かる。
シレントは拳を握りしめて震わせたが、アルバートに肘で小突かれて冷静さを取り戻す。今は怒りに身を任せているような状況ではないのだと。
「なぜ、君が此処にいる……エッセレさんはどうした?」
「さあな。死んでないんじゃねえか。俺には殺せた感覚がなかった」
豪快に笑って、腰に手を当てながら。
「あの耐久力は魔族ですら目を剥くぜ。今回は本気で殴ってやったのに、消し飛んだ下半身すら元通りになるんだからよ。そしたらつい熱があがって、思いきりぶっ飛ばしちまったのよ。どこまで飛んだかわかりゃしねえ」
外の騒ぎに耳を澄ませて、ドルハダスはつまらなさそうにため息を吐く。
「俺を騙しやがった魔法使いの女はどこだ。逃げられた後に気付いたぜ、ありゃ死んでねえってな。どうにも手の感触が妙だと思ったわけだ。あいつを出さねえなら、此処にいる連中から一人を殺す。……選択の時間だ、シレント」
どう答えるのが正解かが分からなかった。ゼロであれば違った。人間に近い感覚を持ち、自分の命を差し出そうとすれば逃がしもした。だが、ドルハダスは殺意に満ちている。欲望に忠実である。自分が犠牲になろうとしても、それを彼が許さないことは明白だとシレントは息が詰まりそうだった。
「では、この老骨の命ではどうかね」
「……あ? オイオイ、爺さん。冗談が過ぎっ────!?」
老人とは思えない駿足が迫り、広げた手で突っ張ってくるのを見て鉄球を盾にする。だがアルバートはにやりと笑った。
「それは耐えられんだろう」
手から伝わった衝撃がドルハダスの身体を吹っ飛ばす。
高く宙を舞い、着地して体勢を立て直す間もなく追撃を見舞った。
「……想像以上にやるねえ、爺さん。五百年前ならゴロゴロいた連中のひとりに過ぎないが、この時代には似合わねえ。生まれるのが遅すぎたな」
「なに。それでも戦うのは好きでね。この通り極めてしまったよ」
コートのポケットから取り出した手袋を嵌めて、シレントに振り返った。
「シレントくん。他の子を連れて下がっていなさい。────そして見届けたまえ。この男が死ぬか、私が死ぬか。あるいは共倒れかをな」
老人の穏やかな顔つきはどこにもない。あるのは若かりし姿を投影したかのような戦闘狂の昂ぶりに満ちた表情だけ。
膝を突いていたドルハダスが立ちあがり、誇りを手で払った。
「オイオイオイ……。どっちも死なないって可能性は考えてねえのかよ?」
「君が引くなら、それもアリだろうな」
「……仕方ねえなあ、二分だけ遊んでやるよ。それ以上はタイムリミットだ」
コメント
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ちょっ、第49話えぐすぎる!!😭💦 レオが自分の頭を破壊するふりしてドルハダスを騙すとか、マジで死をかけたギャンブルだよね…裏で泣いたわ。クローディアが避難者まとめて指揮とるところ、かっこよすぎて震えたし。 ラストのアルバート爺さんの覚悟、マジで痺れた。「見届けたまえ。この男が死ぬか、私が死ぬか」とか、もう最高の引っ張り方すぎて次話が待てないんだけど!?😤🔥 ドルハダスに対して老人の意地を見せてくれ…!