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「睦月様ッ、しばらくでしたね」
応接室に行くと、翠子が座っていた。こちらを振り返り、ぱっと笑顔になる。
華やかな装いに相変わらず手入れの行き届いた髪。出会った頃より長くなったが、美しさは変わらない。そしてハイブランドの服で固めた持ち物。ほんと、なにからなにまで出会ったころと変わらない女性だ。
「翠子、僕の仕事場まで来ていったいどういうつもり?」
「あら。聞いておりませんこと? うちの銀行が未来(みらい)スーパーに多額の融資を行って、フジノ商事のM&Aを成功させると」
「知らない」
未来スーパーは例のフジノの企画の中に含まれている候補スーパーだ。湯川が絡んできたのか…。水島といい、翠子といい、ますます厄介なことになったな。
「いちはやくTENGAのお役に立てられるように、こうやって来ましたのに」
「別にいいよ。M&Aの決定権を持っているのはあくまでもフジノ商事だ。僕たちの力が及ぶ所ではないよ。どのスーパーが選ばれても、僕がやる仕事は変わらない」
「相変わらず冷たいのですね。まあ、そこがいいのですけれど♡」
「僕に付きまとう時間があったら、ほかの男を探しなよ。あ、それに僕、昨日結婚したから」
「はあ!!??」
今まですましていた翠子の顔が一気に崩れた。
「け……結婚って……」
「ホラ。これ、奥さんとお揃いで買ったんだ♡」
これみよがしに翠子に僕の左手を見せてやった。佑里香先生とお揃いで買った指輪が光っている。水島に指摘され、さっさと買いに行ってこれ幸い。こんなに早く使える日が来るなんて。
「き、聞いていませんことよ!」
「言ってないからね」
「どちらの令嬢ですの? 睦月様とご結婚をされた方は!!」
「高梨佑里香さんだよ。前からずっと言っていたでしょ。僕には心に決めた人がいるって。その人と結婚するために生きてるって」
「そ…それは確かにおっしゃっていましたが、相手は睦月様の7歳も年上の方ですし、家柄も平凡庶民で釣り合いませんわ! 睦月様を金銭的にも立場的にもお支えできるのは、この湯川翠子しかいません!!」
彼女の綺麗な顔が歪んだ。相当イライラしている様子だ。
「どう言われようと僕は四井とは縁を切った人間だ」
「そんなことはおじ様が許しませんわ」
「別に父に許してもらわなくても結構だよ」
「……睦月様には社会勉強が必要だとおっしゃっていました。ただ、遊ばせているだけだと」
「殺されてもあの家には帰るつもりないよ。もし父に会うことがあれば、そう言っておいてくれる? じゃ、今から打ち合わせがあるから用事がなければお引き取りを」
冷たく言い放って翠子を論破した。
はあ。なんでここまで言われてまだ僕に付きまとうのかな……って、僕も翠子とやっていることは一緒か。きっと先生に気持ち悪がられているんだろうな。落ち込む……。
「わたくしは……あなたと初めてお会いしたその日から、あなたの妻になると信じて疑いませんでした。それは、これからも変わりませんことよ」
翠子が狂気じみた瞳をこちらに向けてくる。
「でも、ごめんね。もう結婚しちゃったから」
「……認めませんわ」
「君に認めてもらわなくても結構」
「四井や湯川がそれを許すとでも? 睦月様、世の中には自分の力ではどうにもならないことがありますのよ」
「金の力だけではどうにもならないこともあるよね」
「あまり火遊びなさいますと、けがなさいますわよ」
「火遊びじゃなくて本気なんだ」
一触即発の状態でバチバチとにらみ合う。翠子はなんど僕が牽制しても、僕への思いを断ち切るどころか意地になって向かってくる。たぶん、それは僕が好きとかそういう次元を超越して、手に入らなかったものがなにひとつなかったお嬢様が、唯一の入手不可だったものを前にして駄々をこねているような感じだと思う。
それにしても、政略結婚なんて時代遅れもいいところだ。
湯川も四井も、どうかしているとは思うが、こういう財閥家に生まれたものの宿命なのかもしれない。
でも、僕には関係ない。生粋の金持ち人間じゃないから、旧体制の考えは肌に合わないし、合わせる気もない。
そっちが財力を挙げて僕を叩き潰すつもりであるならば、受けて立ってやるよ。
「睦月様のお気持ちはよくわかりました。ただ、財閥の人間が個人の感情でどうこうできると思ったら大間違いだということに、早く気付くべきですわね。でなければ、大切なものを失いますわよ」
「財産なんかなくてもいいよ。どうとでもしてやるから」
「後で泣きを見て後悔なさらないように、お気をつけあそばせ」
含みを持たせた言い方を残し、今日の所は帰りますわ、と翠子は席を立った。
彼女の美しい立ち振る舞い姿を目だけで見送り、ひとりになった応接室で深いため息をついた。ついでにソファーに思い切り体重を預け、凭(もた)れる。はあ。疲れた。
それにしても翠子のやつ……今日はずいぶん挑戦的だった。いつもはもっと駄々をこね、散々喚き散らしていくのに、理性的にも見えた。……なにか策でもあるのか。
コメント
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おお、37話読んだ。翠子の狂気ヤバかったな…「あなたの妻になるって信じて疑いませんでした」からの、認めない・脅しに切り替える流れ、執着エグくて好きだわ。睦月が指輪チラ見せで結婚報告バーンってやるシーン、スッキリした。先生本命って貫くスタイル最高だし、財閥の因習に「関係ない」「受けて立つ」って啖呵切るところ、キャラブレてなくて信頼できる。これからどうくる