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コムム
雨が降っていた。
雄英高校の廊下は静かなのに、緑谷の周りだけ空気が冷たい。
「うわ、またノート濡れてる」
誰かが笑った。
床にはぐしゃぐしゃになったヒーローノート。
水たまりの中に落ちていた。
緑谷は何も言わず拾う。
ページは滲み、文字は読めなくなっていた。
後ろでモブ子が口元を押さえて笑う。
「かわいそ〜」
でも次の瞬間には、周りに聞こえる声で言った。
「緑谷くん、また私のこと睨んでた……」
クラスの空気が変わる。
「え……」
「最近モブ子ちゃん怯えてない?」
小さな疑いが積み重なっていく。
緑谷は否定できなかった。
否定しても、“言い訳”に聞こえる気がしたから。
──数日後。
緑谷の机に落書きが増えた。
『最低』
『女子泣かせ』
『雄英やめろ』
誰も止めなかった。
A組の中にも、距離を置く者が出始めた。
「あの緑谷がそんなことするか?」
そう言っていた切島でさえ、証拠もないまま庇い続けることはできなかった。
緑谷は少しずつ、一人になった。
食堂でも。
訓練でも。
帰り道でも。
ずっと視線が刺さる。
「……なんで」
夜の寮室。
緑谷はボロボロになったノートを抱えて座っていた。
手が震える。
呼吸が浅い。
でも助けを呼べない。
“被害者ぶってる”
そう思われるのが怖かった。
そこへスマホが震える。
差出人不明。
『お前みたいなのがヒーロー目指すな』
『消えろ』
『次はもっと面白いことしてあげる』
画面を見た瞬間、緑谷の喉が詰まった。
その時、ドアがノックされる。
「デク?」
麗日だった。
返事がない。
嫌な予感がしてドアを開けると、部屋は暗く、緑谷は床に座り込んでいた。
「……デクくん?」
顔を上げた緑谷を見て、麗日の表情が凍る。
目の下は黒く、頬は痩せ、笑おうとしているのに笑えていない。
「大丈夫だよ」
その声が、一番大丈夫じゃなかった。
麗日は震える声で言う。
「誰がこんなことしたん」
緑谷は少し黙ってから、小さく答えた。
「……みんな」
翌日。
相澤先生がクラス全員を集めた。
無言のまま、机に大量の紙を置く。
印刷されたメッセージ。
隠し撮り。
破られたノート。
そして監視カメラの写真。
そこには、緑谷の机を荒らすモブ子の姿が映っていた。
教室が静まり返る。
モブ子の顔色が真っ白になる。
「ち、違……」
「何が違う」
相澤先生の声は冷たかった。
「お前は被害者を演じて、周囲に一人を攻撃させた」
誰も何も言えない。
緑谷は俯いたままだった。
爆豪が舌打ちする。
「……クソが」
怒っているのに、その顔は苦しそうだった。
もっと早く気づけたはずだった。
助けられたはずだった。
でも間に合わなかった。
緑谷はもう、人の視線に怯えるようになっていた。
誰かが近づくだけで肩を震わせる。
笑い声がすると、自分の悪口だと思ってしまう。
ヒーローを目指していた少年は、
“人を助けたい”より先に、
“傷つきたくない”
と思うようになってしまっていた。
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