テラーノベル
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1.『ジェオンは、きょうもひとりぼっち?』
朝8時40分。
「せんせー!! おはよぉぉぉ!!」
今日もフィンの元気な声が、SKINZ幼稚園に響き渡った。
「フィンくん、おはよう! 今日も元気だねぇ」
「うん!! きょうね、テオとブロックでおしろつくるの!!」
「おっ、いいじゃん! ぼく、きょうはもっとでっかいのつくるぞ!」
テオもやる気満々。
その横では、ダエルがクマのぬいぐるみを抱えてにこにこしている。
「ぼくもいっしょにつくるー!」
「じゃあ、おれが王さまな!」
「えー! ぼくも王さまがいい!」
朝から大騒ぎだ。
イランは少し離れたところで本を読んでいる。
ドビンは先生のそばで、いかにも興味がなさそうな顔をしていた。
「……べつに、先生のとなりにいたいわけじゃないし」
そう言いながら、先生のエプロンをしっかり握っている。
そして――。
窓際の小さな椅子に、ひとりで座っている男の子がいた。
青みがかった髪。
大きな瞳。
腕の中には、お気に入りのうさちゃんのぬいぐるみ。
ジェオンだ。
ジェオンは、みんなが楽しそうに遊ぶ様子を、じっと見つめていた。
(……たのしそう)
フィンが笑っている。
テオが積み木を積んでいる。
ダエルがぬいぐるみを持って走っている。
みんな、楽しそう。
(……ぼくも、いっしょにあそびたいな)
でも。
(……なんていえばいいんだろう)
「いっしょにあそぼ?」
それだけなのに、声が出ない。
もし断られたら?
もし変な顔をされたら?
もし、迷惑だって思われたら?
ジェオンは、うさちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「……ぼくは、ここでいいもん」
小さな声は、誰にも届かなかった。
2.『先生は、ちゃんと見ていた』
「ジェオンくん?」
突然、頭の上から優しい声が降ってきた。
ジェオンが顔を上げると、先生がしゃがんでいた。
「どうしたの? 今日はひとりで遊んでるの?」
「……うん」
「みんなと遊びたくない?」
ジェオンは首を横に振った。
それから、慌てて付け足した。
「……ちがうの。あそびたい、けど……」
「けど?」
「……」
言葉が詰まった。
先生は急かさなかった。
ただ、ジェオンの隣に座って、うさちゃんの頭をそっとなでた。
「そっか。遊びたいけど、ちょっと勇気がいるんだね」
ジェオンはこくんとうなずいた。
「……みんな、なかよしだから」
「うん」
「……ぼくがいったら、じゃまかなって」
先生は、ゆっくり首を横に振った。
「ジェオンくん。仲良しのお友達だって、最初はみんな、初めて一緒に遊ぶところから始まったんだよ」
「……そうなの?」
「そうだよ。フィンくんも、テオくんも、ダエルくんもね」
ジェオンは、みんなの方を見た。
フィンが積み木を崩して、テオに怒られている。
「フィン!! まだ完成してないってば!!」
「ご、ごめぇぇぇん!!」
ダエルはその横で、笑いながら積み木を拾っていた。
……なんだか、ちょっと楽しそう。
先生が微笑む。
「最初から上手にお話しできなくても大丈夫。ひとことだけでも、十分だよ」
「……ひとこと?」
「うん。『いっしょにあそぼ』って」
ジェオンは小さな口を動かした。
「……いっしょに、あそぼ」
「そう! 上手!」
「……でも」
ジェオンの瞳が揺れた。
「……こわい」
先生は、ジェオンの小さな手をそっと握った。
「怖いときは、先生と一緒に行こうか」
「……いいの?」
「もちろん!」
ジェオンは少しだけ笑った。
でも、先生の手を握る指には、まだ力が入っていた。
3.『勇気を出して、一歩だけ』
午前10時。
自由遊びの時間。
フィンたちは、動物園を作ろうとしていた。
「ここがライオンのおうち!」
「じゃあ、こっちはクマちゃんのおへやね!」
ダエルがクマのぬいぐるみを置く。
「いや、それ、ぬいぐるみじゃん!」
テオが笑う。
「ぬいぐるみも動物園にいていいの!」
「そ、そうなの!?」
フィンが目を輝かせた。
「じゃあ、ぼくのキツネもいれる!!」
そこへ先生が、ジェオンと一緒にやってきた。
「みんな、ちょっといいかな?」
フィンが振り向いた。
「せんせー! なになにー!?」
先生はジェオンの背中にそっと手を添えた。
「ジェオンくんも、みんなと遊びたいんだって」
ジェオンの体が、ぴくっと動いた。
みんなの視線が、自分に集まる。
(……うわぁ)
心臓がどきどきする。
うさちゃんを抱く腕に、ぎゅっと力が入った。
「……あ、あの……」
声が小さすぎて、自分でも聞こえない。
フィンが首をかしげた。
「んー?」
ジェオンは、ぎゅっと目を閉じた。
そして――。
「……いっしょに、あそんでも……いい?」
しん……。
一瞬、部屋が静かになった。
(……やっぱり、だめだったかな)
ジェオンの顔が、みるみるうつむいていく。
すると。
「いいに決まってるじゃん!!」
フィンが、ぱあっと笑った。
「ジェオンもいっしょにやろー!!」
「えっ……?」
「うんうん! いっしょにやろ!」
ダエルも大きく手を振る。
テオは積み木をひとつ持ち上げた。
「ジェオン、これ使っていいぞ! 動物園の入り口つくろうぜ!」
「……ぼくも、いっしょにあそぶ」
イランも本を閉じて、静かに近づいてきた。
ドビンは先生の隣からちらっと見ていた。
「……べつに、ぼくも入れてあげてもいいけど」
「ドビン、まだ何も言ってないよ?」
先生が笑う。
「……うるさい」
ドビンはぷいっと顔をそらした。
ジェオンは、みんなの顔を見た。
誰も笑っていない。
誰も嫌そうな顔をしていない。
みんな、本当に自分を誘ってくれている。
「……いいの?」
ジェオンがもう一度聞くと、フィンはジェオンの手を取った。
「いいよ!! ほら、こっち!」
「わっ……!」
フィンに手を引かれて、ジェオンはみんなの輪の中に入った。
その瞬間。
ジェオンの胸の奥が、ぽかぽかと温かくなった。
(……うれしい)
(……ぼく、いっしょにあそべるんだ)
ジェオンは、うさちゃんを抱きしめたまま、小さく笑った。
4.『事件発生! うさちゃんがいなくなった!?』
動物園づくりは順調だった。
ジェオンは、小さな積み木を並べて道を作った。
「……ここ、どうぶつさんの、みち」
「おお! いいじゃん!」
テオが感心する。
「じゃあ、ここにキリンのおうち作ろう!」
フィンも大喜び。
ダエルはクマのぬいぐるみを、ジェオンの作った道にちょこんと座らせた。
「ジェオン、これ、かわいいね!」
「……えへへ」
ジェオンは照れくさそうに笑った。
こんなにたくさんお友達と遊んだのは、久しぶりだった。
夢中になって遊んでいるうちに、ジェオンはうさちゃんを近くの椅子に置いた。
そして、しばらくしたころ。
「あれ……?」
ジェオンが周りを見回した。
「……うさちゃん?」
椅子の上に、いない。
床にも、いない。
積み木の後ろにも、いない。
「……うさちゃん?」
ジェオンの顔から、笑顔が消えた。
「……あれ……どこ……?」
さっきまで楽しかったのに。
急に胸が苦しくなる。
「……うさちゃん……」
目に、じわっと涙が浮かんだ。
「ジェオン? どうしたの?」
ダエルが気づいて近づいてきた。
「……うさちゃん、いない……」
「えっ!?」
フィンも振り向いた。
「うさちゃん、どこいったの!?」
「……わかんない……」
ジェオンの声が震えた。
「……ぼく、ちゃんと、ここにおいたのに……」
いつも一緒だったうさちゃん。
寂しいときも、怖いときも、ずっとそばにいてくれたうさちゃん。
そのうさちゃんが、いなくなってしまった。
「……うぅ……」
ジェオンの瞳から、ぽろっと涙が落ちた。
「……うさちゃん……」
先生がすぐにそばへ来た。
「ジェオンくん、大丈夫。みんなで探そうね」
「……でも……」
「大丈夫だよ。ひとりじゃないからね」
その言葉に、ジェオンは先生の服をきゅっとつかんだ。
すると、フィンが勢いよく立ち上がった。
「よぉーし!! みんなでうさちゃんさがしだぁぁぁ!!」
「おー!!」
ダエルが手を挙げる。
「ぼく、テーブルの下を見る!」
テオは棚の方へ走った。
「おれ、積み木の後ろ!」
イランも静かに立ち上がる。
「……ぼくは玄関の近くを見てくる」
ドビンは少し考えたあと、ジェオンの前に立った。
「……泣くなよ」
「……っ」
ジェオンが顔を上げる。
ドビンは目をそらしたまま、ぼそっと言った。
「……見つかるまで、一緒に探すから」
「……ドビン……」
「……べつに、心配してるわけじゃないけど」
そう言いながら、ドビンはジェオンの頭をぽんぽんとなでた。
「……だから、泣くな」
ジェオンは目をこすった。
「……うん」
みんなが、自分のために探してくれている。
そのことが、うれしかった。
5.『うさちゃん、発見!』
「ないよー!!」
「こっちもない!」
「……うーん」
みんなが一生懸命探していると、ユルが不思議そうな顔でやってきた。
「……みんな、なにしてるの?」
フィンが叫ぶ。
「ジェオンのうさちゃんがいなくなっちゃったんだよ!!」
「……うさちゃん?」
ユルはきょろきょろと部屋を見回した。
そして、ふと窓際のクッションに目を向けた。
「あ……」
「どうしたの、ユル?」
先生が尋ねる。
ユルは、クッションの隙間を指さした。
「……あそこ」
みんなが一斉に振り向く。
そこには――。
白いお耳が、ちょこん。
「……うさちゃん!!」
ジェオンが駆け寄った。
クッションの隙間に、うさちゃんがすっぽり挟まっていたのだ。
「……いたぁ……!」
ジェオンはうさちゃんを抱き上げ、ぎゅうっと胸に抱きしめた。
「……うさちゃん……よかったぁ……」
ぽろぽろと涙がこぼれる。
でも、今度の涙は、さっきとは違った。
安心した涙だった。
「よかったね、ジェオン!」
ダエルが笑顔で言った。
「……うん……!」
フィンは胸を張った。
「ぼくたち、すっごくがんばったもんね!」
テオが笑う。
「最後に見つけたの、ユルだけどな!」
「……えへへ。うさちゃん、みつかってよかったね」
ユルは、にこっと笑った。
ジェオンは、みんなを見回した。
そして、ぎゅっと、うさちゃんを抱きしめながら言った。
「……みんな、ありがとう」
小さな声だった。
でも、今度はちゃんと、みんなに届いた。
6.ジェオンの「もうひとつの勇気」
午後3時。
帰りの会が終わり、お迎えの時間になった。
ジェオンは、うさちゃんを抱きながら先生の隣に座っていた。
今日は、いろんなことがあった。
みんなに「いっしょにあそぼ」と言えた。
みんなと動物園を作った。
うさちゃんがいなくなって泣いちゃったけれど、みんなが一緒に探してくれた。
ジェオンは、胸の中がいっぱいだった。
「ジェオンくん、今日は楽しかった?」
先生が尋ねた。
ジェオンは、こくんとうなずいた。
「……うん」
「よかったね」
「……せんせ」
「なあに?」
ジェオンは、少しだけ迷った。
でも、今日はもうひとつ、頑張ってみたいことがあった。
「……あしたも」
「うん?」
「……みんなと、あそんでいい?」
先生は、優しく笑った。
「もちろんだよ!」
ジェオンは、ほっとしたように笑顔になった。
それから、先生のエプロンをそっとつまんだ。
「……あとね」
「うん?」
「……せんせとも、ぎゅーしたい」
先生は目を丸くした。
ジェオンは、真っ赤になってうつむいた。
「……だ、だめなら、いいの……」
「だめなわけないよ!」
先生は両手を広げた。
ジェオンは、ほんの少しだけためらってから。
とことこ。
ぎゅっ。
先生に抱きついた。
「……ん」
先生が優しく抱きしめる。
ジェオンはうさちゃんを片手に抱えながら、先生の肩に顔を埋めた。
「……あったかい」
「ふふ。ジェオンくん、今日とっても頑張ったね」
「……うん」
「勇気を出して、みんなに声をかけられたね」
「……うん」
「先生、すごく嬉しかったよ」
ジェオンは、先生の服をきゅっと握った。
そして、小さな声で。
「……ぼく、あしたも、がんばる」
先生は、ジェオンの頭をなでた。
「うん。でも、無理しなくていいんだよ。ジェオンくんのペースでね」
ジェオンは、こくんとうなずいた。
そのとき。
「ジェオーーーン!! またあしたねーーー!!」
玄関からフィンの声が響いた。
「……あっ」
ジェオンは顔を上げた。
フィンが大きく手を振っている。
ダエルも、テオも、ユルも。
イランは少し照れくさそうに手を上げ、ドビンはいつものクールな顔でつぶやいた。
「……また明日」
ジェオンは、ぎゅっと、うさちゃんを抱きしめた。
そして――。
今度は、自分から大きな声を出した。
「……みんなぁ!!」
みんなが振り向く。
ジェオンは少しだけ恥ずかしそうに、それでも精いっぱい笑った。
「……また、あしたね!!」
一瞬、みんながきょとんとした。
そして。
「うん!! またあしたぁぁぁ!!」
フィンの元気な声。
「またねー!」
ダエルの笑顔。
「明日はもっとすげーの作ろうぜ!」
テオの大きな声。
「……うん」
イランの静かな返事。
「……また、いっしょにあそぼ」
ジェオンは、もう一度そう言った。
今度は、怖くなかった。
だって。
ジェオンには、明日も一緒に遊べるお友達ができたから。
そして、うさちゃんを抱きしめながら、ジェオンは小さく笑った。
「……ようちえん、たのしい」
先生も笑った。
「うん。明日も、いっぱい楽しいことをしようね」
『おまけ💙「ジェオン、実は……」』
その日の夜。
ジェオンはおうちのお布団に入っていた。
腕の中には、もちろんうさちゃん。
「……きょう、たのしかったね」
うさちゃんの頭をなでる。
「……フィン、いっぱいしゃべるね」
くすっ。
「……テオ、すごかった」
にこっ。
「……ダエル、やさしかった」
そして。
「……ドビンも」
ジェオンは、少し考えた。
「……ドビン、ほんとはやさしいんだね」
そのころ、別のおうちでは。
「……別に、ジェオンのこと心配してたわけじゃないし」
ドビンが自分のお布団で、ひとりごとを言っていた。
「……泣いてたから、ちょっと気になっただけだし」
ぎゅっ。
お気に入りのぬいぐるみを抱きしめる。
「……明日も、ちゃんと来るかな」
そして、小さな声で。
「……また、一緒に遊んでやってもいいけど」
ドビンの耳は、ほんのり赤かった。
――第2話・おしまい
コメント
1件
第2話、心がぽかぽかになりました🌷 「いっしょにあそぼ」って言うまでのジェオンの勇気、緊張がひしひし伝わってきて、読みながら「言えた!」って一緒に嬉しくなりました。みんなが当たり前のように受け入れてくれる空間も、先生の寄り添い方も優しくて。うさちゃんがなくなったときの慌て方と、最後に自分から「またあした」って言えた成長にじんわりきました。ドビンの不器用な優しさも可愛いです。続きが待ち遠しいです🧸💙