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それからの時間は、 拍子抜けするほど、静かに過ぎていった。
テレビから流れる朝のニュース。
コーヒーの匂い。
カーテン越しの光。
その中に、
ぽつりと混ざる。
『――現在も行方不明となっている、実況者グループ所属のショッピさんですが……』
画面に映るのは、
見慣れた顔と名前。
行方不明。
その言葉に、
ショッピは一瞬だけ、耳がぴくりと動くのを感じた。
自分のことなのに、
まるで他人事のようだった。
チーノは何も言わない。
リモコンを手に、音量を少し下げただけで、
ニュースそのものを消してしまう。
「……うるさいな」
それだけ。
それ以上、
その話題に触れることはなかった。
⸻
数日後。
インターホンが鳴った。
「チーノ、俺やけど」
聞き覚えのある声。
鬱先生。
通称、大先生。
チーノの肩が、
ほんのわずかに強張るのを、
ショッピは見逃さなかった。
「……どうぞ」
扉が開き、
鬱が室内に足を踏み入れる。
視線が、
自然とショッピに向いた。
「猫、産まれたんやな」
「まあ」
チーノはそれ以上、説明しない。
鬱はしゃがみ込み、
ショッピと目線を合わせる。
じっと、
探るような目。
ショッピは、
無意識のうちに視線を逸らした。
――見られたくない。
理由は分からない。
ただ、そう感じた。
「……やけに賢そうやな」
鬱が呟く。
チーノは曖昧に笑って、
話題を変えるように立ち上がった。
「で、今日は?」
鬱の表情が、少しだけ真面目になる。
「ショッピの件や」
その瞬間、
部屋の空気が、
目に見えないほどわずかに、重くなった。
「何か、分かったことはないかと思ってな」
「……警察からも、何も」
「せやろな」
鬱は頷く。
そして、
さりげない調子で言った。
「ちょっと洗面所、借りてもええ?」
――空気が、止まった。
「……今、散らかってる」
チーノの返事は、即答だった。
鬱は一瞬、
チーノの顔を見つめる。
「……頑なやな」
「猫がいるから」
理由になっているようで、
なっていない。
鬱はそれ以上踏み込まず、
ただ一言だけ残した。
「そうか」
その視線が、
もう一度だけ、
ショッピに向けられた。
「人見知りせぇへん猫や」
その言葉に、チーノが一瞬だけ視線を逸らした。
ショッピは鳴かない。
ただ、じっと鬱を見ている。
観察するみたいに。
「……やっぱ賢いな。 なんか、人みたいや」
冗談半分の言葉だった。
なのに――
チーノの肩が、わずかに強張った。
「名前、なんて言うん?」
少し間が空く。
「……ショッピ」
鬱の中で、何かが小さく引っかかった。
「……は?」
聞き返すほどの声じゃない。
けど、胸の奥がざわつく。
「ショッピって…… あの?」
「たまたまや」
チーノは即答した。
早すぎるくらいの否定。
「名前なんて、なんでもええやろ」
猫――ショッピは、
そのやり取りを黙って聞いている。
瞬きひとつせずに。
「ちょっと手、洗わせて」
鬱が立ち上がる。
「洗面所、借りるで」
その瞬間だった。
「……あかん言うたやん」
チーノの声が、低く止めた。
視線を合わせない。
鬱は笑ってみせる。
空気が、重い。
洗面所。 その奥に、風呂がある。
鬱の中で、 さっきの違和感が、形を変えて浮かび上がる。
⸻