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――そういえば。
ショッピが消えて、
五十日ほど経った頃だった。
チーノは突然、
「猫を飼う」と言い出した。
それも、
オスとメスを交尾させる話までしていた。
そのとき、ふと浮かんだ疑問。
――チーノって、
こんなに猫好きやったか?
あまりにも唐突で、
あまりにも具体的で。
けれど、その時は深く考えなかった。
考えないことを選んだ、と言ってもいい。
今、目の前にいる猫。
賢すぎる。
まるで人の言葉を理解しているような目。
そして――名前が、ショッピ。
洗面所に、入れさせない。
洗面所には、風呂がある。
ショッピが消えた日から、およそ四十九日。
最近見た転生アニメの影響か、
鬱は半ば冗談のつもりで調べていた。
「輪廻転生までに、どれくらいかかるのか」
検索結果は、
およそ四十九日。
仏教では、
亡くなってから次の生へ移るまで、
そのくらいの時間が必要だとされているらしい。
――五十日たった頃猫がはらんだ。
転生できていても、おかしくない。
猫の名前が、ショッピ。
チーノは、知っていたのか?
いや、そんな確証はない。
ショッピが生まれ変わって来る保証なんて、
どこにもない。
……こじつけだ。
行き過ぎた連想だ。
証拠もないのに、
後輩を疑うなんて。
そもそも、
ショッピが死んだと決まったわけじゃない。
――決めつけるのは、良くない。
そう、何度も自分に言い聞かせる。
それでも。
チーノは洗面所の前に立ち、
まるで“境界線”のように、そこを塞いでいた。
「……帰ってくれ」
声が、わずかに震えている。
その瞬間、
鬱の中で、何かが切れた。
「どけ」
低い声。
次の瞬間、
鬱はチーノの肩を押しのけていた。
「っ……!」
何か言いかけるチーノを置き去りにして、
鬱は洗面所の扉を開け、
その奥――風呂場の扉も開ける。
足が、止まった。
浴槽の蓋は、半分だけ開いている。
水ではない。
かつて、何かで満たされていた痕跡だけが、
内側に残っている。
中は、乾いていた。
その中に――
人の形がある。
それ以上、見る必要はなかった。
服の輪郭。
肩の線。
見覚えが、ありすぎる。
一年以上が過ぎているはずなのに、
そこに横たわる姿は、生前とほとんど変わらない。
時間が、止まっているみたいだった。
息を詰め、
恐る恐る手を伸ばす。
触れた頰は、
温かくも、冷たくもない。
表面はさらりとしているのに、
内側には、柔らかさが一切ない。
乾いた硬質ゴム。
博物館に並ぶ、プラスチックの標本。
生きていた頃の記憶と、
決定的に食い違う感触。
背後で、
何かが落ちる音がした。
――そうだ。
チーノを、
振り切ったはずだった。
違和感に背筋が粟立ち、
鬱は振り向こうとする。
その途中、
鏡に映ったものが、視界に入った。
何かを手にしたチーノ。
言葉は、間に合わなかった。
次の瞬間、
頭に強い衝撃が走る。
視界が揺れ、
床に崩れ落ちる感覚。
白かったはずの浴槽のタイルが じわじわと赤黒く色を変えていく。
音が遠ざかり、
思考が、ほどけていく。
――これしんだな
理解だけが、
遅れて追いついた。
そこで、
鬱の意識は、静かに途切れた。