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__ミ”ーンミ”ンミ”ンミ”ンミ”ーン
閉じられたカーテンの内側で、ニュース番組の無機質なBGMが揺れる。彼女はソファに横たわったまま手足を投げ出し、何も映らない硝子玉の様な黒い瞳でぼんやりとテレビを眺めていた。カーペットには表紙の歪んだ小説が放り出されている。ぴくり、と蠢いた指先が本の背表紙を掠めた後、諦めたようにだらりと垂れた。
「…どうしたの、いつもは擦り寄りになんて来ないのに。」
垂れたままの掌に、ザラりとした猫の舌が這う。アメリカンショートヘアのグレーの毛並みを撫でると伝わってくるじんわりとした温かさは、冷房で凍えた指先を溶かしていった。日の高いこの時間は、日差しと部屋の温度差でドロドロになりそうだった。
…彼女は不登校だった。
理由は簡単、学校が嫌いだから。上辺ではニコニコと笑っているても、途端に仮面が外れて醜い言葉と表情を晒す友人に。スクールカーストに囚われ、泣きながら自分を虐めてきた幼なじみに(そんなに泣くなら虐めなければいいのに、と何度も思った)。見て見ぬふりで、上っ面だけは心配を装う教師達に。そして、そんな狂った環境を享受するだけの、自分にも。嫌気がさして、そのピラミッドや世界を作る何よりの切っ掛けである学校を、彼女は当然の如く嫌いになった。
自分の部屋にかけられたセーラー服。最後に着たのは、3年以上昔の事。まだ新品の頃に綺麗なままハンガーにかけられて、随分と時間が経った。皺の無い水色のスカート、臙脂色のスカーフ、薄い白地の上に散りばめられた、幾つもの赤黒い跡。
彼女は自分の境遇を嘆いたことは無かった。世の中には、家に帰ったとて温かい家族がいる訳でもなく、美味しいご飯が食べられる訳でもない人がいるから、というのを建前に。境遇を嘆けば、自分を塞き止めるモノが無くなる、と言うことを理解していたからだ。
いつのまにか猫は離れていて、フローリングの上で毛繕いをしていた。ふとテレビへ目を向ければニュース番組はいつのまにかドロドロとした昼ドラマへと切り替わっていて、彼女は重い体を起こした。
自室のドアを開けて、扇風機を回す。薄桃色のそれはファンにグラデーションが付いていて、回れば綺麗な色が浮かぶお気に入りのものだった。ヘッドフォンをつけて、パソコンの電源を入れる。数個のモニターに明かりをつけて、慣れた手つきで長い髪の毛を括った。モニターの明かりだけが部屋の中を照らす。
___彼女は通信制高校の生徒だ。
学校という閉鎖的な空間を嫌った彼女は、人と触れ合わないという選択肢をとった。期日までの提出物をオンライン上で片付け、返却されたものをファイルにまとめての繰り返し。質疑応答も何もかもテンプレートで済ますことを選んだ彼女は、軈て家族以外とは話さなくなっていった。メッセージアプリのグループからも、何も言わずに消えていって、誰もかもをきょぜつした。その代わりとでも言うように、3年前の傷跡は、彼女の前から少しづつ、少しづつだけ消えていく。
笑いあった幼なじみとも、小学校からの友人とも、かつて好きだった相手とも、誰とも話さずに生きる道を、彼女は自身の手で掴んだ。
それでもいい、それがいい。
それをえらぶことは、まちがいだったの?…これがまちがいなら、よのなかぜんぶ、まちがいしかないんじゃないの。
これがマチガイだとすれば。
わたしはきっと、あしたも、あさっても。
マチガイのほうをえらんでいくのだろう。
___蓮葉 羽瑞《Hasuba Umi》