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第4話
『俺の隣』
きっかけは、なんでもない昼休みだった。
実習室の前の廊下。
蒼空はクラスメイト数人と笑っていた。
口元を見て、少しだけ遅れて笑う。
でも今日は、遅れていない。
楽しそうだった。
海は少し離れた場所からそれを見ていた。
胸の奥が、ざわつく。
理由は分かっている。
蒼空は、自分の隣にいるときだけ、ほんの少し気を抜く。
強がらない。
びびる。
掴む。
頼る。
それを知っているのは、自分だけだと思っていた。
なのに。
今の笑顔は、誰に向けてる。
⸻
「小鳥遊ー!」
誰かが蒼空の肩に触れる。
蒼空は振り返り、少し身を引きながらも笑う。
口元を追う癖は、やっぱりある。
でも、その距離は近い。
海の足が、勝手に動いた。
「蒼空」
低い声。
蒼空が振り向く。
「……海?」
「次、始まる」
まだ五分ある。
でも海は、そのまま蒼空の手首を掴んだ。
強くはない。
でも、確実に。
蒼空は一瞬目を丸くする。
「え、もう?」
「来い」
自然な顔で、隣に引く。
蒼空は抵抗しない。
むしろ、歩幅を合わせる。
そのことに、海は気づいてしまう。
——選ばれている。
少なくとも、拒まれてはいない。
⸻
実習室に入る。
蒼空が小さく笑う。
「海ってさ」
「なんだ」
「たまに独占欲つよくね?」
冗談半分の声。
でも、核心を突いている。
海は数秒、黙る。
逃げる選択もあった。
でも、しなかった。
「……嫌か」
低く落ちる声。
蒼空は少しだけ視線を逸らす。
考えている。
それから、小さく首を振る。
「嫌じゃない」
その一言で、線が越えた。
守るだけじゃ足りない。
隣にいるだけじゃ足りない。
他のやつの前で笑う蒼空に、胸がざわつく。
あの無防備な顔は。
ロッカーの音でびびったときの顔は。
自分の前だけでいい。
海は一歩近づく。
蒼空の視界に入る位置。
「蒼空」
名前を呼ぶ。
「俺の前でだけ、弱くなれ」
蒼空の呼吸が、止まる。
逃げない。
目を逸らさない。
ほんの少し、上目遣いになる。
その瞬間。
理性が揺れる。
「他のやつに、その顔すんな」
静かに言う。
怒っていない。
でも、譲らない。
蒼空の喉が上下する。
「……海、ずるい」
「知ってる」
海はゆっくり、蒼空の手を包む。
掴むのではなく、包む。
「俺、ちゃんと選んでる」
「なにを」
「蒼空を」
言ってから、少しだけ後悔する。
でももう遅い。
蒼空の頬が、じわりと赤くなる。
それを見て。
海は初めてはっきり理解する。
これは守る感情じゃない。
独占欲、だ。