「遥香様っ…!」
「あら?蓋があったのね…あ~ああぁぁ………絨毯までこぼれちゃった」
“あ~ああぁぁ…”なんて微塵も思っていない笑いを含んだ声を聞きながら、ワゴンに置いていたリネンのテーブルナプキンを手にした私は、ワゴンから滴り落ちる紅茶を受け止めるようにそれを絨毯に置いたが……もう遅い。
こんな紅茶は飲めないと言った彼女は、ティーポットへ紅茶を戻すかのように……当然蓋のしてあるティーポットへ、カップ一杯の紅茶を全て……ジャーァ……っと被せたのだ。
もちろん紅茶は一滴もポットに戻るはずない。
真っ白い陶磁器を滴るだけでは止まるはずのない美しい赤褐色は、ワゴンに広がると同時に、ツーっとベビーピンクの絨毯まで落ちてしまった。
「絨毯にシミが残らないようにして」
そう言った遥香様は、もう紅茶には興味がないようで、体も視線も鏡に向けた。
「承知いたしました。すぐに清掃準備をいたします。失礼します」
ワゴンを動かすと被害が大きくなるので置いたまま、私は部屋を出て一階へ降りる。
「どうしたの?」
「北田さん、ちょうどよかったです。清掃道具の場所はどこですか?」
「第一家事室よ。いきなり清掃って言われた?昨日が二階のお部屋の清掃日だったから……」
「すみません、急ぎますので」
早くしないと紅茶の色が落ちなくなってしまう。
不思議そうに私を見ている北田さんに説明している暇はない。
紅茶は水溶性なので洗い流すことが出来るし、比較的落としやすいシミだ。
でも絨毯を洗い流すわけにはいかないので、濡らしたタオルでシミ部分を叩き、水で薄めた台所用洗剤をブラシにつけて再度シミ部分を叩く。
ワゴンに溜まっていた紅茶を拭き取ったあと、手順通りに絨毯を綺麗にしていく。
よし……問題ないね。
膝をついて丁寧に作業する私を気にすることなく、遥香様は着替え始めたようだが、私も気にしない。
最後に洗い流すことが出来ないので、濡らしたタオルで何度か拭き取り、最後に乾いたタオルで湿り気を取って完了。
「遥香様、絨毯のシミ部分の清掃、終了しました」
立ち上がってからタオルをまとめ、エプロンを正してから私がそう言うのと
「わぁ、やだっ……最悪だわ」
着替え中の遥香様が声を上げたのは同時だった。
「ブラウスの襟にファンデがついちゃった。出掛けるまでにきれいにして、真奈美」
「お出掛けは何時でしょうか?」
「30分後」
「……ということは、20分ほどでこちらへお届けしなければなりませんね……?」
「そんなこと言わなくてもわかるでしょ?」
「失礼しました。お預かりします」
他にたくさんの服があるでしょ?と思ったけれど、私は白いブラウスを両手で受け取り、うやうやしくお辞儀をする。
「遅れたら許さないから」
下げた頭に降ってくる高音に
“どうぞ、もっと無理をおっしゃっても構いませんよ?”
と思ったニンマリ顔を隠すようにして、私は長く最敬礼の姿勢を続けた。
私がアナタに従順だと感じてちょうだい……遥香様。
コメント
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なになにー🤭真奈美ちゃんのニンマリ顔の裏には何があるのーーーーッ😳
ꉂ🤭フフなにか、復讐でもするのかな?( ≖ᴗ≖)ニヤッ 面白い👏👏👏
真奈美ちゃんには隠された素顔が有るのね。遥香お嬢真奈美ちゃんの手のひらで遊ばれてるのね。