集合の合図に皆が馬を引いて整列する。
僕は二列ずつに並んだ騎士達の最後尾に並び、顔を伏せていた。
号令をかけたのは副隊長なのだろう。何度か見かけたことがある。しかし話したことはないし、王の僕を女だと思っているから、バレることはない。
問題はラズールだ。まだここには来ていないけど、変装した僕に気づくかもしれない。下っ端の騎士のことなど気にしないといいのだけど。
副隊長が話す内容を上の空で聞きながら考えていたから、いきなり傍で声がして驚いた。
「おいおまえ、さっきから呼んでるだろう。返事をしろ」
「えっ?あ、はい!」
目の前に副隊長がいた。一瞬僕のことがバレたのかとドキドキしたが、そうではないらしい。
「ネロはどうした?おまえはどこの隊の者だ」
低く厳しい声に、ため息が出そうになるのを耐える。
ネロのフリをしようと思ったけど、やはりダメだったか。王都に仕える騎士だ。そりゃあ身元がはっきりしない怪しい者がいると詰問するよね…。
僕はネロに話した内容と同じことを言った。
「…ネロは急な腹痛で動けなくなったので、代わりに僕が行くことになりました。最近トラビス隊に入った…ノアと言います」
「なに?トラビス軍隊長の?許可は出てるのか?」
「はい。トラビス…軍隊長からは許可をもらってます。よろしくお願いします」
「うむ、わかった。危険が伴う任務だ。充分気をつけるように」
「はい」
咄嗟にバイロン国で助けてくれたノアの名前を出してしまった。
でも副隊長は納得してくれたようだ。大きく頷くと、隊列の先頭に戻り声を張り上げた。
「今から馬を飛ばして一両日中には目的地に着くようにする。食料や必要品の補給は途中の街や村に頼んである。最短で行くために魔獣が出る森を通るが、魔獣ごときに時間を割いてる暇はない。相手にせず駆け抜けるか、しつこく襲ってきた場合は瞬殺せよ。わかったか!」
「はっ!」
皆が背筋を伸ばして大きく返事をする。
僕も同じようにしながら、そんなに急いで行く先に何があるのだろうと緊張してきた。
まだマントをはおっていない者はマントをはおり、馬の鞍を直したり軍服のベルトを締め直して剣の位置を確認したりする騎士達のうしろで、僕は深くフードをかぶる。
副隊長の後方から、ラズールが馬に乗って現れたからだ。
ラズールは、馬上ですでにフードをかぶり黒のストールで顔半分を覆っていた。
あのストールは今僕が巻いてるものと同じものだ。だってこれは、ラズールがくれたから。リアムがくれた白のストールを見て「あなたにこれは似合わない」と言って、翌日に二つ持ってきたのだ。一つを僕に渡し、一つはラズールが持っていった。でも黒のストールをしてる者は、この隊に何人かいる。だからきっと大丈夫だ。バレない。
チラリと顔を上げて前に目を向ける。
ラズールが副隊長と二言三言話すと、副隊長が馬に乗った。
それにならって騎士達も次々と馬に乗る。
僕も馬に乗ると、上半身を倒して「よろしくね」と囁き馬の首を撫でた。
副隊長の宣言通り、かなりの強行だった。
数回休憩を挟んだが、夜も休まずに馬を走らせ続けた。途中で森を通る時に出会った魔獣を、先頭の数人が馬上から斬り捨て魔法で退けた。特にラズールが率先して斬っていた。
僕はただ馬の手綱を握りしめていただけだ。
しかしラズールが実戦するところを初めて見た。素早い剣さばきに思わず感嘆の息を漏らした。こんなにすごい人が、どうしてずっと僕に付き従っているんだろう。いつも「あなたのことが何より大切です」と言ってくれるけど、その理由を聞いたことがない。帰ったら聞いてみようかな。
翌日の昼を過ぎた頃に、目的の村に着いた。人も馬もかなり疲れていた。すぐにこの村で一番の敷地と大きな家を持つ村長の所に向かう。
馬の足音で気づいたのか、僕達が着くやいなや村長が家から出てきて頭を下げた。
ラズールが何かを言うと、村長が左側に手を向ける。ラズールは頷くと馬を降りて、村長が示した方角へと歩き出した。
副隊長も馬を降りて歩き出し、騎士達が次々と後に続く。
僕も馬を降りて手綱を引き、皆の後ろをついていく。
村長の前を通り過ぎる時に村長と目が合った。優しく目を細められて、少し肩の力が抜けた。自分では気づいてなかったけど、かなり気が張っていたみたいだ。それにこの村長は、賢明で人柄も良さそうだ。我が国の民にこういう人がいることは嬉しい。
僕は小さく頭を下げて、村長から目を逸らした。
この村は、イヴァル帝国と隣接している。この村の向こう側にリアムがいるんだと思うと、僕の胸がしめつけられて苦しい。離れてからまだ数日しか経っていないのに、もう会いたくてたまらない。こんな弱い気持ちで、僕は待っていられるのかな…。
「かなりの強行で疲れてるだろうが、休息までもう少し待ってくれ。今からラズール様から話がある。ラズール様、お願いします」
「ああ」
副隊長の声に、ぼんやりと考えごとをしていた僕は、ハッと顔を上げた。その時にラズールと目が合った。でもまだストールを巻いたままの僕の顔は、半分以上は隠れているし見えている髪は茶色だ。きっと大丈夫だ。その証拠に、ラズールはすぐに目を逸らせて、よく通る声で話し出した。
「出発前にも簡単に説明したが、この村と隣接するバイロン国側に、宝石が採れる村がある。その村で、ひと月ほど前から盗難が起きている。バイロン国は、宝石を盗んだ犯人はイヴァル帝国の人間だと言っている。とても失礼な話だ!我が国の民の品位を落としめたのだ!」
「なんと!」
「バイロン国民の方が野蛮ではないかっ」
「許せない!」
ラズールの話に、騎士達が怒って次々に声を荒らげる。
僕は怒るよりも胸が痛くなった。
民を悪く言われたことは許せない。だけどバイロン国との間で、揉めごとが起ころうとしていることに不安で胸が押しつぶされそうだ。
僕はストールをキュッと握りしめて目を伏せた。
そんな僕の耳にラズールの厳しい声が入ってくる。
「今夜はここで休み、明日の早朝、バイロン国に潜入する。真相を確かめるのだ。半数は俺と共に潜入、半数は副隊長とここで待機だ。今から俺と行動を共にする者を決める。窓を背に座っている五人。それとそこの茶色の髪のおまえだ。俺と一緒に来い!」
「はい!」
窓を背に座っている五人が一斉に返事をする。
僕は咄嗟に返事ができなくて、慌てて顔を上げてラズールを見た。
ラズールは今度は目を逸らせることもなく、ジッと僕を見つめていた。
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