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ハルさんからの告げられた「ポストが塞がれていた」
という事実は、アオイの心臓を鷲掴みにした。
「えっ…塞がって、いた? いつからですか?」
アオイの声は震えていた。
彼女が必死に手紙を投函していたあのポストが、実は機能していなかったというのか。
ハルさんはカウンターの拭き掃除の手を止め、落ち着いた声で答えた。
「ああ。この前の嵐の後に、投函口が錆びて変形してしまってね。町役場が気づいたのが、つい最近なんだ。貼り紙が出ていたよ。」
「でも、私が手紙を入れていたのは、たしかにあのポストです。ナギ君からも、届いていたのに…」アオイは混乱していた。
もしポストが機能していなかったなら、ナギが未来の証明を受け取ることも、アオイが彼を救うこともできなかったはずだ。
「ナギ君は…ポストの裏の岩場で絵を描いていたんだよね?」ハルさんが静かに尋ねた。
アオイはハッと顔を上げた。ナギが絵を描き、
唯一の安息の地としていた海猫軒の裏の岩場。
そして、その岩場と、郵便ポストは、小道を挟んですぐそこにある。
「まさか…」
アオイはいてもたってもいられず、海猫軒の裏手にあるポストへと駆け出した。
錆びついた緑色のポストの投函口は、確かにひどく変形し、
奥には紙が詰まって塞がっているように見える。
アオイはポストの周りを回り込んだ。
ポストの背面は、岩場に面していた。
「時空の繋がりが、物理的なポストじゃなかった…?」
アオイは、ナギが絵を描いていた岩場に座り込んだ。
ここが、ナギの心の叫びと、
アオイの未来からのメッセージが交差する「唯一の場所」だったのではないか。
ナギが絵を投函したとき、それは閉ざされたポストの中に入った。
しかし、その絵は物理的な郵便経路ではなく、
ナギの「未来への強い願い」と、
アオイの「過去を救いたいという強い想い」が、
この特定の場所—ナギの孤独な逃避場所—で、
時空を歪ませたのではないだろうか。
アオイは、ナギが最後に残した灯台のスケッチを広げた。
(ナギ君は、ポストじゃなくて、この場所に、救いを求めていた…)
ナギからの返事が途絶えたのは、彼がこの町を離れ、
この「交差点」からいなくなったから。
そして、SNSの通知が途絶えたのは、アオイの使命が終わったから。
時空の扉は、ナギの旅立ちと共に、静かに閉じられたのだ。
アオイは、ナギと自分が繋がっていた仕組みが、
郵便という日常的な媒体ではなく、
純粋な「心」と「場所」の力であったことに、畏敬の念を抱いた。
「時空を超えて届いたのは、手紙そのものじゃなくて、私たちの気持ちだったんだ…」
この真実を知ったアオイは、大きな安心感を覚えた。
もし郵便の奇跡だったなら、その力はいつか尽きてしまうかもしれない。
しかし、心の力が時空を超えたのだとしたら、
ナギが新しい町で筆を握り続ける限り、その繋がりは消えないだろう。
アオイは海猫軒に戻り、画材を広げた。
閉ざされたポストの謎は、彼女の心にあった最後の迷いを振り払った。
彼女がこの町で絵を描くことは、ナギの物語の延長ではなく、アオイ自身の人生を生きることなのだ。
数日後、アオイはハルさんに相談し、海猫軒の一角を改装する許可を得た。
「アートスペース、名前はどうするんだい?」ハルさんが尋ねた。
アオイは、ナギの絵への想いと、この場所への感謝を込めて、その名前を提案した。
「『灯台ギャラリー』です。誰かの心に光を灯すような、そんな場所にしたいから。」
アオイの新たな挑戦が始まった。彼女は、
「海猫軒の灯台ギャラリー」で、この町の風景と、ナギとの文通で得た「勇気」を描き始める。
その頃、ナギが引っ越した新しい町でも、ある変化が起きていた。
ナギは、新しい学校で、新しいクラスメイトに、初めて自分から話しかけていた。