異星人対策室のジョン=ケラーだ。ティナが再度の来訪を約束した時期まで一週間足らず。
我が異星人対策室は日々の業務に追われている。大統領は約束を護ってくださり、統合宇宙開発局を初めとした各所から優秀な人材を次々と回してくれて人員も増えたが、それにも増して業務が増えているのが実情だ。
大統領は他の部署などからの干渉を極力避けるために、異星人対策室を大統領直属として大きな権限を持たせてくれた。お陰でティナを相手に迅速な対応が行えていると自負している。
だが同時に私達には機密事項があまりにも多い。特にティナや彼女がもたらした品、極めて不本意だが私やミスター朝霧は最重要機密に当たる。
これが何を意味するか。つまり「理由は言えないけど協力して欲しい」と言う要請を出さねばならない事案が多すぎるのだ。
こうなると所謂政治力学の問題も関わってくる。関係各所との調整しなければならない事案は膨大であり、何かと優遇されている我が異星人対策室を妬む機関も多い。
統合宇宙開発局などはその筆頭だ。何せ私の古巣での扱いは言うまでもないが、窓際の閑職だった私が異星人関係の最前線に居るのだ。面白くはあるまい。
まあ、私個人としては代われるならば是非とも代わって欲しいところだがな。ティナとの出会いに後悔は一切無いが、胃痛と過ごす日々は困り果てているのだ。
最近では異星人対策室の前の広場で抗議活動を行う市民が居るのだが、彼等への対処さえ丸投げにされてしまったのだから困ったものだよ。急遽地元警察との連携を図る必要が生じた。
幸いと言うべきか地元警察の署長は学生時代の友人だったこともあり、この問題はスムーズに解決した。
さて、準備に邁進しながらも国内は相変わらず騒がしい。ティナの存在を危険視する勢力の活動は目に余るものがある。
ティナの何処に危険を感じるのか分からない。あの子は周りが心配するレベルの善人だ。あれが全て演技なら彼女は超一流の役者だろう。
記者会見を行えば多少は沈静化すると思ったが、むしろより活発になったのは誤算だった。ああ言った連中の思考回路は理解できないな。
もう一つは、ティナが手当てをした人々の速やかな保護だ。これも残念ながら遅々として進んでいない。デマや陰謀論が世の中に溢れているのが原因だな。全く困ったものだよ。
とは言え、ティナが来たときにあんな連中を見せるわけにはいかない。地元警察とはその辺りは話が付いていて、あの手の連中がティナの視界に入らないよう最大限の努力を約束してくれた。有り難いことだ。
とは言え、保護対象には私の娘であるカレンも含まれている。あの日の出来事でメディアへの露出は多い。いや、全世界にその存在を知られたと言える。親としては愛娘の安全を最優先に考えてしまう。
今は妹のメリルがボディーガード数人とハイスクールの送迎を担当してくれている。カレンも叔母に当たるメリルに懐いているので、非常に助かっている。
その日の夕方、ようやく業務が一段落してきた頃。
「室長!大変です!」
血相を変えて飛び込んできたジャッキー=ニシムラ(青い作業着)によって凶報がもたらされた。
「なに!?カレンが!?メリルも!?」
近くに居たボディーガードの証言によると、ハイスクールからの下校時突如として寄せてきたバンから複数人の男が飛び出してカレンを拉致。その際抵抗しようとしたメリルに躊躇無く発砲。カレンは連れ去られ、メリルは病院へ運ばれたと言う。
カレンにはメリル以外にもボディーガードを数人付けていたが、警備の一瞬の隙を狙われたようだ。
「メリルは!?」
「妹さんは防弾チョッキを着ていたので大事には至っていませんが、肋骨にヒビが入っているみたいです」
「何と言うことだっ!」
愛娘を拉致されて、妹が撃たれた!
私の中で激しい怒りの感情が渦巻いた。と同時に、ティナの相棒である高性能AI、アリアだったかな?彼女からの助言が脳裏に甦る。
ティナから貰った栄養ドリンクでパワーアップした私にバイタル面で異常はない。毛根が死滅した程度だ。
だが、実は誰にも教えていない変化がある。これは彼女、アリアから秘匿するように助言されたからだ。そして私は怒りを何とか抑えて目を閉じる。
次の瞬間、五感が恐ろしく研ぎ澄まされるのを感じる。様々な音が私の耳に入り、その情景を鮮明に頭に思い描かせる。
とんでもない情報量で普通ならば頭がパンクしても不思議ではないだろう。だが脳も強化されているのか、特に苦痛はない。私はただひたすらに感覚に身を委ねた。そして……。
{パパ……}
微かに、しかし確実にカレンの声が聞こえた。私は直ぐに雑音を振り払い、カレンの声に意識を集中させる。
まるで町を空から見渡しているような感覚だ。しばらくすると、ワシントン郊外にある倉庫だろうか?そこからカレンの声が聞こえるのを確信した。
……カレンを拐った連中がどんなタイプか分からないが、事は一刻を争う。説明している時間はないし、夕方だから道も混んでいる。ならば、迷うことはない。
「ケラー室長」
声をかけてきたのはミスター朝霧だ。彼もティナの栄養ドリンクを飲んでパワーアップしている。私とは方向性が違うみたいだが、私の感覚が分かるらしい。
「済まない、ミスター朝霧。ちょっと行ってくるよ」
「お気を付けて。直ぐに警察を向かわせるよう手配しておきます」
彼は日本の外務省職員だが、今では立派な異星人対策室の頼れる仲間だ。それに、この感覚は彼にしか分からないだろう。
「済まん、ちょっと出掛けるよ。ミスター朝霧のやることを補佐してくれないか?」
「GOOD LUCK!!室長!」
ジャッキー=ニシムラ(休日は公園で物色)はなにも聞かずに私を送り出してくれた。私は部下に恵まれているな。
「待っていろよ、カレン!今行くぞ!」
屋上に出た私は思い切り跳躍した。するとまるでハリウッドのヒーローのようなジャンプ力を発揮。ビルの屋上を基点にどんどん前に進む。幸い今は夕方、屋上を跳び跳ねる私を目撃するものは少ないはずだ。
ワシントンD.C.郊外の倉庫、そこには椅子に縛り付けられたカレンと、彼女を取り囲む白衣を着た四人の科学者達が居た。
「入手したカルテによれば、顔に傷跡があったはずだが」
「綺麗さっぱりだ。これが魔法か?どんな原理だ?」
「代謝を活性化させているのだろうか?今も有効かもしれん」
「ならば試してみるか」
「んーっっ!!!」
「怖がることはないよ、お嬢さん。これは人類のよりよい発展のためだ。誇って良い」
一人がカレンにメスを近付けた。まさにその時。
轟音と共に倉庫の扉が吹き飛んだ。
「なんだ!?」
「んーっっ!!!」
科学者達、そして周りに居た誘拐犯達が入り口を見る。カレンは涙を流しながら見つめる。そこに居たのは、まるでプロレスラーのような肉体を持った一人の男だった。
「娘を……迎えに来たっ!!!」
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