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「セレン公にとっては、将来の縁談や立場に影響が出る。お前にとっても同じだ。場合によっては――うちの養女になっても……いい縁談が来なくなる」
そこで、ほんの一瞬だけ言葉を切ると、ランディリックは紫水晶色の美しい瞳でじっとダフネを見つめた。
「――それでも、構わないのか?」
問いは短い。
だが、逃げ場はなかった。
答えは分かりきっているだろう? と言わんばかりの調子にダフネは唇を噛む。
セレンが何か言いたげに口を開きかけたが、結局黙ったまま――。
ウィリアムも、固唾を呑んで成り行きを見守っている。
そんな場の空気をものともせず、ランディリックは淡々と続ける。
「養女として迎える以上、私はお前の将来にも責任を負わねばならん。お前がどう動くにしても、すべての結果について、我がライオール家にも影響が出る。お前も貴族の端くれになるのなら、そこに感情を混ぜるべきではないというのは承知すべきだ。ついでに言わせてもらうとな、私はうちの家名を汚すようなことをされるのも我慢ならん。ことと次第によっては、お前の扱いを見直す必要が出るかもしれない――」
それはダフネの選択によって何が起こるかを淡々と告げた事実確認だった。一見脅しとも取れるが、厳密にはそうではない。
だが、当然のこと、甘える余地も猶予もなかった。
「さて、そのうえでもう一度確認しよう。その要求がもたらす不利益を理解した上で――それでも、望むのか?」
静まり返った室内で、ランディリックの視線だけが、ダフネを真っ直ぐに捉えていた。
***
――それでも、構わないのか?
静かな問いかけだった。
声を荒げられたわけでも、拒絶されたわけでもない。
ただ事実を並べられただけだというのに、胸の奥がじわりと熱を持つ。
(……何よ、それ)
ダフネは表情を崩さないまま、奥歯をきゅっと噛み締めた。
セレンと並んで社交の場に立てば、彼の未来に影響が出るかもしれない。
自分自身に来るであろう縁談にも、影の差す可能性が高い。
――だから慎め、諦めろ……とランディリックは言っているのだ。
(じゃあ……)
思考が、勝手に滑り出す。
(リリアンナお義姉様と、あなたはどうなのよ!?)
未婚者同士。
年の差はあるけれど、年齢差のある夫婦なんて社交界では珍しくもない。
後見人と被後見人という関係が周知の事実だから、ただ単に「そういう目」で見られにくいだけではないか。
(要は可能性が低い、ってだけでしょう?)
養父と養い子の恋物語だって、完全に否定されるものじゃない。
ただ少し――見逃されやすい立場にいるだけ。
(それなら、私とセレン様だって同じじゃない!)
セレンは侯爵家の三男坊。
自分はライオール侯爵家の養女になる予定。
相手が跡取りではない分、自分のほうが格上になってしまうというアンバランスさが絶妙に加わっているところだって、ある意味ランディリックたちと同じに思えた。
それなのに――。
(どうして私だけ、そんなふうに言われなきゃいけないの?)
ダフネの胸の奥で、苛立ちが膨らんでいく。
(……ムカつく!)
もっともらしい理由を付けられて、要求を却下された。
自分に決定権を〝与えられて〟いるようで、実は〝縛られて〟いる。
それが、たまらなく癪だった。
「――だったら……噂なんて気にせず済むよう、セレン様と私を本当に結婚させてくださればよろしいのでは?」
セレンの相手は十中八九リリアンナだ。もしかしたら侯爵家三男坊のセレンのことを、リリアンナの婿養子としてウールウォード伯爵家に取り込むつもりかもしれない。
だとしたら、絶対にランディリックは渋るはずだ――。
無論、ダフネはライオール家に婿養子として取れる保証もない――ノアール侯爵家の跡継ぎでもない――三男坊セレンとの婚姻など本気で考えているわけではない。でも、この取り澄ましたランディリック・グラハム・ライオールという男を、少しくらい困らせたっていいではないか。
そう思ったのだが――。
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