コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
次の日、玲子さんは知人の葬式に出かけた。速水というやつと三人でサッカーをして遊んでいると、玄関のチャイムが鳴った。速水がでると玄関には慌てた様子の獅子合がいた。「病院に行くぞ!玲子が銃で撃たれて怪我したそうだ!」
俺たちはすぐ獅子合の車に乗り込み玲子がいる病院へ向かった。
「玲子!大丈夫か!?」
「お姉さん!」
「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。」
美紀さんから話を聞くと星散病のおかげで傷の治りは早いのだそう。だが、一日検査入院するそうだ。
「まったく…無茶しやがって……!」
「ごめんごめん」
「優香さん、彼女の血は!?」
「血に混ざって流れ出た星屑は全部回収してきたよ。もう残っていないはずだ。」
「そんな神経質にならなくても大丈夫だよ。」
「馬鹿!言ったはずだ!汚いことに使われるのは嫌だって!」
獅子合がすごい大声で叫ぶものだから二人が怖がってしまった。俺も少しだけびっくりした。
「大丈夫?痛くない?」
「大丈夫。安心して。」
二人はほっとした様子でこちらを見つめていた。
「速水、子供たちを別室に。優香もついていて。」
「了解。」
そうして俺たちは五人で別室に向かった。その途中優香さんから小瓶をもらった。中には血と星屑が入っている。
「これは?」
「玲子の血だ。そこに星屑が入っているのがわかるだろう?玲子はずっとこれと戦っているんだ。」
星散病だと言っていた。美紀さんが言うには体内に星屑がたまり、それがだんだん外に排出される。しかし、二十五歳になると体は星屑に変わりはじけて消えてしまう。もうここまで玲子さんの体内には星屑がたまっているのか。
「吐いた時の星屑の量も多くなっているはずだよ。なにせ、あと九か月だからね。」
俺は、死が近い玲子さんになにをしてあげられるだろう。自分を人間だと言ってくれたあの人に。
そして俺は今後の奇病を持つ人間に対してなにができるのだろう。
玲子さんは「大丈夫」と笑っていたけど、それが強がりなのは誰の目にも明らかだった。
あと九か月。
それが彼女に残された時間。
「……俺たちに、何ができるんだ?」
不意に呟いた俺の言葉に、みんなが黙る。
このまま何もできずに、玲子さんが消えていくのを見ているしかないのか?
そんなの、あまりにも無力すぎる。
「治療法を探す?」
ヒロトが言った。
「でも、星散病は今まで治った人はいないんだろ?」
「そうね……少なくとも、公式にはね」
美紀さんが腕を組んで考え込む。
「でも、治る可能性がゼロとは言い切れない。今まで誰も見つけられなかっただけかもしれない」
「治療法がないなら、せめて玲子が後悔しないようにしてやりたい」
優香さんが静かに言った。
「俺たちで何かできることがあるんじゃねえか?」
玲子さんが後悔しないように——
「……やりたいこと、全部やらせてやるとか?バケットリストみたいな?」
「バケットリスト?」
俺が聞き返すと、速水はスマホをいじりながら説明した。
「死ぬまでにやりたいことをリストアップして、それを全部やるんだよ。映画とかでよくあるだろ?」
「でも、それって……玲子さんが死ぬことを前提にしてるってことだよな」
俺は胸の奥が痛むのを感じながら言った。
「……コウタ、お前だってわかってるだろ?」
美紀さんが俺の肩を叩く。
「星散病の人間が二十五歳を超えたことはない。奇跡でも起こらない限り、玲子は——」
「わかってるよ!!」
俺は思わず叫んでしまった。
病院のロビーに俺の声が響き、周りの人たちがこちらを見る。
「……わかってるけど、認めたくねえんだよ」
俺は悔しさに拳を握りしめた。
「それでも、玲子さんは生きてるんだ。残された時間が少ないからって、もう終わりみたいに扱うのは嫌だ。俺たちにできることは、玲子さんに『生きててよかった』って思ってもらうことなんじゃないか?」
みんな、俺の言葉を黙って聞いていた。
「……なるほどね」
優香さんが小さく笑う。
「じゃあ、やることは決まりね」
「まずは、玲子さんに『やりたいこと』を聞いてみようぜ」
アキラが頷く。
「もし、玲子が、本当にやりたいことがあるのなら……私たちでなんとかして叶えてやろう」
優香さんも力強く言った。
玲子さんの命の期限は決まっている。
でも、その時間が「ただのカウントダウン」になるのか、「輝く瞬間」になるのかは、俺たち次第だ。
「よし……やるか!」
俺たちは、玲子さんのやりたいことを叶えるために動き出すことにした。
その後、俺たちは玲子さんにいろいろなことをした。花を送ったり、いつもより手伝いを多くしたり、一緒にいられるように学校から早く帰ったり。俺たちにとって玲子さんや孤児院の先生は、俺たちに居場所を与えてくれた唯一の人でもある。だからこそ、俺たちは玲子さんのために何かしたかった。何もできない無力さを埋めるように、ただ必死に。
そんなある日のことだった。夕飯の準備を終えても玲子さんの姿が見えない。呼んでも返事がない。胸騒ぎがして探し回ると、風呂場の前で異様な静けさを感じた。扉越しに微かに聞こえる、何かを堪えるような息遣い。俺は、嫌な予感に突き動かされるように、ゆっくりと扉を叩いた。
「玲子さん?」
返事はない。けれど、内側から微かにすすり泣く声が聞こえた。
「玲子さん、大丈夫か?」
少し強めに扉を叩いた。その瞬間、中から微かなうめき声と、何かを吐く音が聞こえた。
「玲子さん!」
俺は咄嗟に扉を開けた。そして、目に飛び込んできた光景に息をのんだ。玲子さんは、浴室の床に崩れるように座り込み、震える手で口元を押さえていた。指の隙間から、きらきらと光るものが零れ落ちている。星屑——まるで夜空からこぼれたような、美しくも儚い光の粒が、タイルの上に散らばっていた。
「ごめん、心配かけて。」
玲子さんはかすれた声でそう言い、作り笑いを浮かべた。だが、その奥には隠しきれない苦痛が滲んでいた。その笑顔が、俺の胸に鋭い棘のように刺さる。
「……なんだよ、それ。」
胸の奥が熱くなる。抑えろ。ここで怒っても意味がない。玲子さんはもう、自分の死を受け入れている。それはわかっている。それでも、俺は言わなければならなかった。
「こんなところで、無理に笑顔を作ったって意味ないだろ。」
「でも、コウタ——」
玲子さんは何かを言いかけて、喉の奥に言葉を飲み込んだ。
「俺たちだって、お前の本当の笑顔を見たいんだよ。」
俺は泣きそうになりながら、それでも必死に言葉を絞り出した。玲子さんの苦しみを全部理解することなんてできないかもしれない。でも、それでも伝えたかった。俺たちにとって、玲子さんの存在がどれほど大きいのかを。
「ありがとう……少しだけ、頑張ってみる。」
玲子さんは微かに目を細めた。作り笑いではない、本当に微かな、けれど確かにそこにある笑顔だった。
「別に頑張らなくてもいい。無理する必要なんてないからな。」
玲子さんの命は、もう長くないかもしれない。俺はそれをどうしようもない現実として受け入れなければならない。だけど、俺は——。
いや、玲子さんは無理でも、他の患者だったら助けられるかもしれない。俺たちにはまだ、やれることがある。玲子さんがくれたこの居場所で、俺たちはきっと、何かを変えられるはずだ。
その夜、玲子さんが眠った後、俺たちは勉強部屋に集まり、今日の出来事について話し合った。
「そっか……玲子さん、本当にいなくなっちゃうんだね。」
ヒロトが静かに呟く。その声には、悲しみを押し殺そうとするような響きがあった。
「嫌だよヒロト!俺、もっと玲子さんと一緒にいたい!」
アキラは目に涙を溜めながら、拳を握りしめて駄々をこね始める。玲子さんのことを思うと、どうしても感情が抑えられないのだろう。そんなアキラとは対照的に、ヒロトは落ち着いた表情をしていた。
「俺だって玲子さんがいなくなるのは嫌だ。でも、玲子さんはもう死を受け入れてる。それならせめて、玲子さんが天国で喜んでくれるようにするべきだろう?」
ヒロトの言葉は冷静だった。でも、その声には優しさが滲んでいた。
「そう思って二人を呼んだんだよ。玲子さんになにかできずとも、同じように苦しむ人たちに何かできることはあるだろうしな。」
俺は静かにそう告げた。
「そういうことなら、僕は喜んで協力するよ。」
ヒロトが微笑みながら言う。
「お、俺も!」
アキラも涙を拭いながら、力強く頷いた。
俺は二人の顔を見渡しながら、心の奥からこみ上げる感謝の気持ちを噛みしめた。
「ありがとうな、二人とも。」
俺たちはまだ何をすべきかわからない。それでも、玲子さんがくれたこの時間を無駄にはしない。俺たちにできることを探していく。それが、玲子さんへの恩返しになると信じて——。