テラーノベル
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会議室の空気が、一瞬でひっくり返った。
「い、一年分……!?」
「まさか……そんな量、いつの間に……!?」
商人たちがざわめく。
私は表情を変えずに続けた。
「以前から複数の商会を通じて、備蓄として少量ずつ購入していましたの」
私は資料を指先で軽く叩いた。
「アイリス領から王都へ向かう主要街道は、ウィステリア伯爵領を通りますもの。関所を塞がれた程度で領民が飢えるようでは、領主失格でしょう?」
保管場所も一か所ではない。
神殿。
学校。
診療所。
そして古い倉庫。
それぞれに分散してある。
物品の仕分けと管理をしてくれたのは、フローラとフレッドだ。
「ですから、あと一年は領民が飢えることはありませんわ」
私は資料を指先でトントンと叩いた。
「物資が足りないという『前提』が崩れたのですから……これ以上の値上げの理由は、ありませんわね?」
商人たちは完全に言葉を失い、顔色を悪くしている。
すかさず、私は次の書類を差し出した。
「本日より、小麦、塩、薬草など、主要物資の販売には上限を設けます。一世帯あたり一定量以上の購入は禁止。買い占めを防ぐためです」
薬草問屋の会長が、焦ったように身を乗り出した。
「そ、それでは、我々の商売は……!」
「もちろん、正当な利益は保証しますわ」
私はその言葉を遮らず、淡々と告げる。
「アイリス領の備蓄の一部を、各商会へ適正価格で卸します。ただし、販売価格の上限はこちらで設定します。通常価格から大きく外れない範囲で、利益を乗せることは認めましょう」
商人たちの顔に、少しだけ安堵が戻る。
「ただし」
私は声音をさらに低くし、言い渡した。
「上限を破って暴利を貪った商会、買い占めに加担した商会、領民の不安を煽った商会は――今後一切、アイリス領の公共取引から排除しますわ」
「なっ……!?」
商人たちの顔が完全に強張った。
公共取引からの排除。それは、神殿や学校、診療所といった公的機関に関わる取引、さらには今後展開される大口事業から締め出されることを意味する。
一時的な暴利など、比べものにならない致命傷だ。
「逆に、今回協力していただいた商会には、今後の観光、物流事業において優先契約権を与えます」
「優先契約……?」
「私は、このアイリス領を、ただの地方領地で終わらせるつもりはありませんわ。観光地を整備し、街道を広げ、他領や王都との新たな流通網を開拓する予定ですの」
私は微笑んだ。
「危機の時に領民を支えてくれた信頼できる商会と、私は長くお付き合いしたいと思っておりますわ」
沈黙が落ちた。
商人たちは互いに顔を見合わせる。目先の利益か、信用か。
彼らの頭の中で、ものすごい速度でそろばんが弾かれているのが分かった。
やがて、一番前に座っていた老舗商会の会長が、ゆっくりと立ち上がった。
白髪交じりの、アイリス領で三代続く穀物商の会長だ。
「……私は、お嬢様の案に乗りましょう」
「会長、本気ですか!?」
中年の商人が声を上げるが、老人は静かに首を振った。
「本気だ。商売とは、ただ高く売ればいいものではない。飢えた領民に恨まれて、この土地で商いを続けられると思うか?」
誰も答えない。
「危機の時に小麦を隠した商会の名は、孫の代まで笑われる。逆に、領民を支えた商会の名は、不滅の信頼として残るのだ」
老人は私に向き直り、深く頭を下げた。
「うちの倉庫にある小麦も、すべて通常価格で出しましょう。お嬢様の購入上限ルールも徹底させます」
「感謝いたしますわ」
それを皮切りに、次々と商人たちが賛同の声を上げ始めた。
「では、うちは塩を提供します!」
「薬草はこちらが供給しましょう。診療所への優先販売にも全面協力します!」
(よし。まずは第一段階、成功ね)
私はフレッドに、すぐさま市場へ告知板を出すよう指示した。
『小麦・塩・薬草は十分な備蓄あり。通常価格にて販売を継続する』
『買い占め、暴利販売を行った商会は、今後の公共取引から永久に排除する』
***
執務室に戻ると、手紙を書いていたレオンが顔を上げた。
「終わった?」
「ええ。まずは市場の混乱を止めたわ」
「君、本当に一人で商人たちを黙らせたんだね」
「商人は敵じゃないわ。損得の見せ方さえ間違えなければ、ちゃんと味方になってくれるのよ」
――コンコン。
ノックの音とともに扉が開き、帳簿を抱えたフローラが駆け寄ってきた。
「お姉様! 優先配布分の仕分けも、商会へ卸す分の準備も、全部終わりましたっ!」
さらに続いて、アレクも戻ってくる。
「倉庫と街道には騎士を配置した。偵察部隊を使ってウィステリア側の動向も確認中だ」
「上出来よ」
私は窓の外へ目を向けた。
これで終わりではない。王妃派は、必ず次の手を打ってくる。
次はきっと、もっと露骨で、もっと汚い手だろう。
(来なさい、ベラドンナ。次の手も、受けて立つわ)
コメント
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寺島あおいです🌷 第61話、読み終えました。会議室の空気を一瞬で掌握するお嬢様、本当に格好良かったですね。「商人は敵じゃない。損得の見せ方さえ間違えなければ」という台詞に、彼女の経験と覚悟が詰まっている気がしました。老舗会長の「孫の代まで笑われる」という重みある言葉も心に残りました。単なる価格統制ではなく、信頼と未来の関係性を提示する手腕が本当に巧みで、次なる一手が待ち遠しいです。続き、楽しみにしています📖