コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
<凌太>
マンションのエントランスを抜けると黒の国産車が待ち構えていて助手席から秘書が出てくると後部座席のドアを開ける。
後部座席につくとタブレットを起動させ資料の確認をしていく。
「A社の社長との打合せに向かいます。その後はB社部長との昼食会、その後は本社に戻ります。社長が話をしたいとおっしゃってます」
「わかった。社長の用件は?」
「伺ってません」
「何だと思う?」
「アレですかね」
「だろうな。いくらなんでも専務の俺に一言も言わない訳にはいかないだろうし」
上層部のごく少数は亮二が社長の婚外子であることを知っている。
亮二を持ち上げようとする人間が少数いることはわかっているがあいつが甲斐のトップになるのは無理だ。
もしあいつを頭に俺に対抗してきたとして亮二ともども甲斐に居られなくなるのは親父にもわかっているから自分の資産まで使って甲斐Egを独立させようとしている。
秘密裡におこなっているようだが、そんな情報などこちらには筒抜けだ。
三島亮二が絡むと親父は判断力が鈍くなるんだろうか。
「誰が何を言おうが進めていくつもりなのだから、いちいち俺に言わずとも書類一枚まわしてくれれば、いいんだがな」
俺と親父の確執を知っている秘書は、あきれた口調で「そんなわけにはいかないでしょ」とため息交じりに言った。
甲斐Egを独立させた瞬間に取引をすべて切り上げてこれから会う会社へ乗り換えればいいだけのこと。
じいさんもいつまでも元気でいられるわけじゃないし、瞳との未来を考えていく為にも行動をおこさないといけない。足がすくんで立ち止まってしまいそうになる俺を瞳が押してくれるから。
太陽エネルギーのA社との打合せのあとの飲料工場B社の部長との食事会も有意義な時間となった。
B社の部長に見送られて車に乗り込むと本社に向けて走り出した。
「ついたら起こしてくれ」そう言って目をつむる。
親父と話をすることが何よりもストレスがたまるなんて皮肉だ。
「一等を取ったってじいさんから聞いたぞ。凄いな」
学校の行事は仕事があるからとじいさんとばあさんが来てくれて、報告を受けた親父がいつもほめてくれた。
「兄さんのところにも来てたよね」
土日を独占していたあいつの言葉。
「お前の弟だ」
あいつを連れてきた時の親父の言葉。
「お金を受け取ったのよ」
瞳との間を引き裂いたおふくろの言葉。
くだらない
・・・む
せんむ
「専務」
気が付くと本社ビルの前に車が停まっていた。
「大丈夫ですか?」
片手で両目を覆うようにしてから頭を振る。
「疲れたから社長との話は無理だな」
秘書は助手席から降りると後部座席のドアを開けて「充分、元気そうなので大丈夫です」とこれ以上上がりそうもないほど口角を上げた。
まっすぐに社長室に向うと秘書がすぐに取り次いだ。
「たまには家に帰ってこい」
「二言目にはそれですね。俺がいなくても最愛の息子がいるでしょ。くだらない話はいいです。本題をどうぞ」
最愛の息子という言葉を投げかけると俺の前では決まって苦い顔をする。
まるで心外だとでも言いたそうに。
「太陽光エネルギー部門だが」
案の定だ。子会社化してあいつを社長にするということだろう。
「社長のしたいようにどうぞ。判が必要ならこちらにまわしてくだされば、いつでも押印いたします。ただ、中身の精査はするかもしれませんが。話がそれだけなら失礼します」
「凌太」
名前を呼ばれても振り向かずドアに手を掛けようとしたとき「お前も最愛の息子だ」としらじらしいことを言ってきたので「バカバカしい」と吐き捨てて部屋を出た。
背もたれに思いきりもたれると大きく息を吐いてから、郵便物に手を伸ばして一通ずつ目を通していく。
必要のないものはゴミ箱に捨てて、シュレッダーの必要なものは机の左端においていく。
5時少し前
スマホにもいくつかメッセージが入っていてそれもチェックしてから、GPSを見て嫌な予感がした。
少しづつ拡大していくとそれはアカギ食品の近くだ。
瞳は定時に上がることはほとんどないと言っていたからまだ社内にいるかもしれない。
急いで電話をする。
留守番電話サービスにつながる。
もう一度電話をするがやはり出ない。
次は「俺が向かうまで会社を出ないでくれ」と留守電に入れる。
ラインにも[社内で待っていてくれ。着いたら連絡をする]とメッセージを送信をした。
どうする?
ただいつものようにどこかで見てるだけかもしれない。ヘタに言っても瞳を怖がらせるだけだと思っても心配になる。こんな時に限って自分の車ではなく社用車での出社だった。
すぐに瞳の所に駆け付けたいが、スマホで俺の動きをチェックすれば瞳のところに向かっていることがわかってしまう。
「スマホを交換してくれ」
秘書はいきなりそんなことを言われても動じることなくポケットからスマホを取り出すとロックの解除をはじめた。
俺も急いで設定画面を出してロックの解除をする。
「電話に出てもらって構わない。瞳という名前で登録してある人から電話があったらまだ社内にいるように伝えてから、俺に連絡をしてほしい」
「わかりました」
「配車を頼む」
スーツの上着を掴むと急いでエレベーターに向かい下向きボタンを連打する。
連打したからと言って早く来るわけでは無いがやらずにはいられなかった。
ロビーを抜け車寄せに到着するとほぼ同時に黒の国産車が到着し運転手がドアを開ける為降りようとするのを手で制止すると自ら後部座席に乗り込み目的地を伝えた。
秘書の携帯から瞳に連絡をするが相変わらず留守番サービスにつながってしまう。
念のため、この携帯からもメッセージを吹き込んだ。
「事故があったようです」
自動車道に乗ってから動きが悪いと思ったら運転手が申し訳なさそうに言ってから「次で降りて下道で向かいます」と言われたが運転手に何を言っても仕方がないし「そうしてくれ」と返すしかない。
俺の動きを知られるのはマズいと思ったが、松本ふみ子の行動がわからないのは不安になる。
たまたま近くにいるのかもしれない
いや、瞳を待ち伏せている可能性が高い。
ただ後をつけているだけかもしれない
いや、接触する可能性もある。
昨日のあの表情を思い出すとぞくりと体が冷える。
秘書に連絡をしてGPSのことを伝えるとマークの位置が変わったら連絡をするように伝えた。
後は少しでも早く瞳のところに着くことを祈った。