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先の見合いの席での一連の出来事により、
セイカはカンジュ王の怒りを買っていた。
いかにカンジュにとって比類なき将軍であろうとも、
あの場で王の面目を潰した事実は覆らない。
王権とは、誇りであり、威信であり、何よりも“示さねばならぬ力”だった。
そして——
その代償は、戦場という形で下された。
セイカ軍が戦地へ辿り着いた時、
すでにカンジュの軍勢は崩壊寸前であった。
血と泥、折れた槍、転がる屍。
悲鳴と怒号が入り混じるその光景は、
セイカがこれまで見てきたどの戦よりも苛烈で、
まさに地獄そのものだった。
(……今までで、最も過酷な戦になるだろう)
胸の奥が、重く軋む。
(ユイ……絶対に死ぬでない。
部下たちも……誰一人として、無駄死にさせたくない…)
だが、この戦場に立った瞬間、
多くの犠牲が出ることは、もはや避けられぬと悟っていた。
セイカは一番の側近、サルビを呼び寄せる。
「サルビ。お前の部隊は右から攻めよ」
「はっ!」
(右はサルビに任せた。
ならば……左は——)
「ユイ。お前たちは左から行け」
「兄様!
俺は、兄様と一緒にいます!」
即座に返ってきた言葉に、セイカは眉をひそめる。
「ユイ…分かっているだろう。
お前の武が必要だ。
俺は中央を行く。お前は左だ」
「嫌だ!」
強い拒絶。
一瞬、戦場の喧騒が遠のいたかのような沈黙が流れる。
「ユイ。
…これは、命令だ」
しばしの間の後、
ユイは唇を噛みしめ、静かに頷いた。
「……わかりました。
兄様、どうか……どうかご無事で」
部下を率い、馬を走らせようとしたその時——
「ユイ!
無茶だけは、絶対にするな!」
呼び止める声に、ユイは振り返る。
険しい将軍の表情が、
ほんの一瞬だけ、兄の顔に戻っていた。
心配と愛情を宿した、優しい微笑み。
——まだ、見ていたかった。
だが馬は左へと向かい、
男らしく美しいセイカの姿は、次第に小さくなっていく。
(兄様……!
どうか……どうか無事でいて……!)
涙が溢れそうになるのを必死に堪え、
ユイは左翼から戦の渦へと飛び込んだ。
「ユイ部隊!
突撃だ!」
剣が閃き、血が舞う。
ユイは斬って、斬って、斬り続けた。
(早く…早く兄様のもとへ戻りたい…!)
部隊の将も兵も、いずれも屈強な猛者揃いだった。
だがユイは、その中でも異様なほどの強さを見せていた。
何十人もの敵兵を、
まるで道を切り開くかのように斬り伏せていく。
その時——
「ほう……お前か。
兄弟で愛し合っているというのは……」
卑しい笑みを浮かべた男が、ユイの前に立ちはだかる。
「お前は弟の方だな?
カンレイの宝石に生き写しだと聞く。
どれ……その兜を取ってみせよ」
男は舌なめずりをし、続けた。
「お前の兄を殺し、
次はワシが…」
ドスッ。
言葉を言い切る前に、
男の首は宙を舞っていた。
「…汚い」
ユイは吐き捨てるように呟く。
(まだだ…!
まだ敵が多すぎる…!
早く……早く……!)
どれほどの敵を斬ったのか、
もはや数えることもできない。
今までにないほどの激しさで、
ユイはただ前へ、前へと剣を振るい続けていた。