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──どうして久遠さんがまだ次期社長『候補』なのか。


私の率直な疑問に、日向さんはうんうんと頷いた。


「それ、絶対不思議に思うよね。立場や能力、どれを見ても、次期社長は兄さんなのにさ。でも、そこのところの説明はもうちょっと待ってくれる?順を追って説明するから」

「っ……すみません。話の腰を折ってしまって」

「あ、ううん! 全然そんなことないよ! 昨日も思ったけど、綾乃ちゃんは人の話をちゃんと聞ける子なんだって思ったし」


出しゃばって口を挟んでしまい恐縮する私に気にするなという笑顔を向け、日向さんは話を続けた。


「……で、社長退任の決意を固めた父さんだけど、その発表は半年後にある会社の創立100周年パーティーですることにしたらしいんだ。で、その時に、次期社長も発表しようと」

「発表の場としては最高の舞台だからな」


久遠さんの補足に、なるほどと頷く。

イナガキの創立100周年。

きっと財界のトップや有名人などたくさんの人が集まるのだろう。

当然マスコミも駆けつけるだろうから、大きくニュースとして報じられ、会社の宣伝にもなるにちがいない。

その次期社長が久遠さんなら、さらに注目を浴びることは、こういったことの疎い私にでも容易に想像できる。

それなのにまだ『候補』だという理由がますますわからない。

他に何か問題があるのだろうか?

私は心の中で首を傾げながら、日向さんの話に耳を傾けた。


「ここでまた会社の話に戻るけど、さっきも説明したように、うちは社長の采配と社員たちの頑張りでイナガキはここまで大きくなってこれたんだ。でもそれだけじゃない、って社長をはじめ社内外の歴代お偉さん方たちは考えている。それは──」


日向さんはそこで言葉を切って、人差し指を立てた。


「──ずばり、妻の力。内助の功ってやつ? それが一番大きくて、何よりも重要で必要な力だってね」

「……それはつまり、政治や財界とコネクションを持っている女性を妻として迎えてきたということでしょうか?」


確かにそういう人たちと繋がりが太くなればなるほど、様々な面でメリットになるだろう。


(家同士の結婚、か……。ドラマなんかでよくあるやつだよね。フィクションじゃなく、実際にあるんだな、こういうの……。庶民には絶対に縁のない話だから、全然現実味がないけど)


そんなことを考えていると、日向さんは言葉を選ぶように言葉を続けた。


「うーん、もちろんそれも大事だけど、あればラッキーくらいな感じかな。そういうのよりももっと……女性蔑視になっちゃうかもしれないけど、女性としての気配りとかそっちの意味? 今でこそ、こういうことは減ってきたとは思うけど、でもやっぱり……ね?」

「はあ……」


わかるようなわからないような、濁すような物言いに、曖昧に頷く。

すると久遠さんが小さくため息をついた。


「……人の集まる席で美しく着飾り、愛想よく笑顔を振りまき、でも余計なことは喋らない、夫を立てるためだけの道具。つまり今では無価値と思われがちなものが一番の価値、それが妻の務め、内助の功だと日向は言っているんだ」

「ちょっ……!? それ、完全にオレの言葉みたいじゃん! 綾乃ちゃん! 周りね! 周りの古い考えの人たちね!!!」

「あはは……はい、大丈夫です。わかっていますから」


そんなうるうるした目をしなくても、日向さんがそういう価値観を持っているようには見えない。

それはもちろん久遠さんも同じだ。


(……といっても、それぞれ考え方や見方は違うんだろうけど)


日向さんは軽いし女の人大好きだそうだけれど、道具にしそうにはない。

対して久遠さんは、そんな無価値なものゴミにしかならないとか冷たく言いそうだ。


(……いやいや、ゴミとかそんな失礼なことはさすがに言わないか)


思わずクスリと微笑む。

すると──


「……ったく……いちいちそんなくだらないことに必死になるな。お前がどんなに女好きでも、女をゴミ扱いにはしないことくらい、5分でも話したことのあるやつならわかるだろう」


(えっ!? 今、ゴミって言いました!?!? )


久遠さんが呆れたように発したセリフに、口をあんぐり開ける。

一方の日向さんは、久遠さんの言葉にさらに食いついた。


「いや、だから言い方!」


(ですよね……)


「女好きじゃなく、女性に優しいって言ってくれる???」


(あはは……そっちか……。っていうか、この2人の会話、漫才みたい。正反対の性格みたいだから反発し合って険悪になりそうなのに、意外と相性いいのかも……?)


「だいたいさ、兄さんがそういう誤解しか受けないような言い方ばっかするから、こっちはいつもいつもいつもいつも……」

「………………はあ、うるさい」

「いや、うるさくさせてんのどっちよ?」


頭の中で、猫とネズミが追っかけっこしているアニメの画が思い浮かぶ。

けれど日向さんの口からぽんぽんと放たれる文句に、さすがにこのまま兄弟喧嘩に発展するのではないかと少しはらはらしながら2人を交互に見ていると──


「日向様」


笹倉さんのたしなめるような声と共に、ふわりと深く香ばしいコーヒーの香りが鼻腔をくすぐった。


「今、その話は必要ないかと。菅野さんが困っていらっしゃいますよ」


優しい笑顔から放たれるド正論の言葉の圧に、日向さんがはっとしたように口をつぐむ。

久遠さんはばつが悪そうにちらりと私を見ると、はあっと大きくため息をついた。

笹倉さんはといえば静かな笑みを湛えたまま、カップをテーブルに置いていく。


「綾乃さん、どうかお気になさらず。いつものことですから」

「……はあ、お前も今必要のないことを言うな」

「……失礼いたしました、久遠様」


笹倉さんから、これもいつものことだからと目で伝えられ、苦笑まじりに小さく頷く。

そして久遠さんと日向さんがコーヒーに口をつけたのを確認し、私もコーヒーカップを手に取った。


(わ……すっごく美味しい……。私が家で飲むのと全然違う……)


ほうっと息をつきつつ、久遠さんの後ろに立った笹倉さんをちらりと見る。


(このタイミングでコーヒーを出したのって計算だよね……。きっと本当に仕事のできる人なんだろうな)


「ふぁ……笹倉のコーヒーってホントに美味しいよね。ありがとう、落ち着くわ~」


コーヒーを飲んでクールダウンした日向さんが、肩越しに笹倉さんへとにっこりと笑う。

そして空いている椅子を指さした。


「笹倉もそこに立ってないでこっちに来て座ってよ。オレの計画には笹倉も入ってるから、これじゃ話しづらいんだよね」

「……」


笹倉さんは久遠さんが何も言わないことを確認し、頷いた。


「かしこまりました。では失礼いたします」

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