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五度目の再生で、ようやくノクス様の腕に竜の術式が定着した。ノクス様は指を動かしながら、小さく息を吐く。
「二分の一の確率を四回外すとか、ギャンブル向いてないよ、ノクス様」
「君が基準なら、誰しもギャンブル向いてないだろ」
それは否定できない。
僕は勘がいい方だ。
リスクを冒しどころを一か所でもミスしていれば、今頃死んでいた自信はある。
「少し試すか」
そう言って、ノクス様が軽く指をはじく。
轟音が鳴り響いた。
まるで大砲の直撃を喰らったかのように、石壁に蜘蛛の巣上の亀裂が入った。パラパラと破片が壁から剥がれ落ちる音がする。
「竜の魔術も今まで通り使えるな」
ノクス様は特別嬉しそうでもなく、事務的な確認の口調で言った。
「……何これ?」
竜の死骸から取り込んだ術式。
どんな力かは見た目にわからないが、簡単に人を殺せるだけの威力はあるらしい。
「……それ、どんな魔術なの?」
「存在しない質量を加算する術式だ。一瞬だけ力積を引き上げる」
「え、えーっと?」
「説明が難しい。また機会があれば教えよう」
ノクス様が右手で壁をさっと撫でると、ひび割れが消え、すぐに元通りになった。
「……知らなかった。再生の魔術って、無生物にも使えるんだ」
ふと、窓の外で、何かが羽ばたいているのに気づいた。
視線を向けると――そこに人間の目玉が二つあった。
正確に言えば、人間の眼球をもつ単眼の蝙蝠が二体、ギョロリとこちらを見据えつつ、窓枠にぶら下がっていた。
「……これ、何?」
嫌そうな声を隠すのも忘れ、思わず素で訊いた。
ノクス様はちらりと蝙蝠を見て、平然と答える。
「監視用自律人形だ」
「ゴーレムって、もっと人形とか石像みたいなの想像してたんだけど」
「一般的にはそうだな。これは特注品だ。ヴァレンティノという術師の固有魔術で作られている。デザインは彼の趣味だ」
「へえ……」
僕は改めて単眼蝙蝠を眺める。
気味は悪いけど、精巧なのは分かる。羽ばたきは鳥のように滑らかで、眼球の動きに妙な人間らしさがあった。とてもじゃないが人工物には思えない。
ヴァンレンティノという男は確かに、監視用自律人形に生命の躍動を再現する技量を持つのだろう――再現する意味があるかはさておき。
「知れば知るほど、色んな魔術があるんだね」
僕はまだ魔術師として、入り口に立ったに過ぎないのだろう。
まだ知らない世界が山ほどある――そう思うとわくわくしてきた。
二匹のゴーレムはテーブルの端にちょこんと座る。足が短いのは可愛い。二頭ともくぱぁと生々しい音を立てて口を開き、あくびする。気持ち悪い。口内は人間のそれを再現したようなピンク色だ。やっぱり怖い。
「侵入者!」
ゴーレムが声を張り上げた。何処に喉があるかわからないが、大した声量だ。
「六号から警報! 侵入者は今、正門にいる!」
「玄関から堂々とぶち抜いてきた! 人数は一人! マジ舐めてる!」
ノクス様の視線がわずかに鋭くなった。
「……侵入者、久しぶりだな」
「泥棒?」
「魔術師だ。その辺のコソ泥が入れるほど、私の城は安くない。一流の術師による結界が張られていて、破れるのは腕の立つ者だけだ」
「こういうの、たまにあるの?」
「ある。ネクロヴァルド家は六大名家の中でも舐められがちでな。功名心に駆られた魔術師が道場破りの感覚でたまに来る」
「迷惑だね。その評判じゃ、箔もつかいないだろうに」
ゴーレムが舌なめずりをする。生物らしい所作の真似事だろう。しかし、その湿っぽい音を聞くと、背筋が冷える気持ちがした。
彼らのせいじゃない。
嫌な人の舌を思い出しただけだ。
気づけば、僕はノクス様の袖を掴んでいた。
「……ごめんね、ノクス様……わかってる。侵入者が、彼のはずない」
彼は今、騎士団の遠征に同行して国の最西端、国境付近にいるはず。汽車で移動しても二日かかる距離だ。
昨日の今日で僕が屋敷を去ったことを知り、追いかけてくるなんて、さすが無理がある。
彼がここに来るはずない。
「……理屈ではわかってる、はずなんだけど」
喉が乾く。
昔の癖が、勝手に戻ろうとする。
王子様らしい、優雅な笑顔を求める。
ドラッグも洗脳の魔道具も、使えるものをすべて使い、二年かけて刻み込まれた教育の成果だ。トラウマとも言う。
「……弱いなあ、僕。彼が来たと想像しただけでこの様なんて」
――大丈夫、大丈夫だ。
――僕だって魔術師になったんだ。
――今の僕は、ノクス様の弟子なんだから。
自分にそう言い聞かせ、奮い立たせているつもりなのに、自然にノクス様の袖を握る手に力がこもる。母親に抱っこを求める子供のような手つきだ。
ノクス様は何も言わなかった。ただ、僕の手を引き寄せ、背中から抱きしめてくれた。
心が落ち着く。息ができる。人肌に触れて緊張が解け、泣きたくなったのも、二年前にロザリア様に抱かれたとき以来だろうか。
「君は庇護を受けるのが嫌いだ。自分の力で立ち向かうことを望むだろう。だからこれは、余計なお世話と思ってくれていい」
「……いいよ、ありがと」
「心配しなくていい、すぐ片づける」
それまで優しげな声音だったのに、『片づける』の一言だけ、低くなった。
二対のゴーレムのギョロリと動く不気味な目が僕を捉える。再びくぱぁと生々しい音を立てて開く口元が、わずかに笑った気がした。
「四号が侵入者を視認したよ! 写真送ってきた!」
「これ、六大名家の当主様だ! 記録にある男だよ!」
ゴーレムが口にする前から、最悪の未来はわかっていた。
皮肉な話だ。
ついさっき、自分は勘がいいと自惚れていたばかりじゃないか。
「こいつはやべえ! 厄介なお客様だ!」
「侵入者は夢幻の魔術師、アーノルド・グレイヴだ!」