「カカカカメさんは恋人っているんでしょうかね」
不意に背後から生温かい息が。
アタシは問題集を取り落とした。
「うわ、ビックリした。ワンちゃん、いつの間に入ってきたん?」
「カカカカメさんの恋人って男でしょうかね、女でしょうかね」
メガネが爛々と光っている。
アタシは引いた。
「さ、さぁ? アタシは聞いたことないけどな。けどまぁ、カメさんのことやし、何かスゴイ……イタリアのセレブとか、元CIAのスパイとか、いやいや日本の彫師の|姐《あね》さんとか……とにかくそういうイメージやで?」
どういうイメージやねん、アタシも。
ワンちゃんはアタシの話を聞いてはいない。
ハァハァ言いながら妄想を膨らませてた。
「カカカカメさんの恋バナ……聞きたいですよね」
そう言えば……と思い出した。
実はアタシはカメさんと話す機会が意外と多い。
「カメさんの好きなタイプなら知ってんで。一緒に掃除してる時、聞いたもん」
「え、どんな?」
「詳しく聞かせなさいよ」
ワンちゃんはもちろん、お姉ですらも色めき立つ。
やっぱりみんな女子なんや。
こんなメンバーでも、このテの話は大好きなんやな。
「カメさんの好きなタイプはな、体長は小さくて、目が大きくて、声にものすごく特徴あって、元気だけどおっちょこちょいな食いしん坊らしいで」
「ななな何ですか、そんな昔のアイドルみたいな設定は。やけに細かいですし。体長って……?」
「そうやろ。アタシもそう言ったらカメさん、広告の裏に絵描きだしてな」
慣れた風にサラサラ描きあがったのはこんなものだった。
1.茶色と白のハムスター
2.リボン巻いた白いアヒル
3.白いこねこ(帽子付き)
それらは、どれもどこかで見たことのあるキャラクターばかりだった。
子供向けアニメのキャラクターや、どこぞのゆるキャラやな。
自分で描いたそれを見てカメさんは「あぁぁ、かわいいぃぃ!」と押し殺した声で叫んで、全身プルプルさせる。
アレにはビックリしたわ。
やっぱりカメさん、変な人やで。
お姉とワンちゃんの興味もサッと離れていくのが分かった。
「それはそうとお姉。ずっと聞こうと思っててん。何であのうらしまと結婚したん? 早いとこ手打たな、生涯の過ちになんで」
人が心底心配して言ってるのに、姉はケラケラ笑っている。
「そもそもお姉の好みのタイプってどんな?」
そうねぇ……、と姉はニンマリ笑みを浮かべた。
「かぐや様は別格として……。人生の最初の一段をつまづいて、少しずつ転がり落ちていく。駄目でボロボロになっていく少年(10代)を見るのがいいわね。たまらないわ。掻き立てられるもの」
お姉、うっとり目を閉じた。
「………………そうなんや」
どっちにしろ、うらしまとは違う。
「じゃ、じゃあ、ワンちゃんは?」
言ってからシマッタと思った。
ワンちゃんが顔を真っ赤にしたからだ。
「あああののぅ、メガネとスーツが……。スーツとメガネが。あと一人称に特徴があって……そんな感じの人が好きです。ヤだぁ、リカさんっ!」
突然、顔面張られた。
バシーンとすごい音がする。
「あ痛っ……」
「ううううちのアパートが、まるで少女マンガに出てくるセレブのアパートみたいだったらいいですよね」
またワンちゃん、妙なこと言い出したで。
そもそもセレブはアパート住まんやろ?
「住んでる男子は、みんなイケメンでセレブなんですぅ! 恋愛模様、渦巻いてるんですぅ」
好き勝手なこと言ってる。
「少女マンガは無理やで。アタシら、どう頑張っても痛い系のギャグマンガや。アタシもそのへんの分は弁えてるつもりやで」
大体うちのアパートの住民、みんなハズレの部類や。
ドMと乙女、ノーパンの変態に、電波サン。
それから何と言っても桃太郎と小人!
あとは引きこもりばっかりや。
まぁアタシら女も、人のことは言えんけどな。
「しゃあないやん。来世に期待し? アタシな、生まれ変わったらまつ毛になりたいねん」
「は、まつ毛ですか?」
パチクリ自分の目元を指差すワンちゃん。
「体中の毛で一番のセレブはまつ毛やろ。だって同じ毛でも、足とか脇に生えたら憎まれた上、問答無用で剃られるやん。その点、まつ毛は違うで。より長く、より多く見えるようにあらゆる手を尽くしてもらえる。きれいなキラキラつけたり、オシャレしてもらえるし。毛のセレブは断然まつ毛やって!」
「はぁ、そう言われてみれば……」
「あるいは中年男性の頭髪(特に頭頂部)ね」
お姉の意見もまた絶妙な所ついてるな!
アタシらは大声で笑いあう。
そこへ風呂屋根の修理が終わったと、うらしまがやって来た。
アタシらの話の輪に入りたくてウズウズしている感じだったが、気味悪いので自然に無視する。
「僕は……僕は毛に生まれ変わるなら、やっぱりヘソから出ているアレになりたい! え? みんなヘソにあるだろ、毛が。僕にはあるよ。ホラ!」
「えっと……うらしま、修理早かったな。もう1週間はかかると思ってたわ。アタシは今日も銭湯行く心積もりやったで。お姉、よかったな。お風呂好きやもんな」
「どうせ修理するなら、思い切って改装したら良かったかしら。ジャグジーなんていいわね」
財力も考えず、お姉がポツリと呟いた。
そこにうらしまが食いつく。
「ジャグジー? それなら僕がストローを5、6本くわえて潜りましょうか? 湯船の中でブクブクします」
「そうねぇ」
お姉、ニヤリと笑う。
「60分間安定した泡の威力をキープできるなら任命してあげてもいいわよ」
もちろん息継ぎなしでね、と付け加えたお姉はとても楽しそうだった。
「く、苦しくなりますっ。あふんっ!」
例の叫びを発して、うらしまは身をくねらせる。
「でも嫌だわ。あなたの息が混ざったお湯なんて……汚くて」
「あっふん……! もっと!」
お姉はオホホと笑った。
「ほらリカ、あなたも何か言っておやりなさい。面白いわよ」
「い、イヤや……」
めくるめく変態ワールドに妹(アタシ)を巻き込まんといて。
て言うかアタシ、勉強しに来てんけどな。
「23.みんなでおでかけ~サイクリング・不毛・ヤッホー!」につづく
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