「小さな彼氏」

「小さな彼氏」　🏺の場合

🟦✕ショタ🏺

性癖と宗教上と諸般の理由でR18ショタ受けを書くと爆散する体なので全年齢です

前作から話は続いています。また20000字越えで長いので時間のあるときにどうぞ

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「やばいやばい寝坊した！」

「あーやっと起きたんっすね」

寝室のドアが乱暴に開いて、寝間着のままの青井が飛び出してきた。台所を片付けて出てきたつぼ浦と鉢合わせる。

「ねぇ起こしてよー」

「起こしたけどまだ寝たいって泣きついてきたのアオセンっすよ？」

「……俺そんなこと言ったの？」

「ああ、俺にしがみついてくるから大変だったぜ」

青井は何か言いたげに視線を彷徨わせるが、そんな時間はないことを思い出して洗面所へバタバタ消えていった。

青井が謎の歪みのせいで子供になった日から一週間。あれから青井はちょっとずつつぼ浦に甘えるようになってきた。遅くまで行為に明け暮れたあと、朝なかなか起きないことはあっても今日のようにベタベタにくっついてまで二度寝を所望してきたことはない。初めての出来事になんならつぼ浦も一緒に二度寝したかったが、それよりは起きた恋人がすぐに出勤できる用意をしておこう、と断腸の思いで起きたのだ。

「朝飯、サンドイッチ作ってあるから食ってくれよ。車でも食えるように包んであるからな」

洗面所の方から「ありがとう〜」という気の抜けた声がした。恋人に見せるなら常に凛々しい理想の姿か、それとも二人きりでしか見せない素の姿か。青井が今まで前者を意識していたとしたら、あの日から明確に後者の分量が増えていた。恋人として本当に近づけたようで嬉しくて、同時にそんな青井を構うことが出来てつぼ浦も幸せだった。

「でも次は起こしてよね、特殊はフレックス制かもしれないけどさ」

首にタオルを掛けたまま洗面所から出てきた青井が愚痴る。

「あの寝ぼけてるときのアオセンに許可取れたら起こすぜ」

「……多分、取れないから起こして、マジで」

青井は気恥ずかしそうに頭を抱えている。恥ずかしい目にはしょっちゅうあわさせられても青井を照れさせることはめったにない。つぼ浦は思わずニヤニヤしてしまう。

抱いてもらうときに青井の家に泊まることはあるが、関係がバレないように出勤時間は普段からわざとずらしている。玄関でサンダルをつっかけ、つぼ浦は家の中に向けて声を掛ける。

「先行ってるぜ、なんか言われたら適当に誤魔化しといてやるよ」

「待ってつぼ浦」

「なんすか、」

バタバタと近づいてきた足音に振り向けば、まだ水気が残るひんやりとした手で頬を挟まれちゅっとキスを落とされた。歯磨き粉の爽やかなミントの味がほのかに唇の隙間から流れ込む。

「今日も一緒に頑張ろうね」

「は、はい」

「敬語なんだよ」

照れて固まった表情をからかわれ、余計に顔が熱くなった。後ろできっと手を振る青井を見ることが出来ず、つぼ浦は急いで玄関から飛び出した。

「……ずりぃよ、結局カッコいいじゃねぇか」

愚痴がこぼれた。惚気とも言う。正体なく甘えてきてもなお翻弄してくる青井に勝てる未来が見えず、つぼ浦はため息をついた。

1

つぼ浦は本署２階の休憩所のソファーで目を覚ました。青井は身体を気遣ってくれるが、それでも深夜まで及んだ行為のせいで今日は寝不足だった。朝から銀行強盗犯を叩きのめし、天才的な話術で割り増しの切符を切ったあとにどうしても眠気が消えず、いつものソファーで昼寝をしていたはずだった。

「……ン？」

なんとなく身体に違和感を覚え、上半身を起こす。その拍子にサングラスが顔から滑り落ちて腹の上に落ちた。アロハシャツの袖は手首に差し掛かるほどに大きく、寝転んでいたソファーの背もたれも異様に高い。

しばらくしてから事態を理解した。世界が大きいのではなく、自分が小さいのだ。足先の方を見れば30cm近くある大きすぎるサンダルだけが座面に落ちていて、ハーフパンツの先から小さな足がわずかに飛び出している。

「うそだろ？！」

口から出た声もずっと甲高かった。両手で頬に触れる。ぽよんと柔らかい手触りに、思わずムニムニと頬を引っ張る。いくら柔らかいとはいえ力を入れすぎるとちゃんと痛いのでこれは夢ではない。

先日青井がなったやつだ、とつぼ浦はすぐに気付いた。本当に身体だけが見事に縮んでいる。低い視界から見える範囲の身体はちんちくりんで、ふくふくとした手ではロケランはもちろんバットだって掴めそうにない。武器はもちろん拳も奪われてめまいがする。少し身じろげば広すぎる襟ぐりから狭い肩さえ出てしまいそうだ。肌だけはツヤツヤのモチモチだが一つも嬉しくない。

その時、足音がした。誰かが話しながら廊下を歩いている。途端に心臓が爆発しそうになる。こんな姿を誰かに見られるわけには行かない。急いでソファーから降りようとしたがブカブカのハーフパンツが足に絡まった。脱ぎ捨てようとして勢い余ってソファーから落ちる。その音を聞きつけて足音が近づいてくる。なんとか脱ぎ捨ててとっさにソファーの裏の壁の隙間に潜り込んだ。

「なんで服が落ちてるんだ？あれこのズボン見覚えあるな、……つぼ浦さん、か？！」

「グラサンと名札も……え、何があった？強盗？追い剥ぎ？？」

声の主は成瀬とまるんだった。不思議そうに休憩所の中を見て回っている。無線に『つぼ浦～？』と問いかけたりもしているが、当然返事はない。早く諦めて立ち去ることを願ってつぼ浦は息を殺した。

ふと光が遮られる気配を感じた。恐る恐る頭を上げると、ペンギンのマスクと目が合った。逆光で顔に影の落ちるゴムの顔は映画の殺人鬼ばりに恐ろしい。腹から声が全部出た。

「わ゛ーーーーッ！！！？」

「なんでこんなところに子供が？！」

「え？！もしかしてつぼ浦？！」

成瀬に脇に手を突っ込まれ、隙間から無理矢理引っ張り出された茶髪の子供を見てまるんは唖然とする。ブカブカのオレンジのTシャツに、肩から滑り落ちかけているパステルカラーのアロハシャツ。まんまるの大きなタレ目を負けん気の強そうな眉毛が引き締めている。

「もしかしてこれ、こないだらだおがなったっていう？俺いなかったから知らないんっすけど」

「は、はなせぇ！」

成瀬に持ち上げられたまま手足をばたつかせる。獲れたての魚のような活きの良さに、たまらず成瀬はつぼ浦を床に下ろす。小さな体いっぱいに無謀と無鉄砲を詰め込んだような姿は今と少しも変わらない。

「ぽいよね、これでつぼ浦じゃなかったら逆に驚きだよ」

「つぼ浦さん、うーん、たくみくんって言ったほうがいいか？君はつぼ浦匠くんでいいんだよな？」

さっさと走り出して逃げてしまいたかったが、成瀬とまるんに目線の高さにしゃがまれて行く手を阻まれる。顔をじっと見られて急に恥ずかしさがこみ上げる。よりにもよって同期と後輩にこんな情けない姿を見られるとは。元に戻った青井が頭を抱えていた理由が今ならよく分かる。

「あれ、意外と恥ずかしがり屋さんか？」

ペンギンの顔がずいっと近づき、カッと頬が熱くなった。つぼ浦はできるだけ大きな声を出して二人の背後を指差す。

「あーーっ！！」

「ん？」

「なんすか？」

二人が後ろに気を取られた隙に、成瀬の肩を押しのけ、まるんに蹴りを入れて二人の間を突破するとつぼ浦はその場から逃げ出した。立ちはだかるハードルのようなローテーブルを踏みつけてうんと遠くにジャンプする。その勢いのまま階段へと懸命に走り続けた。

たどり着いた階段は大したことのない段差のはずなのに、崖のように恐ろしかった。手すりを掴まなければ滝壺に落ちる水のように、階下に引きずり込まれる気さえする。しかしその手すりすら掴まるには高く、意を決して一段ずつ駆け下りる。

「待ってつぼ浦、危ないよ！」

「さわんなー！！」

腕を掴もうとするまるんの手を振り払い、足先に全神経を集中させて階段を飛ぶように降りる。

小さな体は思ったよりも軽く、そして力がある。慣れればしなやかに動けるものだ。しかし最後の二段でバランスを崩し、小さなつぼ浦は廊下にべちゃりと突っ伏した。目の前が真っ暗になり、真っ白い星まで飛ぶのが見えた。

したたかに打った膝と額がずーんと痛む。それでも細い腕に力を入れて痛む身体を持ち上げる。前も見ないでがむしゃらに走り出そうとしたが、すぐに誰かの身体にまたしても顔面からぶつかった。

「い、いてぇ、ちくしょう……」

「ごめんごめん、どうしたのこの子」

「ドリーさんナイスっす！そいつつぼ浦です！！」

「ええ？！また、あの子供になる歪み？」

ぶつけたおでこに手を当てながら、痛みで潤んだ目に見えたのは緑の髪の大男。後輩と同期に加えて先輩にもこの姿を見られた。退路は成瀬とまるんに塞がれ、つぼ浦の口から文字にならないうめき声が上がる。

「多分そうです、つぼ浦がいつも寝てるソファーのところにいたんで」

「これ中身まで戻るんっすよね？つぼ浦さん、いやたくみくん、追いかけてすいませんね。怖がらせちまったか」

「痛かったよね、ごめんね～たくみくん。前のらだおくんより小さいかな、3～4歳くらいかな？」

ミンドリーに痛む額を撫でられ、少し痛みが引いたような気がした。だが憐れむような目で見てくる同僚たちを見て我に返る。思考まで子供に囚われるわけにはいかない。

「ちげぇ！おれは4さいじゃねぇ！24さいだ！」

つぼ浦は歯を食いしばって吠えた。本当は大人であることを告げるのはためらわれたが、子供扱いされる方が怖気が走った。

小さなつぼ浦の必死の訴えを見て、しかし大人たちは顔を見合わせる。その咆哮も大人から見れば子犬の遠吠えだ。微笑ましい顔で見つめられて鳥肌が立つ。

「そうだよね、早く大人になりたいよね」

「おとなだっていってんだろ！！おれはときゅしゅきぇいじかの……」

「なんて？」

「特急列車？」

「たくみくんは電車好きなタイプのお友達か～」

「ちげぇーー！！！らちがあかねぇぜ！！」

正面で微笑むミンドリーに全体重（※15kg程度）を乗せたタックルをキメてつぼ浦は再び逃走した。

怯える子供という猫を被り続けて切り抜けた青井と違い、つぼ浦は一つも嘘をついていない。本当のことを言っているのに信じてもらえないのは日頃の行いか、それとも身体の幼さに中身が引っ張られているせいか。どちらにしてもこの秘密を打ち明け、守ってくれる相手は一人しかいない。つぼ浦はその姿を必死に探してエントランスに向けて走った。

「なんだ？騒がしいな……って、お前、つぼつぼか？！」

備品庫から出てきたキャップに襟首を掴まれた。追いかける３人に「キャップ、そのまま捕まえておいてください！」と言われ、すぐさま状況を察してすり抜けようとするつぼ浦を小脇に抱える。

「はなしてくださいっ！！」

「この前のらだおくんの歪みのやつか！何だお前、子供の頃から転んでもタダじゃ起きない顔してるんだな」

同期と後輩と先輩に加えて上司にもこの姿を見られてしまった。警察署内の人間関係コンプリートだ。恥ずかしさからバタバタ手を振り回すつぼ浦の顔を覗き込んでキャップは大笑いしている。

成瀬と違い、キャップは軽く抱えているように見えて暴れる子供を的確に抑え込んでいる。どれだけ手足を振り回しても筋骨隆々な腕はピクリとも動かない。

「一秒たりとも落ち着かないな、お前生まれた瞬間から”つぼ浦”なんだな、……なるほど百点だ」

濃い色のレンズの向こうから幼いつぼ浦を見る目は優しい。普段は首を縦に振らない生意気な部下の、幼い姿を見るさまはまるで親戚のおじさんのようだった。幼い頃、つぼ浦を可愛がってくれた勲叔父さんの顔が脳裏をよぎった。

「つぼ浦のことキャップに任せてもいいですか？」

いつも気軽に殴り殺しながらも尊敬している上司の新たな一面に気づいている間に、まるんがそんな事を言いだした。

「いいぞ。またどうせ甘え足りないとかいうふざけた歪みなんだろう？よーしつぼつぼ、私とアメリカらしく牧場に行ってキャッチボールするか……ギャーーーッ！！！」

つぼ浦は顔の前に差し出されたキャップの指を思いっきり噛んだ。乳歯とはいえ赤い歯形が残る。力が緩んだ隙にメイド服の腹に蹴りを入れ、ドアが開いたままの備品庫に転がり込む。

キャップは尊敬する上司であって、保父さんでもなければ甘える相手でもない。このまま連れて行かれるわけには絶対にいかない。つぼ浦は押収品を入れる箱に手を突っ込む。散々慣れ親しんだ感触のものを取り出した。

「嘘だろ？！駄目だよつぼ浦！」

「たくみくんー！？それおもちゃじゃないっすよ！？」

「うるせぇ！おれはやることあんだ！くらえぇ！！」

つぼ浦が小さな両手で掲げ上げたのはグレネードだった。いつもの体なら豆のように撒けるが両手で持たなければ流石に重い。安全ピンをぐっと引っ張って、泡を食って逃げ出す大人たちの前に全力で放り投げた。

しばしの間。しかし爆発は一向に起きない。子供の力では安全ピンがちゃんと抜けていなかった。全員のなんともいえない視線がつぼ浦に集まる。

「……やっべぇ！」

「こらーっ！！待ちなさいつぼつぼ！！」

そこからは大捕物の始まりだ。つぼ浦はキャップの腕を避けてオフィスのデスクの上によじ登る。追いかけてきたまるんにスタンドライトを投げつけ、キャスター付きの椅子を蹴って成瀬を退ける。後ろから回り込んだミンドリーにはコートハンガーを蹴り倒す。

誰かの腕を避けるたびにパソコンのモニターがドミノよりも雑に倒れ、まとめて丁寧に置かれた資料が飛び散り、誰からともなく悲鳴が上がる。

制御不能になった未来の狂犬がオフィスを散々に荒らし回る。4人とも何度もテーザー銃に手が伸びそうになってこらえた。子供というのは思ったよりも力があるのに予想よりも脆いからたちが悪い。殴るわけにもいかず、手当たり次第に物を投げ続けるつぼ浦との距離を詰めかねる。

それでも徐々に投げられるものも減り、つぼ浦はデスクの端に追い詰められる。逃げ場を探してキョロキョロするつぼ浦の視界にエントランスから駆け込んできた青井の姿が見えた。

「あおしぇんっ！！」

「つぼ浦？！」

駆け寄ってきた青井につぼ浦は机の上から体めがけて飛びついた。重さで足がもつれてなんとかバランスを取ろうとする間にも、猫のように肩をよじ登って4人から隠れようとする。

「ら、らだおくん、よくやった！そいつを逃がすな！！」

ゼイゼイと息を吐きながら、床に飛び散った書類を踏まないように気をつけてキャップが近づいてくる。その様子とつぼ浦とを交互に見て青井は口をあんぐりと開ける。

「ちょっと待って、理解できない。え？お前、多分あの歪みだよね？それで子供になって、それでこのオフィスをこんなに……え？？」

まだ室内で竜巻でも発生したほうが理解できる荒れ模様に青井は言葉を失う。肩に乗ったまま背中に回って隠れようとジタバタするつぼ浦の首根っこを掴み、胸の前で抱え直す。

「お前、やったな？」

悪さをした子犬を懲らしめるように、首根っこを掴んだまま目をじっと見る。鬼の面の向こうから強い威圧を感じてつぼ浦はまんまるな目を彷徨わせる。

チラリとオフィスを見ると、それはもう凄まじい惨状だった。ファイルから外れて飛び散った書類が白い波を作り、散らばるバインダーは流木のようだ。その上に割れた植木鉢から飛び出した観葉植物やマグカップの破片、倒れた椅子が折り重なっている。推定3〜4歳児の力でこの凄惨な光景を作り出せたことを逆に感心してしまう。

問題はこれをどう誤魔化すかだ。つぼ浦は瞬時に最適解を導き出す。

「あ、あいつらがきゅうにおいかけてきてこわかった！！うわぁーん！」

目尻に手を押し当て、嘘で震える声を出す。子供の自分を受け入れるつもりは更々ないが、背に腹は代えられない。この年だからできる必殺技だ。つぼ浦一世一代の名演技だった。

しかし眺める大人たちの目は冷ややかだった。

「アホか、子供とはいえつぼつぼがこんなんで泣くわけないだろう」

「つぼ浦くん、子供の頃から泣き真似とか上手いんだねぇ」

「いい大人たちに囲まれて育ってそうっすね、つぼ浦さん、いやたくみくんって」

「いい……のか？まあ確かに昔からこんなに暴れ回ってそうではあるか」

白けきった空気が流れる。青井に抱っこされながら、つぼ浦は冷や汗が背中を伝うのを感じた。

２

「たしかにつぼ浦くんとはいえ小さな子供を無理に追いかけた我々も悪かったし、部屋の片付けはやるから」というミンドリーの配慮により、つぼ浦は青井に連れられて更衣室にいた。

おそらく厄介払いとも言うだろう。この年頃の子供に取れる責任など何一つない。爆発した子供の尻を拭うのは大人の責務だ。ドアの向こうでは書類の順番がわからなくなった誰かの悲痛なうめきがたまに聞こえてくる。

「あんなにぐちゃぐちゃにしないでもよかったんじゃない？」

「だってキャップにつれてかれそうになったんだぜ！？アオセンにもあえてないのによ！」

「あはは、キャップもいい子守りしてくれそうだね」

「ぜってぇイヤだ！！」

つぼ浦はほっぺたを膨らませて青井の横に座っている。その赤く膨れた頬を面白半分に突っつくが、まんざらでもなさそうにされるがままになっている。

くりくりの琥珀色の目は折れることを知らず、幼くてもなおぎらつく光を宿している。しかし子供らしい柔らかなまつげが愛らしい。全体的にまんまるな容姿はいつもの歩く爆発物とは程遠い。それでも意志の強そうな眉毛ときゅっと引き締めた口に今の面影を感じる。

「絶対わかる、お前本当に子供の頃もあんな感じだったでしょ。幼稚園行くときとか毎朝ブチ切れてそう」

「な、なんでだ」

「いやもう解釈一致すぎる、つぼ浦はやっぱこうでなきゃ」

「ほめ……てんのか？それ」

「うん褒めてる、もう帰るよって言ってもジャングルジムから降りてこないし、おもちゃ売り場で癇癪起こして床に転がってそう」

青井はこのつぼ浦がスーパーの床をジタバタしながら自分の背中でキレイにするさまを思い浮かべて笑う。あまりにも容易く想像ができる。つぼ浦は想像の中で面白おかしく料理されていることに気づいて青井を睨んだ。

「でもいまのおれはおとなだからな、へんな想像はやめるんだな」

「ふふ、そうやって大人だぞ！っていうのも子供っぽくて可愛い」

「チクショウ、アオセンまでおれはおとなだって言ってんのにきいてくれやしねぇ！」

つぼ浦は横の青井の腕をバシバシ叩く。小さいなりに悔しさを全身で表している。

ただ事実を述べているだけなのに、年頃の男の子が背伸びして強がる様子に見えてしまう。ポコポコ怒る様子も可愛らしく、青井は思わず胸を押さえる。可愛すぎて心臓が止まりそうだ。

可愛いつぼ浦のことはいくらでも愛でていられる。だがこのままにするわけにもいかない。苦渋の決断だ。青井はつぼ浦に向き直る。

「で、甘やかさないと戻らないんだよね？なにしてほしい？なんでもしてあげるよ」

優しく微笑まれてつぼ浦の小さな心臓が高鳴る。いざ諸手を上げて歓迎されると何を言ったものか戸惑ってしまう。四方八方に目を彷徨わせてから俯いて、小声で絞り出す。

「だっこ、してほしい……」

「アハハ！！本気？！」

年相応の可愛らしい要求に、思わず哄笑してしまう。勇気を出した言葉を笑われてつぼ浦は口をへの字にして真っ赤になっている。

「でもわかる、俺もガキになってるときにつぼ浦に抱っこされたの本当に満たされた。ママみがちょっとわかった」

「じゃあわらうなよ！」

「ごめんごめん。ほら、おいで」

優しく両手を広げた青井の胸に意を決して飛び込んだ。途端に警察装備から香る機械油とタバコの匂い。身体をぎゅっと包み込む両腕。肩に顔を擦り寄せれば髪に頬をうずめてくれる。ただそれだけのことで世界の全てから守ってくれるような、そんな安心感に満たされて胸が一杯になる。

青井も小さなつぼ浦のぬくもりを堪能する。熱い身体は幼い頃からその身に秘めた燃える太陽のようだ。とんとんと速く打つ心臓の鼓動は幸せの音だ。腕の中で生きている命が愛らしくてたまらない。

つぼ浦はしばらく抱きしめられていたが、ムニャムニャ眉をひそめて顔を上げる。

「……うーん、なんかちがうな」

「違ったか」

「これじゃいつもと変わんねぇ」

「そう？」

青井はむくれるほっぺたにチュッとキスをする。何度か唇を押し当てられてむず痒い気持ちになる。しかしむしろモヤモヤがつぼ浦の中に溜まっていく。

「なんか、ちげぇんだよ、うーん……」

「えー、まだ俺のママみが足りないってこと？そうだなぁ、おっぱいはあげられないからなぁ……あ、これは？」

青井は左手のグローブを外すと人差し指をつぼ浦の小さな唇に当てる。

「な、なんだよ」

「吸ってみていいよ、おしゃぶりの代わり」

うながされるままに躊躇いながらその先端をかぷりと食む。硬い爪が舌に当たる。半信半疑でちゅっと吸い付くと、まんざらでもない感触に口が勝手に先を求める。遠く忘れたはずの幼児期の記憶が蘇るような気さえする。

思考もとろんと溶けてきて、ずっとこのままでもいいような気がしてくる。青井は腕の中で自分の指をちゅっちゅと音を立てて無心で吸う様子をうっとりと眺める。

「ちげぇ！」

つぼ浦は大きく吠えて指から口を離した。危うく本当に幼児になってしまうところだった。

「何だよ違うのかよ、困ったな」

「しょちょー、なにかが足りないとガキになるっていってたから、おれはアオセンのとはちがうんじゃないか？」

「あーそういえば。え、じゃあ何？何が足りないの？」

「んー……」

しばらく考え込むがピンとこない。青井はそんなつぼ浦の柔らかい髪に頬を埋める。

「すごいいい匂いする、何か食べた？」

「食べてねぇ」

食べ物の話をされてつぼ浦のお腹がぐぅと鳴った。昼寝をしたっきり昼食を食べていなかった。

「なんかあるかな……あ、ドーナツはどう？」

「食う！」

つぼ浦は青井の膝の上で手渡されたドーナツを美味しそうに頬張る。いちご味のチョコが口の中に広がる。青井はそんなつぼ浦の頭にまた顔を埋める。

「やっぱいい匂いするなぁ、子供ってそういうもんなの？……なんかホコリの匂いもするけど」

言いながら頭についていたフワフワしたホコリを取ってやる。大人たちに追いかけられている間にきっととんでもない何かあったのだろうなと察する。

「ちっひぇあおしぇんもいいにおいだったぞ」

つぼ浦は口の中をドーナツでいっぱいにしながら答えた。

「えぇ、今は加齢臭ってこと……！？」

「こどもからみたらみんなカレイだろ」

「それもそうか。お前の匂い好きだけどね、耳の後ろとか」

「は？！かぐなよ！！」

「おへそのあたりの匂いも好き。ていうか全部好き」

「ヘンタイ！」

ドーナツのカスをポロポロこぼしながらつぼ浦は青井の膝を叩いた。

その後、高い高いをしたり、くすぐったり、しばらく色々と試してみたがつぼ浦は戻る気配がない。

「なおんねぇな」

「治らないねぇ」

青井のときも半日かかったように、これはどうやら簡単に治るようなものではない。青井はブカブカの服を着て腕組みをして立つつぼ浦を見た。

182cm成人男性の服は推定3〜4歳児にはあまりにも大きい。丈も脇も余りに余っているのを見かねて、青井はアロハシャツを細長く畳んでベルトのように腰に巻いてあげる。脇が締まって動きやすくなり、つぼ浦はその場でくるりと回って見せる。

「これいいぜ！たすかるぜ」

「でもなぁ……」

青井はオレンジの裾をぺろっとめくる。つるつるの小さなゾウさんがこんにちはする。

「ハァ？！な、な、なにすんだよ！！」

つぼ浦は顔を真っ赤にしてスカートをめくられた女子のように裾を慌てて押さえる。パーフェクトなノンデリ行為をかました青井は弁解するように手をひらひら振る。

「ごめんごめん、パンツもだし、靴がないのが怖いよなぁ。またキャップに買ってきてもらうか」

「やだ！！！」

「なんで？」

「キャップにえらんでほしくねぇ！アオセンがいい！！」

「わかったわかった、一緒に行く？」

ベンチから立ち上がった青井に手を差し出され、ぎゅっと握り返す。普段ならつぼ浦のほうが大きめの手も、今は比べるまでもない。

更衣室から出ようとしたが、外では相変わらず阿鼻叫喚の片付け作業が続いているらしい。文句を垂れる声と、誰かの足音が聞こえてつぼ浦の足が思わずすくむ。

「どうしたの？」

「……やっぱいやだ」

がしりと足にしがみついてきた姿を見て青井は悟る。もう同僚たちに会いたくないのだろう。

「どうする？ここで待ってられる？」

「んーっ」

「でもなぁ、バレないように車まで行くのむずいよ」

「ひらめいたぜ！おれがアオセンの冬のくろい上着きて、アオセンがおれをおんぶすればいいんだ！ぜってぇバレねぇ！！」

「そうかな、バレると思うけどなぁ」

そう言いながらも青井は自分のロッカーから冬のジャケットを取り出す。肩にかけてあげるが袖を思いっきりまくってやっと小さな手が飛び出した。青井は前にしゃがんで背中を貸してあげる。肩に手を回したのを確認し、ひょいと立ち上がる。

「……いやこれは、一旦厳しいか」

「……うーん」

横の鏡を見て二人とも黙る。明らかに何かを背負っている。違和感があるとかいうレベルではない。

「ちくしょう、らちがあかねぇぜ」

こんなにもこの決め台詞が似合う状況もない。上着をロッカーに戻しながら青井はふと思いつく。

「そうだ、ここ隠れて待ってなよ、買ってきてあげるから」

「ロッカーにか？しかたねぇなぁ」

「いい子で待ってるんだよ」

「アオセンのセンスはきたいしてないぞ」

「は～い、できるだけ可愛い服買ってきまーす」

「や、やめろぉ！」

鬼の面片手にロッカーのドアを閉める青井の悪そうな笑顔が最後に見えた。パタンとドアが閉じ、更衣室のドアも閉まる音がする。廊下からは青井と誰かの話し声が聞こえるが、内容までは聞き取れない。

薄明かりの狭い空間につぼ浦は一人残された。上の方にあるスリットから蛍光灯の光が差し込んでいる。

とにかくもう青井以外の人達に会いたくなかった。こんなに嫌な思いをしているのは裁判後の禊のとき以来だ。

つぼ浦は自分自身の見た目をとても気に入っていた。つぼ浦匠は背が高く、力強い手足があって、周囲を照らしたり焼いたりする太陽でなければならない。

なのに薄暗がりで手を見れば小さな紅葉のような手に豆粒みたいな爪が並んでいる。服の中で擦り寄せる足も頼りないくらい細い。なんだこのポヤポヤの身体は！と、恥ずかしさと悔しさだけがこみ上げる。

「……アオセンもかわいいしかいってくれねぇな」

誰かに会うたびに、青井にまでも可愛いと言われるのも心外だった。嬉しいのに嬉しくない、その褒め言葉はつぼ浦が望んだものではない。

つぼ浦はちっちゃな唇をきゅっと結ぶ。とにかく早く元に戻りたかった。大人の視界が恋しい。鬼の仮面の隙間から覗く後ろ髪が、骨ばった白いうなじが、あの角度、あの近さで見られるのはきっと自分だけだ。他にいたとしてもこんな感情で見ているのはこの世に自分しかいないだろう。

そしてなにより身体を重ねるときだけは、青井は組み敷いたつぼ浦の身体を好きなように見下ろしてくるのだ。自分の全てを征服するような姿が、その視界もつぼ浦はとても好きだった。

常人よりも背の高い自分を見下ろすのを許すのは青井だけがよかった。今日は何人にも見下され、あまつさえ頭さえ撫でられかねなかった。それは屈辱というよりも裏切りに近い辛さだった。

早くいつもの視点から青井を見たい。横に並ぶ恋人を視界に捉える、ただそれだけのことがどれほど得難いことだったのかをつぼ浦は痛感した。

ふと寒さを感じて腕を抱く。下半身は何も履いていないので仕方ない。頭上に手を伸ばすと先ほど青井が出した黒い上着に手が届いた。それを引っ張ってハンガーから落とし、狭い中でどうにか肩に羽織る。

途端に青井の匂いに包まれる。後ろから抱きしめられるような感覚に、疲労がどっと身体を襲う。子供は瞬間火力が高いが電池が切れるのも早い。愛しい匂いに包まれるうちに徐々に睡魔が足を掴み、こくりこくりと船を漕ぎながらつぼ浦はいつの間にか眠りに落ちた。

＊

バガッとロッカーの開く音でつぼ浦は目が覚めた。

「ン、あおしぇ……？」

寝ぼけた目で見上げると、青い髪が目に入った。徐々にピントが合う。ドアを開けたオルカが目を丸くしていた。

「え、ええー？！匠、こんなところで何してるんだ？！」

「な…！？なんでバレた？！」

「服がはみ出してたぞ。なにかと思って開けちゃった、ごめんな！」

青井の迂闊さに苛立ちつつも、黒い上着を脱ぎ捨ててつぼ浦はロッカーから飛び出した。更衣室も安全ではない。これ以上誰かに会わないために、穏便にオルカをやり過ごして逃げて隠れる必要があった。

そんな事を考えているとはつゆ知らず、オルカは小さくなってしまった同期を見て微笑む。パステルカラーのシャツを帯に、大きすぎるオレンジのシャツの裾をひらめかせるさまはまるでお遊戯会の衣装のようだ。

「話には聞いてたけど、本当にお前もちっちゃくなっちゃったんだな。ふふ、ちっちゃい匠、可愛いな」

「ちくしょう！かわいいとかいうなよ！！」

「ごめんな、匠はかっこいい子って思われたいのかー。誰にかな、お母さんにか？」

優しいオルカは子供相手でもすぐに謝った。お母さん、と言われてまず思い出したのが実の母ではなく先ほど抱きしめてくれた青井の顔だった。かっこいいという語彙は子供の姿になってから今までずっと存在しなかった。妙にしっくり来るその言葉を味わっていると、更衣室のドアが無遠慮に開いた。キャップが立っていた。

「なんだつぼつぼ、こんなところにいたのか！まだ戻らないのか？仕方のないやつだなお前ギャーーーーーッ！！」

何やら言い終わらないうちにむき出しのスネに蹴りを入れて、つぼ浦は横をすり抜けて逃走した。

ちょうどエントランスのガラス戸を開けて入ってきた皇帝にぶつかった。重心の低い体当たりを受けて皇帝は叫びながらその場に転ぶ。そのまま階段を降りたと見せかけてつぼ浦は植え込みの中に潜り込んだ。名前を呼びながらバタバタと走り回る声が往復し、通過し、やがて遠ざかる。

あたりが静かになったのを見計らい、つぼ浦は葉っぱの中からひょこりと顔を出した。手と身体が土まみれだ。流れで警察署の外に出てしまったが、入口のガラス戸は重たく開けられそうにない。青井が戻ってくるまでどこに隠れようかと思案していると、正面玄関の方からキャップたちが出てきた。

とっさに駐車場に止めてあったパトカーの裏に隠れた。声が近づいてきたので次の車の影に潜む。

そのさらに横にはライオットが止まっていた。慣れ親しんだ愛車も今は高層ビルのように大きく威容を誇っている。後ろに回り込むと後部ドアが開いていた。

「あれ、今あいついなかったか？」

キャップの声が聞こえ、心臓が飛び出る。つぼ浦はドアの隙間からライオットの車内に滑り込んだ。探し回る声から隠れようと座席の下に潜り込む。やがて声は遠ざかり、静かになった。

「ふう、あぶねぇあぶねぇ……ン？」

座席から顔を出した直後、またしても足音が近づいてきた。再び首を引っ込めると、運転席のドアの開閉音のあとにエンジンがかかる。運転席に座る誰かの「ユニオン、ライオット」という無線に対する応答だけが断片的に聞こえた。

「や、やべぇ！！」

少しだけ開いたドアに走り寄る。その瞬間、急発進したライオットは大きく揺れた。後ろに転がって頭を打つつぼ浦の前でドアは勢いよく閉まった。

揺れに耐えながら内側から開ける取っ手に手を伸ばす。ジャンプしてやっと手が触れるが、その程度では重い取っ手は全く動かない。

「だ、だれかー！！運転してるのだれだー？！おれがのってるぞーッ！！」

子供の必死な大声はエンジン音にかき消される。ガタンガタンと左右に揺れる車内で振り回されながら、つぼ浦は何度も叫んだ。

やがて車の動きが止まる。分厚い鉄板の向こうでは銃声が断続的に聞こえる。ユニオンヘイストの只中だ。

先日の青井でさえ子供の姿では怪我はおろか、ダウンすらしなかった。もしこのまま砲火に巻き込まれたらこの身体は一体どうなるのか、という恐怖が足をすくませる。

とにかく流れ弾を避けるために床に腹ばいになる。しかしライオットはグレネードを投げ込まれたらひとたまりもない。つぼ浦はここが暗い棺桶にならないことだけを祈った。

3

ユニオンは制圧に難航しているようで、サイレンが近づいては止まり、銃声と爆音がひっきりなしに響いている。ほんの数分のはずなのに、死がすぐそこにある瞬間が何十分も続いたかのように感じられた。

何度かの銃声のあと、急に周りが静かになった。足音が駆け寄ってきてドアがガチャリと開いた。

つぼ浦は椅子の下に隠れていた。しかし乗り込んできた人影を見て急いで立ち上がる。

「つぼ浦ッ！！」

「あおしぇん！！」

「いつから乗ってたの？！見当たらないから焦ったんだからね！！」

つぼ浦は力いっぱい走って青井の広げた腕に飛び込んだ。ぎゅっと抱きしめられて思わず目がじーんと熱くなる。

青井も二度と離さぬと言わんばかりにつぼ浦を強く抱きしめた。身体からはホコリと土とガソリンの匂いがする。自分が不在の間に小さい体でどれほどの冒険をしてきたのか、肝が冷えた。胸の中でスンスンと鼻を鳴らすつぼ浦の頭を優しく撫でる。

「なんでわかったんだ？」

「サーマルだよ！お前がどっか行ったっていうけどユニオンも始まって、気が気じゃないのにヘリ飛ばしてたらさ、荷台に見たことない小さい影が写って焦ったよ」

「た、たすかったぜ」

フラフラと力が抜ける。これほどまでに恋人がプロのヘリ使いであることを喜んだこともない。

青井はつぼ浦を座席に座らせた。どこで負ったのか膝の頭を擦りむいていた。ポケットから簡易救急キットを取り出し、消毒薬を染み込ませたガーゼで傷を拭く。

「いっっってぇ！！やさしくしろよ！」

「ダメ、罰としてしみるくらいがちょうどいい」

「なんのバツだよ！」

「いい子で待ってろって言っただろ」

「あ、あれはフカコーリョクなんだぜ！ていうかアオセンのせい……いってぇー！！」

青井は傷に絆創膏を貼って上からパンと叩いた。それに文句をつけようとしたが、その前に青井にぎゅっと抱きしめられた。

「……もう、本当に焦った」

後頭部を撫でる青井の手は少し震えていた。鬼の面の向こうでどんな顔をしているかは、見なくてもわかった。

「ごめん、アオセン」

「本当だよ、胃が痛みすぎてなくなるかと思った」

「おれのメシ食えなくなるからなくならないでくれよ」

「はは、手料理食えなくなるのは嫌だわ」

「だろ？おれはげんきだからな」

「守れてよかったよ、お前のこと」

呼吸が苦しいほど強く抱きしめられる。その力の強さは青井の心配と、愛そのものだった。

しばらく抱き合っていると、『金持ち、高速側から出る！』という無線が聞こえた。青井たちの目の前でバリケードをふっとばし、ユニオンに続く地下道からイグナスが飛び出してきた。ドリフトの勢いのまま高架の先に停めていた青井のヘリにぶつかり、強引に機体を転がして逃走する。

「あー？！待ってこれまずい！」

高架にブレードが引っかかり、物理法則に反する怪しい挙動をしたあとに尻尾がバッキリ折れる。折れた尻尾も不気味にビクビク動いている。呪物と化したヘリはいつ爆発してもおかしくない。

「いいのか？！金持ちがにげちまうぞ！」

つぼ浦は道に転がっている誰かの警察バイクを指さした。警察官としての正義感から一瞬、足が動きかけたが青井は我に返る。

「いや、でもお前……」

「だいじょぶだ、後ろにくっつくから！こえーのか？！」

困惑する青井とは裏腹に、つぼ浦の大きな琥珀色の目は陽の光よりキラキラ輝いていた。その目に恐怖はなく、ただ前のみを見ている。いつものバット1本で100の敵に立ち向かう蛮勇の顔だった。

止めて聞くようなものではない。輝くのをやめろと太陽にクレームを付けても無駄だ。青井はそんなところが嫌いで好きだった。この男に付き合うにはいちいち覚悟がいる。

「……仕方ないなぁ、しっかり掴まれよ、絶対手放すなよ」

青井が引き起こしたバイクに跨るとつぼ浦もその後ろによじ登り、手を振り回しながら座った。

「とくとうせきだぜ！！」

「本当お前はさぁ」

「じこんなよー！」

「事故るわけないだろ！」

アトラクションにでも乗るかのような気楽さではしゃぐつぼ浦を乗せ、青井はエンジンをかけた。

＊

いつもより低い視点で見るので流れる景色が異様に速く見える。しかし抱きつく青井の背中は力強く、絶対に大丈夫だという安心感がある。

一時期バイクを乗り回していただけあって青井の運転技術は高い。応援のパトカーの助けも借りて、青井の運転するバイクはついにイグナスに追いついた。

「止まりなさーい、逃げらんないよー」

「とまれぇはんざいしゃあ！」

青井の感情のない平坦な声に、妙に巻き舌でコブシの効いた幼児の声が重なる。

「かぞくそーでで悲しんでるぞー！」

「あとなんだっけ、誕生日？」

「そうだぜ、4年にいちどしかたんじょーびこなくしてやるぞー！！」

「お前のそれ本当に好き」

「あとぷろふぁいるへんな名前にするぞー！」

いつもの口上を述べながら面白くなってつぼ浦はキャッキャと笑った。

カーチェイスは一進一退を極める。バイクではアタックが出来ない。路地でも振り切られずに追うことは出来ても確保までの一手には乏しい。

応援も期待できない。このままでは埒が明かない。つぼ浦はしがみつきながら何かないかと青井のベストのポケットに手を突っ込む。またしても見知った感触が指に触れた。にんまり笑ってグレネードを引っ張り出した。

両手でピンを思いっきり引っ張った。青井はあまりグレを使わないので幸いなことにピンが緩んでいた。

「くらえぇ！！」

カーブと障害物でスピードが緩んだ瞬間を見計らい、つぼ浦は安全レバーから手を離し力いっぱい投げた。地面にぶつかって跳ね返り───

「あっ！？」

「え、何の音……ッ？！」

グレネードの重さは約500g。子供の力では予想より全く飛ばなかった。跳ね返ったグレネードがバイクのすぐ後ろで炸裂した。

＊

全身を衝撃が襲う。痛みで少しの間息が止まった。つぼ浦はゆっくり目を開けて身体を起こす。

「う……あ、アオセン？！」

つぼ浦が身体を起こすのに合わせて背中に回されていた腕ががくりと地面に投げ出された。つぼ浦の下で青井はピクリとも動かない。

あの瞬間、青井はとっさにハンドルを切り、つぼ浦を抱きしめてバイクから飛び降りた。怪我をさせないように背中から落ちたのだろう、その結果がこれだ。

焦りで手が震える。鬼の角を両手で持って引っ張る。脱げたヘルメットの下から目を閉じたままの青井の顔が出てきた。頭に外傷は見えないが気絶しているようだ。

「ごめ……あおしぇ、おれ……！」

予想では車の上か下で爆発するはずだったのだ。助けようとしたのに何一つ上手くいかなかった。つぼ浦が呆然としゃがみ込んでいると、車の走行音が近づき、後ろに停まった。先ほどのイグナスだ。

「なんだァ？目の錯覚かと思ったが、本当にガキが乗ってるったぁどういうことだ？」

「え？！これ、まさかつぼ浦か？！」

降りてきたのは白髪の男性、ヴァンダーマーとその部下のキミトスだった。つぼ浦にとって因縁の宿敵にも等しい相手だ。普段ならともかく、この姿では絶対に会いたくない相手だった。

「ボス、この服、つぼ浦……ですよね」

「最近ガキになる歪みがある、とは聞いていたが……なかなかおもしれぇじゃないか」

今一番見たくないタイプの笑顔を浮かべ、ドスの利いた声で上から睥睨されて思わず足がすくんだ。つぼ浦は両手を目いっぱいに広げ、倒れる青井の前に立ちはだかった。

「アオセンに近づくんじゃねぇ！！」

「ハハ、こんなガキの頃からかんしゃく玉なんだな」

「う、うるせぇ！かえれ半チャーハン！！」

その特徴的な呼び名でヴァンダーマーは眉をひそめる。少し考えてからにんまりと笑った。

「おやおや、ガキになっちまったって言うなら少しは見逃してやろうかと思ったが、へぇ？もしかして中身はそのままか」

喉の奥で笑う声を聞いてサッと血の気が引いた。子供の姿を見られるだけならまだしも、中身が憎たらしいつぼ浦本人だとバレてしまったのは完全なる悪手だ。有効な攻撃手段をもたない状態で相対していい相手ではない。

「ち、ちげぇ、おれは、」

「ほう、随分大人の言うことが理解できるんだな？」

「……ちくしょう、やるな」

「お前にはいつも邪魔されてるからなぁ。さて、どうしてくれろうか？」

うつむけば子供の目線の高さではツヤツヤと輝く革靴がよく見えた。つぼ浦にとってヴァンダーマーはたまにからかって遊ぶだけのワクワクセクハラおじさんだ。めったに感じないギャングのボスとしての圧倒的な威圧を浴びて冷たい唾を飲み込んだ。

「こんなに弱ってるつぼ浦見たことないな。ボス、どうしますか？」

「子供とはいえ容赦はせん。殺してしまっても構わんのだが……それよりは、今までのお前の悪逆非道、ここで一つずつ詫びてもらおうか」

「ア？」

理解の出来ない要求を前に大人のときと同じような低い声が出た。大きな目を三角にして睨みつけてくるつぼ浦のことをヴァンダーマーは嘲り笑う。

「聞こえなかったか？謝れって言ってんだよ今までのことを。そうしないと、そうだな。らだおさんの頭に穴が空くぞ」

「ッ……！！」

ちらり、と目線が青井を捉えるのをつぼ浦は見逃さなかった。自分だけならまだしも青井は駄目だ。握りしめた拳が震える。

「しらねぇよそんなもん、ギャングにさげる頭なんかねぇ！」

言い終わるより早く銃声が響いた。ヴァンダーマーが撃った一発は青井の耳すれすれのところに着弾する。地面に空いた穴と、転がる薬莢の音を聞いてつぼ浦の顔が青くなる。そんな哀れな顔を近くで見てやろうとヴァンダーマーはしゃがみ込む。

「ガキだから地面も近いだろう？ほら、頭下げろって言ってんだ。地面に頭擦り付けろよ」

睨みつける真っ黒なサングラスには顔面蒼白なつぼ浦の顔が写っていた。拳が震えるのは怒りのせいだ。動かない青井と威圧するギャングのボスに挟まれ、それでもつぼ浦は吠えた。

「……いやだ！おれを殺せよ！すきに殺せばいいだろ！！」

一歩踏み出すと同時に髪を掴まれた。振りほどこうにも片手一本で身動きも取れない。

「ああ、こんなガキ片手で縊り殺せるだろうな。それじゃあつまらんから言ってるんだよ」

唾が飛ぶほどの近さで恫喝され、ひゅう、と吸った息が音を立てた。

つぼ浦は気付いた。いつも以上に自分の命に価値がない。子供は常に守られるべき対象で、人として数えられることはない。殺しても同情を集めるだけで数には入らない。この命では交渉の土俵にも乗れない。無力感が涙腺を駆け上がる。目がうるむのは恐怖からではない。ただ、悔しいからだ。

青井の命と自分の命は天秤にすら乗せられない。プライドと命もまた天秤には乗せらない。つぼ浦がつぼ浦である限り、ギャングに下げる頭などない。しかし後ろで倒れているのは最愛の人だ。それが決断をさせた。

「……わかった」

つぼ浦の体から力が抜ける。ヴァンダーマーは頭から手を離し、宿敵がどんな無様な行いをするのかを待つ。

つぼ浦はゆっくり膝をつこうとしたが、青井が貼ってくれた絆創膏が剥がれてしまいそうでためらい、足を折ってしゃがんだ。何度か鼻をすすったが涙はまだ溢れていない。地面に手をつき、頭を深く下げた。

「……オラァッくらえヴァンダーマー！！！！」

顔を起こすやいなや、その手で掴んだ砂を顔めがけて投げつけた。たまらず怯んだ隙に全力で地面を蹴ってヴァンダーマーに飛びかかる。

黒い銃口が向くのが見えた。この子供の身体は弾丸が掠っただけでもひとたまりもないだろう。それでもつぼ浦は拳を振り上げた。青井を守るために小さな身体から出た渾身の一撃だった。

拳が届く直前でぐいっと身体が後ろに引っ張られた。同時に銃声が響く。反射で目を閉じるが、温かいものが身体を強く抱きしめた。

「ヴァンさん、お戯れはやめましょうよ」

身体を起こした青井が荒い呼吸のまま言った。右手でテーザー銃を突きつけ、左手でつぼ浦の身体を守るように後ろから抱きしめている。

「おや、起きてしまいましたか」

ヴァンダーマーは困った、とでも言うように両手を広げてみせる。青井はいつものように顔を緩ませへにゃりと笑ってみせた。懐に容易く入る、人の良さそうな笑みだ。

「本気じゃないでしょう？ヴァンさんなら、こんなクソガキじゃなくていつものコイツに土下座させるほうが好きっすよね？」

声と顔こそ笑っているが、纏う殺気は手負いの獣が我が子を守ろうと牙を剥く姿そのものだった。自分の命を勘定に入れず、死んでも守ろうとする信念の殺意だ。これを撃っても得られるのは後味の悪さだけで、絶命させるまでにどんな損害を与えられるかわからない。長年の経験が不毛さを告げる。

「……ま、いいでしょう。金はもらっていきますからね」

「次は負けませんよ、うちの特殊No.1もその頃にはもとに戻ってますよ」

青井はテーザー銃を持ったまま手をひらひら振る。それを一瞥するとヴァンダーマーはキミトスと一緒にイグナスに乗って去っていった。

去りゆく車を見届け、青井の頭がグラッと揺れる。そのまま仰向けに倒れた。つぼ浦は小さく悲鳴を上げてその身体に縋った。

「アオセン、大丈夫か？！」

「頭に違和感がある～」

青井はいつものゆるい声でうめいている。頬には新しい血の筋があった。先ほどのヴァンダーマーの一発が頬を掠めたのだ。それを見てこらえ続けたつぼ浦の涙腺が決壊した。

「っく、あおしぇっ、ひぐッ、よかっ……う、わぁぁあーーっ！！」

今日一日分の悔しさの表れだった。熱い涙がとめどなく目からあふれる。口を開けば声にならない嘆きだけが土砂降りのように出続ける。胸に縋りつき泣き続けるつぼ浦の背中に青井は痛む右腕を回して撫で続けた。

「ンッ、ち、ちくしょう、デカけりゃつかまえてやったのに！！ハンバーガーのくせにっ！！」

ボタボタ垂れた涙で青井の服の色がどんどん変わる。背中をポンポン優しく撫でられて涙は留まるところを知らない。全身の悔しさがすべて透明な雫になって流れ続ける。

「アオセンのこと、まもれたのに……ッ」

しゃくりあげながら途切れ途切れの呼吸で叫んだ。それは心からの本音だった。つぼ浦が溜め込み続けた後悔だった。

「ちゃんと守ってくれたよ、泣かないでよ」

青井は痛む左腕も持ち上げてワンワン泣くつぼ浦を抱きしめる。身体の上でしゃくりあげる温かい体温を慰めるためにぎゅっと力を込めた。

そのままつぼ浦は何分も泣き続けた。目が痛むだけで涙が出なくなった頃、鼻をズルズルすすって身体を起こす。

「……はやくもどりてぇ、おとなに」

子供の姿で良いことなど何一つなかった。知らしめられたのは大人の強さだけだ。こんな身体とは一刻も早くお別れしたかった。

つぼ浦は青井のときのことを思い出す。あのときは青井が我慢し続けた行い、要するに性行為、をしたことで最終的に戻ることが出来た。あれほど押し殺した欲求はつぼ浦にはない。それでもなにかのきっかけになれば、と痛みで苦しげに呼吸をする青井のもとに屈み込み、口にキスをした。

青井の唇は大きく、主導権を渡せば簡単に全てを塞がれてしまう。つぼ浦は一旦口を離し、ちゅっちゅと音を立てて何度も唇を触れ合わせる。

「ふ、ちっちゃいなぁ、口」

拙い愛撫に青井が笑う。むず痒さが心をくすぐる。しかし手は出さず、小さなつぼ浦がやりたいようにさせることにした。

「もとに戻ったらおぼえてろよ」

「キス、うまくなったよねぇ昔に比べたら」

「う、うるせぇ！」

どう聞いても皮肉だ。大人のときのほうがよっぽど上手くできる。涙と照れと悔しさで顔を真っ赤にしたままつぼ浦は何度も唇を重ね合わせた。

だが得られるのは優しさだけで、ここにいるのは童話のお姫様ではなく、王子様でもない。駄目そうなことを悟ってつぼ浦は身体を起こす。

青井の頬の生傷から滴る血が痛々しい。ベストのポケットに手を突っ込み、先ほどつぼ浦の膝の治療に使ってくれた救急キットを引っ張り出した。

「いてぇ～」

「がまんしやがれ、おとなだろ！」

消毒液をかけられて青井が大げさにうめく。絆創膏を包装紙から取り出し、台紙から剥がそうとするが小さな手では思ったよりも難しい。粘着面同士がくっついてグチャッと団子になってしまった。失敗作を捨ててもう一枚取り出す。また駄目だ。

一度、深呼吸をした。子供の姿に甘んじて可能を不可能にするわけにはいかない。微細な動きも空間認知もままならない身体でも中身は24歳のつぼ浦匠だ。慎重にゆっくり紙を剥がす。今度こそきれいに取れた絆創膏を、青井の頬に丁寧に貼り付けた。

「よし、もういたくないぞ！」

「ふふ、よく出来たね、すごいよ」

「つぎはぜってぇアオセンに手出しさせねぇ！」

つぼ浦はまだ腫れた赤い目で胸を張る。失敗を乗り越えた幼児の成功を無言で見守り、青井は万感の思いを込めて笑った。

「本当にありがとね。はは、お前子供でも格好良かったな……守ってくれて嬉しかったよ」

ぽん、と大きな手が頭に乗せられ柔らかな髪を撫でた。格好良かった、という言葉が胸にジンとしみた。

「……ほんと、か？おれ、かっこよかったか？」

「うん、小さくたってつぼ浦はつぼ浦だわ。そういうところ本当に好きだよ。ありがとね」

その笑顔で胸のつかえがストンと落ちた。爽やかな風が吹いたかのようだ。つぼ浦は泣き腫らした顔を笑顔に変え、青井の胸に抱きついた。

直後、身体がズンッと重くなった。腕は長く手は大きく、そして身体の重さは数倍あり──

「ぐえぇ〜〜ッ」

「ワーーーッそんなぁ、アオセン！？大丈夫かー？！」

大人の重さで打撲を圧迫されて身体の下で青井がうめいて動かなくなる。慌てて身体を起こすと、ようやく遠くから救急隊のサイレンが近づいてきた。

「オーイ早くしろよ、こっちだ！！」

大人に戻った身体を確認するヒマもなく、つぼ浦は立ち上がって車に向けて手を振る。

「つ、つぼ浦、つぼ浦つぼ浦！！」

「ァア？！なんだよ大声出すなよ傷に悪いだろ！」

痛みで伸びていたはずなのに青井が突然ハッとなって騒ぐ。それをなだめようとするが痛いはずの手でつぼ浦のことを強く指さしている。

「んだよ？！」

「服！！丸出しだよ！」

「あ」

車から出るなりメディカルバッグを取り落とし、口をあんぐりと開けた神崎と目が合った。

4

「マジで変な事件性があるかと思ったぞ」

病院にて青井の治療を終えた神崎がなんともいえない複雑な顔でつぼ浦をジロジロ見る。

幸い、神崎が持っていた着替えを借りて今はつぼ浦はジャージを履いていた。道の真ん中で半裸1名＆ダウン1名は複雑な事件を疑われても仕方がない。

「ももみとかがいなくてよかったな」

「お前もいなくてよかったぞ」

「いなかったら助けられてねぇだろうが！」

神崎は服は返さなくていいからな！と叫んで病室から出ていった。

久しぶりに大人の姿に戻ったつぼ浦は、今しがたの恥ずかしい出来事をなんとか頭から追い出そうと唸っている。サングラスもないので、恥ずかしそうな顔が見え放題で青井は思わず笑う。

「笑うなよ！」

「格好よかったのになぁ、ふふ、可愛い」

大人になっても弱みを見せたがらない恋人の強がりが微笑ましい。クスクス笑う青井をどついてやりたいが、その前につぼ浦には言わなければならないことがあった。

「アオセンごめんな、怪我させて」

「急になんか爆発したから仕方ないよ、お前が怪我しなかっただけ本当に良かった」

「あれ俺が投げた、グレ」

「……は？お前かよ！！急に変な音したからおかしいと思ったんだよ！」

青井の地獄耳には回避行動を取る直前に安全レバーの外れる投擲音が聞こえていた。イグナスの窓は閉まっており、もしグレネードだとしても投げられないはずなのになぜ、という疑惑が身近なところから解明され、青井は長い長いため息をついた。

「やっぱガキは駄目だな、グレ一個まともに投げらんねぇ」

「大人でも投げんなあの状況で」

青井は松葉杖を持っていない方の手でつぼ浦の頭をしばく。

「まぁ戻ったからいいじゃないっすか、必要経費っすよ」

「それはそうなんだけどお前に言われるとムカつくな……で？何が戻るきっかけだったの？」

じっと目を見られてつぼ浦は言葉に詰まった。しかしすぐに話し出す。

「やっとわかったぜ。俺、アンタのこと守りたかったんだ」

「へぇ？」

「あれから俺に甘えてくれるようになっただろ？でもアンタ、強いから結局俺は翻弄されるばっかりで」

話しながらもじもじと落ち着きなく服の裾を掴む。朝のやり取り一つとってもそうだ。恋人を見るたびに毎日ドキドキして、与えられるだけの身はとっくに幸せだ。

愛と優しさはもう十分に受け取った。それをなんとか返したかったのだ。例えばそれは守るという方法で、格好いいという評価で。

「俺もアンタを守りたかったんだ。強くて、頼ってほしくて、守りたくて……ア〜なんかそういうやつだ、ああ、チクショウ頭痛てぇな」

最後の方は恥ずかしくなってつぼ浦は髪をガシガシ掻きながらそっぽを向く。そのまま背を向けて病室から出ていこうとするつぼ浦の後ろ姿を、青井は呆気にとられて見る。

頬に手を伸ばす。きれいに貼られた絆創膏が手に触れた。思わず笑いが溢れた。小さな身体で風を切って歩く幼いつぼ浦の姿が見えたような気がした。青井は松葉杖を持ってその後をゆっくり追う。

「はは、可愛い」

「またガキになるぞ」

「ごめんごめん、格好いいよ。でも可愛い」

「半分だけガキになるぞ」

「じゃあ格好いい、格好いいよ、つぼ浦」

「なんか腹立つぜ」

恋人同士の睦言だ。ふと横を見るとのたのた歩く青井の頭があった。白いうなじが、少し乱れた分け目が見えて思わずぽすんと顔を押し付けた。

「な、なに？」

「これだけは俺のもんだ。だから俺の勝ちだぜ」

「えっ何が？俺、何に負けたの？」

やはり恋人を見るならこの視界がいい。つぼ浦は青井が照れて嫌がっても髪に頬を擦り寄せ続けた。

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半分くらい🏺が暴れてる話だったな🤔

猫かぶって甘えまくる🟦と、大人だって言い張って冒険活劇する🏺が書きたかった。

ショタ受けはマジで数少ない地雷なんですけど中身が大人なら（免罪符）死ぬほど楽しいですね。2人分書けてよかったです。