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それから巴さんは周りも驚く程に変わっていった。
私が本堂くんや他の異性の使用人の話をすると、機嫌が悪くなることはあるけれど、以前のように高圧的になることは無くなった。
私が嫌だと思うことを避けてくれているのか、距離を測りながら近づこうとする不器用さが愛おしく思えてしまう。
そんな巴さんの変化は私の心も確実に揺らしていて、気づけば私は巴さんの視線や言葉に、以前よりも強く胸を高鳴らせるようになっていた。
私はいつも通り巴さんの私室で、彼に言われた仕事をこなしていく。
書類を整え、お菓子を運んで紅茶を淹れ、必要なことを淡々とこなす――それは専属メイドとしての日常だった。
「……お前も、少し休め」
その日はたまたま寝不足気味で、見えないように小さく欠伸をしてしまった後、不意にそう言われて私は思わず手を止めた。
「いえ、まだ仕事がありますから――」
「無理をするな」
遮るように言われて顔を上げると巴さんは書類から目を離してこちらを見ていた。
命令でも叱責でもない、ただ気遣うような視線と言葉に胸がざわついた。
「疲れているように見えるからな、無理をする必要は無い」
その言葉は使用人に向ける言葉ではなく、まるで――私を案じているように聞こえたから。
「私は大丈夫ですから。お気遣いありがとうございます」
「駄目だ、お前の大丈夫は信用出来ない」
大丈夫と言っても巴さんは聞いてはくれず、
「俺の目を誤魔化せると思うな。明らかに疲れが出てる。俺が良いと言ったんだから少し休め」
そこまで言われてしまうと休まない訳にはいかないので、
「分かりました、それでは少しだけ、休憩を取らせてもらいますね」
頷いてほんの少しだけ休憩をすることを伝えると、
「――それでいい。お前が倒れたら困るからな」
そんな言葉が返ってきた。
その瞬間、私は巴さんに問いかけたくなった。
今のその言葉はどういう意味で口にしたのかを。
少しだけ休むように言われた私は巴さんの私室の隅にあるソファーに腰を下ろした。
手持ち無沙汰な私の視線は自然に書類に目を落としたままの巴さんへ向いてしまう。
「……あの、巴様」
それとなく、探るように声を掛ける。
「さっきの、“私が倒れたら困る”って……どういう意味、だったんですか?」
軽い世間話のような調子を装ったつもりだったものの心臓がうるさく跳ねている。
巴さんは一瞬だけ手を止め、こちらを見ないまま答えてくれた。
「そのままの意味だが?」
「そのまま……?」
「お前が無理をして体調を崩したら、仕事が滞るだろう」
「……それだけ、ですか?」
思わず重ねてしまった言葉に巴さんは顔を上げて私に視線を移し、
「他に何がある」
そう問い返された私は少し言葉を詰まらせた。
「えっと……その……体調を気に掛けてくださるのは、珍しいなって……」
巴さんは少し眉を寄せて考えるような素振りを見せ、それから何でもないことのように口を開いた。
「お前は俺の専属で、代わりが居ない。倒れられたら困るのは当然だ」
「…………」
「それにお前はすぐ無理をする癖があるからな。俺の方で気に掛ける必要があると判断しただけのことだ」
淡々とした口調なのに、不思議と優しく響いた。
「……私は、無理なんて……」
「眠いのを隠そうとして欠伸を噛み殺すところも、疲れている時に動きが少し鈍くなるところも見ていれば分かる。隠しても無駄だ」
巴さんのその言葉に、私は驚きを隠せない。
(そんなところまで見られていたなんて)
「だから、休めと言っている。俺が許可している間くらい素直に聞いておけ」
きっと巴さん自身はそんなつもりは無いのかもしれないけれど、こんなに甘やかされるメイドなんて、普通はいない。
「……メイドに向かって、そんなこと言うのは反則だと思います」
小さくそう零すと、彼は怪訝そうに眉を寄せる。
「反則?」
「はい。だって……そんな風に心配されたりしては、勘違い、してしまいそうになりますから」
勇気を振り絞って告げると巴さんは黙り込んでしまう。
沈黙が落ちた後、少しだけ困ったように視線を逸らしながら巴さんは低く呟いた。
「……勘違いでも構わん」
「え……?」
「少なくとも、俺はお前に無理をさせたくない。それだけは事実だ」
それ以上は言わないと言わんばかりの態度だったけれど、今の言葉を聞けただけで私は十分だった。