TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

ある日の昼下がり、巴さんは書類に目を落とし、私はその傍らで淡々と業務をこなしていたのだけれど、その空気は一人の来客によって一変することになった。


「縁談……ですか?」


ご両親から声を掛けられて応接室へ行っていた巴さんが戻って来ると、どのような方でどのような用件の話だったのかを彼が教えてくれたのだけど、突然の話に思わず聞き返してしまった自分の声が少しだけ高かった気がする。


「ああ。取引先の重役の娘でな、俺も何度か顔を合わせたことはあるが、両親同士が話を進めたようだ」

「……そう、ですか」


胸の奥が、じわりと重くなる。


「それで……巴様は、そのお話を受けるおつもり……なのでしょうか?」

「いや、断るつもりだ」

「……でも、そんなに簡単なことでは無いのですよね?」


私の言葉に巴さんは小さく頷いた。


「相手の気持ちは分からねぇが、何よりも両親同士が乗り気だからな」

「……そう、なんですね。とりあえず、まずは会うだけ会う……形なのでしょうか?」

「そういうことになるな」


巴さんはあくまでも断る予定で会うだけ会うというスタンスのようだけど、ご両親は勿論、相手方のご両親も乗り気とあれば、会うだけでは済まないだろうと私は思っていた。


その後も巴さんはいつも通りで全く動じていなかったけれど、何故か私は動揺していて仕事に集中しようとしても集中しきれていなかった。


(私はメイドで、口出しする立場じゃないけど……)


それでもどうしても気になってしまい、その日の夜、業務を終えて巴さんの部屋から私室へ帰る前に勇気を出して口を開いた。


「……あの、巴様」

「何だ」


視線を上げた彼はいつもと変わらない顔をしながら私を見つめてくる。


「その……縁談のお話ですが……」

「気になるか?」


その問いかけに一瞬言葉を詰まらせながらも、「……はい」と正直に答えると巴さんは少しだけ目を細めた。


「昼間も言った通り、俺自身にその気はない」

「……本当、ですか?」


思わず、確かめるように聞いてしまう。


「決まっているだろう。そんなものに興味も無い」


きっぱりと言い切る声に胸の奥が少しだけ軽くなる。


「ただ」

「……ただ?」

「無碍に断るのが最善とも限らん。会社のことを考えればな」


巴さんの気持ちは固まっているものの彼の立場からすると、そう簡単なものでは無いことを彼自身も分かっているからこそ、どこか煮え切らない様子だった。


「……そう、ですよね」


私もそれが分かっているからこそ、まるで自分のことのように胸が苦しいんだと思う。


「……巴様は、その……どうしたい、んですか?」


探るような問い掛けに巴さんは暫く黙り込み、そして、もう一度私を真っ直ぐ見た。


「……お前は、どうすればいいと思う」

「え……?」


予想していなかった言葉に、思考が止まる。


「縁談を断るべきか、受けるべきか。会うとしても、どう振る舞うべきか」


淡々とした口調なのに、その視線だけは真剣だった。


「俺はこういう場面が得意ではない」

「…………」

「お前ならどうする? 意見を聞かせて欲しい」


(どうして、私に?)


そう思うと同時に、胸が強く脈打つ。


私はメイドで、巴さんからすれば使用人の一人。


それでも、この人は私の考えを聞こうとしている。


答えなければいけないのに喉が詰まってすぐには言葉にならない。


この気持ちをどう表現すればいいのか分からないまま、私はただ巴さんの視線を受け止めて立ち尽くしていた。

愛を知らない御曹司は専属メイドにご執心

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

2

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚