「……逃げよう。おんりーちゃん」
今まで見たことないくらい切ない顔をしたぼんさんが言った。
ぎしぎし言う。ベランダと、
東京の品川区の、薄汚れた風。
もう限界だってわかってた。
崩壊してく日常から目を背けたかった。から。
「………どこ、…どこ行くんすか」
「どこでもいいよ。……遠いトコ。」
そんな、無責任な……。
「……。」
なんにも先が見えない言葉なのに、そのぼんさんはどこか格好よくて、
「…………仕方ないな」
…ねぇ、俺、思ってるよりもあんたのこと好きなんですよ?
荷物を纏めて、家を引き払って、お気に入りの靴を履いて。
行動は早かった。
今日が何曜日かも分かんないけど、
ある晴れた曇りの日の、あさ、
馬鹿みたいだけどお気に入りのサングラスとあるだけの保存食を持って、
もう帰ることはない、ピクニックに出掛けた。
人々はこれをまた、逃避行と呼ぶようだ。
なんか修学旅行みたいで楽しいじゃん。二人だけのさ。秘密の、逃亡が。
「……………。」
がたんごとん、イヤホンももうどこかへやってしまったけれど、
ただとなりで、鼻歌なんか歌ったりして、誰もいない電車に、乗って。
なんにもない田舎の田んぼを、なんでもないねって、眺めて。
「……どこで降りる?」
「どこでもいいよ。」
どこでもいいよなんて、こんなに無責任でも、こんなにも。
誰も乗ってこないし、
誰も出てはゆかなかった。
揺れる。
乗客は、ふたりだけ。
ぼんさんが「千と千尋の神隠しのシーン思い出したわ」って呟いたんだけど、よく分かんなかったな。
「……ジブリ?」
「あ、そう、ジブリ。そっか、おんりーちゃんは知らないのか」
「見たことないなぁ。…」
途切れ途切れの会話でも、ぼんさんなら気にならなかった。
それすらも、ふふっ、て、笑える気がして。
「………ここどこだろ。」
「どこだろう、ねぇ。」
ゆっくりと流れていくジオラマの景色に想いを馳せる。
ねぇ、今、すごく映画みたいだね。
一面、田んぼの花畑みたい。
やけに現実味のある、陽光の透けた曇り空と、
なんにも綺麗じゃないような、だけどそこが美しいような、電信柱と畦道と、ぽつりぽつりの、トタン屋根。
東京から、相当、遠いところに来たね。
いつか懐かしくなるかなあ。
こんなに、馬鹿なことしたねぇって。
「……………。」
ふと、その窒素に触れたくなってしまって、からりと窓を開けた。
カーテンがなびく。
ここには、どんな人が座ってたんだろう。
「………きれい、」
「きれいだね」
…ぼんさんが、俺の方見て言ってくるから。
「…ちゃんと景色楽しんでください」
「や、おんりーチャンの方が、きれいだもん。」
「うるさいっ」
ぼんさん、髭、伸びたね。
サングラスを掛けない彼の、夢じゃない瞳の奥に、少しときめいて色めいてしまったのは、ひみつ、
「…終点だ、」
…今だけは幸せな気がしてた。
もう日が暮れるね。
地平線の、とおくの方。一瞬だけ、まちが、すべて藍色に染まる瞬間。
あっちの、右のほうは朱色が残っているのに、
こっち、左のほうは、さ、もう消えちゃいそうなの。
汽車に、母に抱かれて、風船を持っていた。飛んでって割れてった赤色のゴムを思い出した。
「……足、大丈夫ですか」
「なっ………大丈夫に決まってんでしょうが」
エスコート。愛とイジりを込めて。
電車を降りてはじめて吸った空気の色は青くて、冷たくて、夏じゃないのに、夏の味がしていた。
頬を撫でた。
綺麗な言葉ばっかりだ。こんなに、こんなに、穢いのに。俺達は。
無人駅。田舎らしくて、風情があって?
たぶんね、本州のはしっこのほう。でしょ。
…………そういえば今日は、人間を見なかった。
「…今日どこで寝よっか。」
「あっ、……どうしよ」
我ら、チーム無計画。今日は野宿かも。まぁ、どうにかなる。か?
「はははっ、もう駄目だなぁ、俺ら。」
「ぼんさんだけですよ」
「えぇ!?………ひどい。」
「…っふふ、」
灯が消える。
月の反対側に一番星を見つけた。
何千とある、そのうちのひとつ、ただ見えただけのものに過ぎない。
それでも特別だって、
言ってくれるぼんさんのこと、嫌いになれないままでいる。それを好きだって、呼ぶ。
ちょっとさむいね、って、
その辺で一番デカい樹の下で、
カズさんから貰ったキャンプ用のランプを灯して、家にあっただけのブランケットを二人で被って、
適当なカロリーメイトと缶詰を頬張った。
「……うめぇ。」
そういえば今日は、昼ごはん食べなかったなぁ。
今何時だろ。スマホは、…やばいな。15%。
「…8時だって」
「うっそぉ!早いなぁ~……」
まだ8時だよ。もう8時なんだ。
ここ、探すのに、結構歩いたもんね。
疲れちゃった。
大丈夫、ありったけの、水とさ。食料と、防寒着。それと、ぼんさん。
……あと移動用の馬が居れば最高かも?
「……………馬がいればなぁ~」
「…あ。」
「?」
おんなじこと考えてたとか、バカすぎるでしょ。
「…でも鞍ないじゃん」
「あ、確かに。じゃあピラミッド探すか。」
「そんなぽんぽんあると思わないでください、このマイクラ脳」
「それはおんりーちゃんもでしょ…」
12時間ぶりのご飯は、冷たいのにやけに美味しかった。
雲も溶けてひらけた満天の星の下、
ぼんさんと、二人きり。
「………おんりーちゃあん…」
「なんすかぼんさん。………言っとくけど変なことはさせませんからね。」
「……( ´・ω・`)……………。」
寝袋と枕だけ。寝袋なんだから枕いらないか。
「…おやすみなさい」
「っふ、おんりーちゃんタラコみたい。」
「……早く寝てください。」
今ならなんでもできる気がする。
そんな気がしてた。
きがしてた。
「………、」
「………………………。」
「……おんりーちゃん。」
「………。」
ああ、ドズルさんにもなんにも言わないで来ちゃったな。
後で怒られるかなあ。なんて、見つかるわけ、ないけどさ。
たくさん心配かけてごめんなさい。
ドズルさん。おらふくん。MEN。ネコおじ。
たくさん幸せをくれてありがとう。
居場所をくれてありがとう。
ちょっとだけ、旅に出ます。
忘れていいから、どうか忘れないで。
……まだ日本にいるよ。
まだここにいるよ。
俺たちは、ぼんさんは、ここにいる。
「………」
もうどこにいるの?
「………圏外だ。」
さがさないでください。
なんて。本当は。
どうしようもない二人のこと、
見つけ出して救ってほしかったの。……………………
「……ねぇ、これからどうしよっか」
コメント
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表現がとても素敵 いろいろな言葉を使っていてわかりやすいし神秘的な感じする! とにかくすごい!
凄く表現が鮮やかで綺麗な話ですね!つくねまる。さんのお話大好きです