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鬱病朝×医者菊/1話1話長めだけど話の数は少ないやつです
※初っ端から自ショウ行為、薬、鬱系のアレがあります。朝がストレスで🐿🦟とかしてます※
自己満
生きるなんてもうごめんだ。近くの病院から出される睡眠薬を飲んだって眠気は襲ってこない。抗うつ薬も全く効かない。薬さえ効かないなんて、もう自分は人間として機能していないんだろう、そう思って、また気を病む。その繰り返し。どうにか目を閉じてもこんどは自分の息の音がうるさくて、気になって仕方ない。このまま息を止めて死んだって、誰も悲しまないんじゃないか。殺風景な部屋の中でアーサーはひとり、膝を抱えてうずくまっていた。痛みすらしなくなった手首を抑えて、机の上に置いてある瓶入りの薬に目を向けた。震える足で立ち上がり、それへ手を伸ばす。これを一気に飲めば、消えられるんじゃないか。そう思ってキャップを捻り、開けて、口元に寄せて……
止まっていた息を吸い直しながら、アーサーはその手を離した。音を立てて転がる薬瓶、それと丸い錠剤。拾うのも億劫で椅子に腰をかけることしか出来なかった。
あぁ、また、また死ねなかった。ずっと消えたい消えたいと思っているのに、いざとなったら怖くなってできない。そんな自分が嫌いで仕方なかった。うんざりした。
机に肘を着いて頭を抑える。隣の部屋からはなんの音もしない。静寂だけが響く部屋にいるとなんだか、世界に自分だけ取り残された気がした。まだ明るくなりそうにない空を見てアーサーは小さくため息をついた。
「カークランドさん。第1診察室に行きましょうか」
「……は、い」
肩に着くくらいの黒髪を揺らしながら、看護師と見られる彼女はそう言った。手にカルテを持ち、慣れた足取りで進んでいく。その後ろを俯いたまま着いていくと、ふと横の扉が開かれた。
「こちらです、どうぞ」
感謝をしようと思うが、どうも緊張して言葉が出てこない。顔も見れないままぺこり、と軽く頭を下げれば彼女はにこりと微笑んだ。
白に薄く水色のラインが入った壁、それに白いデスクと椅子。デスクに置かれたパソコンのキーボードを叩いていたヒトは、コチラに気付いて椅子を回す。
「あぁ、こんにちは、カークランドさん」
中性的な顔に黒ふちのメガネをかけた彼は、そうテノールの声で言った。挨拶を返そうとするのに、どうしてか上手く音が出ない。口を小さくぱくぱくとして試行錯誤すれば、彼は首を振って目の前の椅子へ手を向けた。
「いいですよ、無理に話さなくて。それよりどうぞ。立ったままだとお辛いでしょう」
また頭を下げるくらいしかできなくて、不甲斐ない気持ちを抱えたまま勧められた椅子に腰をかける。こんな明るいところに出たのは久しぶりで思わず目眩がした。そして正面に座った彼の足元の辺りを見続ける。人に会うのも久しぶりなのに他人と目が合わせられるはずがない。
「…あ、眩しいですか?そうですねぇ、今日は少し陽の光が強いかもしれません。桜、カーテン閉めてくれます?」
「はい、先生」
桜と呼ばれた、さっき自分を案内してくれた看護師は窓際に寄り淡い色のカーテンを閉めた。そうして、遮光された診察室内は少しだけ暗くなる。あぁ、目眩が止んだ気がする。しかし未だ顔は見れないまま「……ありがとう、ございます」とたどたどしく言葉を綴った。
「ええ、どういたしまして。
…あ、あそこのクリニックから来られたんですね。相田先生お知りですか?私の同期なんです 」
「あ、いだ……」
「はい。女性で長い髪を前で纏めた…うーん、話すのがゆっくりな方ですね」
「…し、しって、ます」
「本当ですか。お優しいでしょうあの方、すごいお話が楽しい方でね」
その容姿の女性はたしかに廊下で会ったことがある。顔は見れなかったし自分の主治医では無かったため、話すことはほとんど無かったが。1度だけ声をかけてくれたことがあった。けれど、咄嗟のことで驚いてしまってその言葉を無視して自分は走り去ってしまったのだ。そのときは深く後悔した。あまり良くない思い出し方をして、小さくため息をこぼしてしまう。
「…まあ、前のクリニックのお話はこの辺りにしておきましょうか。
症状についてお聞きしますね。お話難しそうでしたら……これ、指さしてください」
そういって症状が記された画面の電子機器を渡される。長々と話すのは無理そうだったのでそれに頼ることにした。
「………」
「ぜんぶ、正直でいいですからね。もしこの項目に無いのがあったら書いてでもいいですから教えてください」
優しく言い聞かせるような彼の声を頼りに画面をぽつぽつと指で示し続ける。睡眠障害、それに頭痛と吐き気…あと、は……
「…あ、の」
「はい、どうしました」
「耳がな、なんか聞こえな、…き、こえにくく、て……」
「なるほど…。ありがとうございます、カークランドさん。ちゃんと教えてくださって嬉しいです、よく出来ましたね」
柔く笑ってからデスクのパソコンへ体を向けて彼はキーボードを叩き始める。ポコポコ、と不思議な軽い音を鳴らして刻まれるそのリズムはどこか心地よかった。目を閉じてそれを感じていると終わったのか、彼はこちらへ体を向けた。
「あなたのことをたくさん聞きましたから、こちらのことも話しておきますね。ゆっくりお話しますから、あまり身構えないで。けっして、 覚えなくていいんです」
強ばっていた体を見抜かれたのか、はたまた揺れる目線がバレたのか、どちらでもないのかもしれないが、彼はそう言った。その言葉に軽く頷き、耳を傾ける。
「本田菊といいます。読む本に田んぼのた、それと花のキクです。あなたの主治医を担当します。
それと、先程カークランドさんのことを案内したのが私の妹です。桜、といいます。こちらも花のサクラ、1文字です」
「よろしくお願いしますね、カークランドさん」
すたすたと横をとおりすぎ、彼女は先生の後ろで立ち止まった。顔を見ようにもどうしてか体が動かない。また会釈をするしかなくて声を出すのは諦めた。
「今日はこれだけで済ませておきましょうね、たくさん聞くのは疲れますから 」
ふふふ、と困ったような顔で笑って先生はデスクの引き出しを引いて紙を取り出す。それとペン立てに入っていたペンを適当に1本抜き取った。
「今日は体調いかがですか?10がMAXで楽しい、としてどのあたりでしょう」
「……3、くらいです、」
「うん、なるほど。朝食は?」
「…いや、朝ははきけ、があって」
「お薬の副作用ですかね…わかりました」
おぼつかない自分の言葉にも、きちんと彼は相槌を打ちながら紙へペンを走らせた。咎めることもなく、ただ受け入れるだけ。以前の主治医であれば叱られていただろうに…。思わず顔を上げた。
「最近、寝れてます?」
そう首を傾げて彼が尋ねた。そして目が合ったのに気付いて顔をまた下に向ける。隈を見られたんだろうか…あぁ、それなら恥ずかしいな……。
「……いえ」
「はい、わかりました。
…ではカークランドさん、今触れるのは大丈夫ですか?」
クリップボードへ紙を挟み、先生はそう問いかけてくる。触れる…どうだろう。人に会ってこなかったから、正直分からない。目を合わせられないのに人が自分に触れてパニックにならないだろうか。どう返せばいいのか分からなくて、無意識に膝に置いていた手をぎゅっと握ってしまった。
「…わからないですよね、大丈夫です。そういう方はたくさんいらっしゃいますから、おかしくなんて無いですよ。ゆっくり慣れましょう」
と、言ってから先生は立ち上がって書類棚からシンプルなノートを1冊取りだした。それの表紙にマジックペンで何かを書き、こちらへ差し出してくる。
「カークランドさん専用の日記です。何か楽しいことや辛いこと、なんでもいいのでその日あったことを毎日書いてください。食べたご飯でも、例えば猫を見たとかでも、なんでもいいんです。少しずつあなたのことを教えてください」
朝、私がお部屋に寄ったときそれを渡してくださいね、と言ってから彼は立ち上がった。先生の後ろにたっていた看護師の彼女に紙を渡して彼は穏やかに言葉を紡ぐ。
「今日はとりあえず終わりです。桜が案内しますから、お部屋でゆっくりお休みになってください」
入ったときの扉とは違う、仄かに下の方が桜色に染った扉を彼は開けた。足元に置いていたバックを持ち上げて、”桜”さんに着いていく。帰り際、ふと気になって振り向いた時、一瞬だったが初めて、きちんと”本田先生”の顔が見れた気がする。柔らかく微笑んで、彼はゆっくりと手を振っていた。
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