セラヴィ
大学受験に合格し、4月から都会で一人暮らしを始める。
その日、坂本 芽衣は一人暮らしのための家を探しに、あれこれ不動産を見て回っていた。大都会というだけあって、どこも家賃が高く、3件も不動産屋をはしごしたが、芽衣の希望額では大学周辺の物件は見つからなかった。
「今日1日見つからなかったなぁ。また行かなきゃ。でも往復で8万円もかかるし、小春の言う通り、一泊にしておけばよかったのかな。」
芽衣はこのように後悔しながら、駅の方へと歩いていくと、道中通り過ぎようとした、古いアパートに、「空き部屋あり」と張り紙が貼っていることに気がついた。
築50年と中々に古かったが、他は希望していた条件を満たしていて、何よりも家賃がかなり安かった。芽衣は張り紙に記された番号に連絡をし、その日のうちに内覧をすることとなった。
電話をして直ちに、アパートの一階から年老いた女性が出てきて、芽衣に自分が大家だと名乗った。
大家に案内してもらって入った部屋は、とても綺麗とは言えないものだったが、それなりに広く。明るく。芽衣は大いに気に入った。その場で部屋を契約し、4月から住む部屋が無事決まったのだった。
そして、やってきた春。アパートへと引っ越してきた芽衣は、充実した新生活を満喫していくのだった。そう。ある噂を耳にするまでは。
新生活に慣れてきた6月のある日。朝ゴミ出しをしていると、近所に住む主婦が話しかけてきた。
「ちょっとあなた、あのアパートの2階に引っ越してきた人でしょ?」
「はい、そうですけど。」
「あの、ちょっと変なこと聞くんだけど。あの部屋で、変なこととか不思議なことが起きてない?」
「あのすいません、どういう意味ですか?」
「あのね。あまり気にしないで聞いてもらいたいんだけど、あなたが住んでるあの部屋。前に住んでた人。それからその前も。前の前の人も、引っ越して次の夏に部屋を出ていってるの。」
その後、あれこれ言いながら主婦は去っていった。主婦に言われたことを気にしつつも、そのまま何事もなく1ヶ月が過ぎた。
ある日の夜。芽衣はシャワーを浴びていた。芽衣はシャワーを浴びながら、6月に主婦から聞いたことを思い出していた。3人も同じ時期に部屋を出ていったという噂。それからこの部屋の家賃の安さ。なにか関係があるのではないか?
その時。鏡に写った背後のドア、その曇りガラスに、何かのカゲが通り過ぎた。怯える芽衣だったが、玄関の鍵を閉めてなかったことを思い出し、泥棒が侵入しているかもしれないと、思い切って風呂を飛び出した。部屋には誰もおらず、特に変わったこともなかった。
「きっと見間違いよね。」
そう、自分に言い聞かせる芽衣だった。しかし、次の日も、また次の日も、芽衣の前にカゲは現れ続けた。あるときは玄関の窓の中に。またあるときは、台所に立っている芽衣の後ろに。確かな気配があるのを感じるが、振り向くと誰もいない。そんな現象が毎日続いていた。
不安になった芽衣は、大家に話を聞いてみることにした。
「…ってことがあったんですけど。」
「へぇ。不思議なこともあったもんだねぇ。」
芽衣は部屋にカゲが毎日現れること。近所の主婦に言われたことを、大家に話した。主婦の言っていた事は本当で、前の住人3人共、夏のこの時期に部屋を出たという。
「2番目の人は大変でねぇ。夜中に何があったか知らないけど。外の階段から落ちて大怪我しちゃったのよ。1番目の人はもっと大変だったわね。病気になって倒れちゃって、病院に運ばれたのよ。」
芽衣は、あのカゲは1番目の人の怨念ではないのかと考えた。
「大家さん。その1番目の人はどんな方でしたか?」
「そうねぇ。一人暮らしのお年寄りでね、ゴミ捨てのやり方がわからなかったみたいで、部屋の中がゴミ屋敷みたいになっちゃったのよ。倒れたあと長い間放置されてたから、虫が大量に湧いて大変だったの。」
芽衣は確信した。身寄りのない老人が病気で倒れ、孤独死し、遺体は腐るまで放置されてしまった。その恨みで、霊が現れているのだと。
だが、逆にこうも考えた。その老人の霊を供養できれば、これから普通に暮らしていけるはずだと。
「大家さん。その方は、どちらに埋葬されたんですか?」
「埋葬?あらやだ芽衣ちゃん。その方まだ亡くなってないわよ。今は息子さんとお孫さんたちと一緒に暮らしてるらしいわよ。」
そして。家賃が異常に安い理由は、周辺は家賃が高く、学生達が可哀想だからという理由だった。大家に話は聞けたが、カゲが現れる原因はわからないままだった。芽衣は覚悟を決めた。絶対にカゲの正体を突き止め、平穏な生活を取り戻すのだと。
芽衣はカゲを倒すべく、準備をした。インターネットで悪霊退散のお経を調べ、お清めの塩をポケットに入れ、いつも背後に現れるその姿を確認するため、大きめの手鏡を常に持つことにした。
そして夜になり、シャワーを浴びて、夕食の準備をしているときだった。
背後に気配を感じた芽衣。ここで振り向いてしまうと、いつものように消えて逃げられてしまう。手元に置いていた手鏡を持ち、気配がする方へ向ける。そこには人の形をした、真っ黒なカゲが立っていた。照明が当たっているのに全身黒く、顔や手足はない。そして、表面が躍動しているようにも見える。
鏡を隔てての硬直状態がしばらく続いたが、意を決して芽衣は振り向く。すると、カゲが一瞬で四散した。それは、人のカゲなどではなく、一塊になった、数百匹のゴキブリだったのだ。
その後。芽衣はパニック状態になり、殺虫剤と間違えて芳香剤を撒き散らし、ゴキブリたちをちょっといい匂いにしたあと、玄関から脱走。なぜか外まで追ってきたゴキブリに驚いて、階段を転げ落ちてしまうのだった。
コメント
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芽衣さん、結構いい場所、見つけたけど、いきなりミステリー感がでてきて、とても、よかったと思っている