テラーノベル
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なんでこうなったんだろ?
誰か計画性を私にください。
若様語り。
一日中涼ちゃんを観察して分かったことは、今の俺でも記憶にある、俺が出会った当初に抱いた「こいつ大丈夫か」とか「なんだこいつ」っていう印象を根底からひっくり返すくらい音楽に対して真摯で、元貴の楽曲を心から愛し、元貴の求めるものを形にするために死ぬほど努力する人だってことだった。なにより人当たりが良くて誰も傷つけない、底抜けに優しい人だった。
俺が忘れている7年もの間、不安しかなかっただろう休止期間も含めて、ただひたすらに元貴を信じ、置いていかれないように、だけど元貴が取りこぼしてしまったものを拾い上げて、俺が独りになってしまわないように傍にいて、それこそ人生を懸けてMrs.というかけがえのないものを護ってきてくれたんだってことが、痛いほどに分かった。
自由に歌い上げる元貴の息遣いだけでピアノを合わせることがどれだけ難しいか、音楽をやっている自分が分からないわけがない。やっていなくたって分かるか。
そもそもキーボードをやったことがなかった彼が、ここまで弾けるようになること自体がすごいのだ。ずっとギターをやっていても苦戦する旋律を平気で入れてくる元貴の期待や要望に応えることが、どれだけ大変かということを俺は誰よりも知っている。その上、フルートにアコーディオンまで手掛けているし、MVではやたら装飾まみれな衣装をなんのためらいもなく着こなして、髪色も三日に一度くらい変えたこともあるというのだから、そこから見えるプロ意識には敬意を示すべきだ。
たった1日、だけど俺にとっては2,500日以上の価値のある1日だった。
そして、認めるしかなかった。恋愛感情を抱くことは今のところできないけれど、涼ちゃんはMrs.に必要で、元貴にも必要で、きっと俺にも必要だったということを。
夜にやってきた元貴に強制的に夜通し勉強をさせられて、いろんな映像を見る中でそれはもう分かっていたことだけど、実際に目にすると、俺は何を頑なに彼を拒んでいるんだろうか、と疑問に思うくらいだった。
苦手だと頭が思い込んで……、いや、苦手なのは嘘じゃないんだけど、なんというか、俺も単純な男だったようだ。
舞い込んできた信じられない情報に意固地になっていただけのようで、情けなさに自己嫌悪しそうになるくらいだった。
夜中に涼ちゃんが作ってくれたご飯を元貴と食べて、あ、これ好きな味だ、と思った。涼ちゃんは当然のように俺が好きな味付けを知っていて、酷い態度を取る俺の好きなものを作ってくれたのだ。
元貴に、きのこは涼ちゃんが好きなのもあるけど、この料理はお前が好きだって言ったやつなんだよと教えてもらって、胸がグッとなった。子どもの反抗期のような、そんなん頼んでいないっていう反発心が全く湧かないわけじゃないが、大部分は涼ちゃんに対する罪悪感だった。
その後、ライブ映像を観ながら元貴の説明――というよりほぼ藤澤涼架の魅力の解説を聞いていたとき、胸の奥底がじんわりとあたたまって、心にぽっかりと空いた穴が塞がっていくような感覚を覚えた。無くした記憶は戻らないけれど、心が探し求めるピースが嵌まっていくような心地よさがあった。
涼ちゃんのことを嬉々として熱弁する元貴に感じた言いようのない不快感は、病室で涼ちゃんが元貴に抱きついていたときと同じものだったけど、今はまだそれに名前をつけてはいない。
何本目のBlu-rayか分からないが、アトランティスと銘打ったライブ映像の涼ちゃんに予期せず見惚れてしまった俺に、元貴が「もっとちゃんと今の涼ちゃんを見てよ」と言ったのだ。「今のお前にとっては実感はないかもしれないけど、今ある奇跡を慈しんでよ」と。それと同時に「もっと素直になれって」とも言われた。素直になってるから拒否ったんだろと言いたかったが、テレビの中できらきらの笑顔を振り撒く涼ちゃんから目が離せず、時折見せる色っぽい表情に喉を鳴らした俺に、そんなことが言えるはずがなかった。
涼ちゃんのこと美人だなって思ったでしょ、と揶揄うように言われれば、認めたくはないけれど俺の反応なんて手に取るように分かるらしい元貴は高い声で笑い、そのままの流れで記憶がない状態でいきなり色々ぶっ込みすぎたわごめん、と軽い調子で謝った。
ぶっ通しで映像を観て、目は疲れたし寝不足で頭痛も感じていたのになぜか俺も元貴も高揚していた。俺にとっては真新しい情報ばかりなのになぜかしっくりきて、昨日は自分が自分ではない感覚があんなにも不快だったのに、単純なことに今は欠けたものが埋まっていく充足感に変わっていた。
空が白み始めた頃に元貴が、この生活スタイルを1ヶ月は変えるつもりはない、と改めて口にした。
1日でダメになりそうだったんだからすぐにでも別に過ごすかと思いきや、思った以上に長い期間を提示され、なんで1ヶ月? と素直に訊いた。
宝探しの時間をあげるんだよ――そう言って笑って、元貴は真剣な表情を作った。
『俺はね、俺が生きていくために、そうしないと生きていけないから曲を作るけれど、それを表出する場であるMrs.は涼ちゃんと若井を繋ぎ止めるために編み上げた鎖なんだよ。俺とお前と涼ちゃんがやりたいことをして、やりたくないことはやめて、このクソみたいな世界を楽しく一緒に生きるためには絶対的に必要なものなわけ。そこを護るためにお前の事情も考えずに色々ぶっ込んだことは反省してるけど、絶対にお前と涼ちゃんを手放すつもりはないの』
真顔の元貴は少しこわい。昔から飽き性で、割と物であれ人であれ簡単に捨ててしまう元貴は、逆に大切にすると決めたものに対しては異常なほどの執着を見せた。
その執着の中に俺もいることに安堵しながらも、涼ちゃんに向ける親愛を超えた何かには薄寒いものを感じる。
『俺はね若井、涼ちゃんが好きだよ。お前のことも好きだけど、ちょっと種類が違う。お前と……今は違うかもだけど28歳のお前と同じような恋愛感情かと訊かれたらそれもまた違うけど、キスもハグもセックスも、涼ちゃんが求めるなら全然抵抗なくできる。まぁハグはともかくキスは今でもできるし、なんなら俺もしたいかな。あ、言っておくけど今までそういうのはしたことないからね? そこは疑わないでよ? 涼ちゃんが求めてないことは俺もしたくないから』
今の俺からすれば聞いたことのない親友の心境を聞かされて、どうしたらいいかが分からなくて押し黙る。頭の片隅で涼ちゃんと元貴のキスシーンを思い浮かべ、うつくしいひとつの絵みたいだなと思う反面、相変わらずの不快感が襲ってきて、その感情がそのまま表情に出ていたのか、元貴は薄く笑って言う。
『今のお前には酷な話かもしれないけど、28歳の若井のために宝探ししてやってよ。無理して涼ちゃんと仲良くしようとか思わなくてもいいけど、1ヶ月間だけ、7年後の若井のために動いてやってくんない? 1ヶ月後に何も変わらなければ同居を解消していいし、別れたっていい。答えは7月8日に訊くよ』
勝手にお前が決めるなよ、と未来の俺が言っている気がするが、それよりも具体的な数字に引っ掛かりを覚える。
なぜその日なのか。俺自身の記憶が確かなら、その日はデビューした記念日だ。忘れもしない、大切な日だ。節目の日だからとでもいうのだろうか。
その疑問には答えてはもらえず、元貴はまっすぐに俺を見て続けた。
『その日を超えてお前が涼ちゃんと別れを選んだんなら、そのときは俺が涼ちゃんをもらうから、そのつもりでいて。記憶が戻ろうが戻らまいが、涼ちゃんと別れようがお前は俺の親友で、Mrs.のギタリストだから。そこは何も変わらないし変えてやらない』
後半は願ったりな宣言だからありがたく頂戴するとして、前半は俺の許可じゃなくて涼ちゃんの意思なんじゃないのかと思う。
数日前の俺なら、今すぐにでももらってくれよ、なんて最低な発言をしただろうけれど、今の涼ちゃんをしっかりと頭に叩き込んだ今、その言葉は喉を支えて出てこなかった。
『若井の感情は若井だけのものだから。素直になって、フラットに涼ちゃんと向き合ってみな。お前が思う以上にやさしくて、真面目なポンコツだからさ』
褒めてるのか貶してるのか分からない言葉で締め括り、眠気覚ましにシャワー浴びてくるとバスルームに消えていった。
1ヶ月。1ヶ月間だけ、素直に涼ちゃんと向き合う。俺の知らない7年間分の軌跡という宝を探すために。
それはそんなに難しい話じゃなさそうだった。どんな結論を出しても元貴が受け入れてくれるというし、俺が抱いている涼ちゃんへの苦手意識はスパルタ指導のおかげでほとんど薄らいだ。
まずは会ったとき、俺の愚行をちゃんと謝罪しよう。
そして朝、車に乗り込んだ涼ちゃんは俺に視線を向けるも当然のように元貴の横に座った。元貴と何かを話した後、元貴が涼ちゃんに頭を預けて眠り始めた。
……ふぅん、おもしろくない。
随分と身勝手な話だが、涼ちゃんのことを拒絶しておきながら、涼ちゃんが自分を向いていないことに不満を抱いた。あぁいいよ、認めてやる。
これは嫉妬だ。間違いなく俺は嫉妬している。親友の座を取られたから? いやちがう。俺の恋人だという人が、俺以外と仲睦まじい姿を見せるからだ。
元貴の涼ちゃんへの愛情を聞かされた今、応えてやれないくせに独占したいという最低な考えに支配された。
だからわざと耳元で囁くと、こちらを振り向いてすぐに背けた。可愛らしい反応に目を細める。
とられそうになって初めて涼ちゃんへの感情に気づくなんて、俺もまだまだ青臭い証拠だ。
帰宅してかいつまんでその話をしたら、涼ちゃんはそっか、と笑った。謝罪にも笑顔で応じてくれた。俺の作ったご飯を美味しいと食べてくれた。
その笑顔に安心して、1ヶ月間よろしくと手を差し出すと、涼ちゃんが俺の手を握った。びっくりするくらい冷たい手だった。
翌日涼ちゃんは元貴とテレビ収録があると言って朝早くに出て行った。俺は自宅で安静ということになっていて、その間に現在リリースしている曲を一通り弾けるようにしろと元貴から鬼のような宿題を出された。
部屋に籠ってギターの練習をしながら1日を過ごし、仕事から帰ってきた涼ちゃんとご飯を食べる。ご飯はローテーションで作ろうと言ってくれたけど、家にいる俺が作る方が効率がいいと言って基本的に俺が作った。どんなときも美味しいねと言ってくれる涼ちゃんに、こういうところが良かったのかなとぼんやりと思った。それから順番にお風呂に入り、仕事の話を少しして、それぞれ部屋に戻って眠りについた。
そんな同居生活が1週間経つ頃には俺の涼ちゃんへの態度はだいぶ改善され、涼ちゃんもバンドメンバーに接するように至って普通に接してくれた。俺じゃない俺を探すような目もしなくなって、戻る気配のない俺のことを受け入れてくれたようだった。よそよそしさも無くなって、本当の意味で仲良くなれたんじゃないかと、荒療治だったけれど必要なことだったなと、元貴に少しだけ感謝をする。
宝探しは全く進まないが、これはこれでありなんじゃないかなって思うくらいには、うまく進んでいた。
退院してから10日が過ぎた頃、そろそろスタジオで合わせ練習するかと俺もスタジオに呼ばれた。完璧とまではいかないけれど、楽曲を弾くことはできるようになっていたから、サポートメンバーもスタッフも安心したように笑っていた。
ただ、元貴の求める域までは達していないようで、難しい顔をしていたが、まぁこれはおいおいだね、と一応及第点をもらうことができた。涼ちゃんもよかったね、と笑ってくれた。
個人の仕事はまだだけれど、三人でパーソナリティーを務めるラジオにも復帰し、事情を知る近しい事務所の人間を除けば、ファンのみんなや芸能関係者にも記憶がないと気づかれないまま2週間が経とうとしたとき、問題が発生した。
「涼ちゃん、そこずれてる」
レコーディングに臨む涼ちゃんの調子が悪く、元貴から何度もストップを喰らったのだ。
謝った涼ちゃんが再びレクに挑むが、プロデューサーである元貴が納得するものにはならないようで、三度目のレクを止めて、
「……ちょっと休憩しようか。30分後に再開で」
と打ち切った。ごめんなさい、と涼ちゃんが頭を下げて、気合い入れ直してくる、とスタジオを出た。元気のない様子に多少心配になるが、彼もプロだ、なんとかするだろう。
気付くとスタジオ内に元貴の姿も見えず、どこに行ったのだろうと探しにいく。階段にもトイレにもいなくて、帰るわけがないからコンビニでも行ったのだろうかと戻ろうとすると、奥まった部屋の扉が少しだけ開いていた。元貴の後ろ姿が見えて、声をかけようと一歩を踏み出して止まる。
「眠れないの?」
元貴の声だ。電話ではないだろうから、中にもう一人いるようだ。
「……ごめん」
震える涼ちゃんの声に、どこかで察していたけれど涼ちゃんだと確信を得て動けなくなった。
謝って欲しいわけじゃない、と元貴が不安げな声を出す。
「……若井が練習に参加できるようになって嬉しいよ。これがMrs.だって思う。元気になって良かったし、俺への感情も悪いものが減ったなって感じてる」
「だね、だいぶ前みたくなってきたんじゃない?」
涼ちゃんの言葉に、元貴の声に安堵が滲んだ。
「そうだね……うれしいんだよ、ほんとうだよ?」
「……涼ちゃん?」
「うれしい、のに……、さみしくて、こわくて、たまらない……ッ」
吐き出された言葉に呼吸ができなくなった。
「求めちゃダメだって分かってる! 期待しちゃダメだって分かってる! 滉斗が戻ってこなくても、若井が若井としてしあわせになれるよう、祈らなきゃダメだって分かってる! 俺のことを忘れたままでいいから、ずっと一緒に音楽をやれたらいいって、それがいちばんいいって分かってる!」
姿は見えなくても、涼ちゃんがぼろぼろと泣いている姿を思い浮かべることができた。
「朝が来るたびにあと何日、あとどれだけ、俺は若井の傍にいられるんだろうって考える! 1ヶ月経てば若井を解放してあげられるのに、そうしてあげるべき、なのに……ッ、朝がくるのが、こわい……ッ」
元貴の背中が見えなくなって、元貴が涼ちゃんを抱き締めたことを知る。
「わかいに、しあわせになって、ほしいのに……ッ」
俺の心臓が激しく脈打ち、頭を強く殴られたような痛みが走る。
どこまでも俺のしあわせを願ってくれる涼ちゃんの声を聞いて、俺の浅はかさに吐き気がした。
このままでいい? うまくやれてる?
――どこかだよ。ぜんぶ、ぜんぶ、涼ちゃんのおかげじゃないか!
涼ちゃんの好意に甘えてそれを独占して、涼ちゃんは俺が好きなんだと驕って、何事もないように接する俺に、涼ちゃんはひたすらに愛を注いでくれていたのに。
奥歯を噛み締めて踵を返して走り出した。
なんとしても俺の無くした記憶を取り戻さなくてはならない。
俺の大切な宝物を元貴にとられないためにも、俺の大切な宝物に心からの笑顔を向けてもらうためにも。
嘆きつつ独り寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る(右大将道綱母)
続。
頭の中は23歳と青臭い若様ということでだいぶ自分勝手だし単純。
言わないと伝わらないこと、たくさんありますよね。
コメント
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もう、最後の💛ちゃんの言葉に涙涙涙です🥲 3人とも、違う形でお互い想い合ってる優しい世界なのに、重ならないとこが、もどかしくて、切なくて、最高に好きです🫶←書いてて、まぁまぁヤバい奴だなと思いつつも、すみません🙏 それぐらい、このお話が大好きと伝えたかったんです🫶🫶🫶笑
私…💙様の嫌悪感から冷たくする姿とか無意識嫉妬とか💛ちゃんの思い悩む姿とか見たくてお願いしたんです。だから本当に素晴らしくてありがとうございます✨なのに💛ちゃんがこんなに泣き叫んでるところを読むとなんかごめんなさいという気持ちになりました😭本当にお話の作り方がスゴいです!魔王は優しいしカッコイイですね☺️今回は魔王というかもとぅーきーですね笑 魔王復活も見たいような💙様取り戻せ!のような気持ちです😏
おっと...!若井さん...!! 藤澤さんも大森さんも色んな意味で悲しいし、若井さんは頑張らないとだし。多分何回も言ってるんですけど終わりがどうなるのかすんげえ気になりますね、このお話。😆 更新ありがとうございます!!!