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「スマイル君?」
「うえっ…!は、はい……?」
「ふふっ…今日はずっとぼーっとしてるわね?」
「………。」
「さっきも出席簿見てたみたいだしね。…3年生の…2組のね。」
「み、見てたんですか…!?」
「ええ。…あの子のことかしら?」
「…今日…休みですよね。」
卓上の出席簿をめくる。開いたページは”3年1組”のページ。一行だけチェックがほとんどついていない欄。そこにある名前は言わずとも分かるだろう。僅かに視線を逸らしもう一ページをめくった。
視線を戻し、先ほど確認した場所を思い出しながら視線を下げる。…あった。今日の日付のみチェックがついていない。
「…そうね。気になるの?」
「……」
答えると言う選択肢は無いように思う。あまり話す意味はない。黙れば先生は追求してこないだろう。だからこそ俺はここにいるのだろう。
「…また来るって……言ったくせにな…。」
次の言葉を飲み込む。期待も信用もとっくのとうに捨てたのだ。…”また”なら……?
…別にいいか。俺の時間なんて価値のない代物だ。待つつもりなんてなくても結局は待つことになってしまうんだ。
「…Broooock。」
ふとした何気ない呟きと共に開かれる扉。あまりにも耳に悪い音量に思わず眉をひそめる。
「今…なん…て……。」
そう口にしたのは黒髪ストレート。ふわっとした軽い髪が彼の好青年ぶりを表すようだ。学校指定のクソダサジャージ青を着ている。中の体操着が酷く汚れていた。
「君は…Broooockを…!」
「落ち着いて?」
ふわっとした先生の声。俺もはっとして答える。
「…ここは保健室だ。用があるならそこに座ってクラスと名前、来た理由を書け。」
ハッとした顔のそいつは椅子に座った途端軽く顔をしかめた。すぐ表情を戻し文字を記入していく。
「あ…すみません。誤字っちゃって消しゴムないんですけどありますか?」
「あ!ごめんなさい…持ってくるわね。」
爽やかすぎる笑顔を受けた先生が部屋の奥へ走り去っていく。
「…膝か。怪我は。」
そいつが目を見開きこちらを見る。痛いなら隠す必要なんてないのに。
「なんで…分かったんだ?」
…当たりか。
ふぅっと息をつき一言こぼす。
「…別に。」
短い沈黙をかき消す足音。
「ごめんね。消しゴムどうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
今度は逆方向の笑顔のプレゼント。少し時間をかけ書き終わった用紙を先生が確認する。
消毒、ガーゼなどと呟きまたもや部屋の奥へ。
落ち着いたらしきそいつが口を開く。
「Broooockを知っているのか…?」
「ああ。」
「えーっと…えー…1組の……」
「スマイルと呼べ。」
一瞬目を開き、元の顔に戻す。…気付いたのか。いや。察していたのだろう。最初から。
「スマイル。Broooockを知っているのか?」
「だからこうして喋っているだろう?」
「…あ、そっか。昨日早退したから…Broooockと話したのか。」
目の前で軽く俯かれる。忘れていたのか手を下に下ろし、膝を擦る。共に軽い悲鳴が溢れていた。
俺がどうにかできるものではない。だから俺が話すことは体調の話じゃない。
「…聞きたいことはそれだけなのか?」
「…!……っ…Broooockはどうして今日来てないんだ…?」
「それは分からない。昨日は来るみたいなことを言っていたがな。」
「そうか、昨日………昨日Broooockはどうだった…?」
「特に大したことは話さなかったな。」
ちょっと落ち込んだ顔のきんとき。思わず溜息をついてしまいそうになりながら仕方なく言ってやる。
「ただ…『分かってるの?僕の悩み』と聞いてきたがな。」
「っ………。」
…ああ。やっぱりこいつか。最初の反応からなんとなく分かっていたけれど。Broooockをここに来させたのは。
「…どうしてBroooockを傷つけたんだ?」
返答はない。
「…俺はお前らに何があったかなんて知らない。お前の事情なんて知らない。
俺が知っているのはBroooockが涙を流しそうになりながら早退を求めてきたこと。お前が何かをしたであろうこと。それだけだ。」
…今日は喋りすぎだな。
「…仕方ない…仕方ないだろ…!だってっ…だってッ……。」
なんだ。結局そんなもんか。
「自分が一番可哀想だよな。そうか。」
「っあ……。」
もう遅い。
「もう俺から話せることはない。」
席を立ち扉を開く。
「どこに行くんだよ…?」
「…図書館。新刊を借りに行くだけだ。」
返事があったのか無かったのか。そのまま場から立ち去った。