テラーノベル
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藍月
大森視点
「……っあ、ねぇ、涼ちゃん、お願い……っ」
首筋に落とされる熱いキスを避けようと、俺は震える声で必死に訴えかけた。
心臓の音がうるさすぎて、外の物音が聞こえなくなっていくのが怖い。このままここで最後までなんて、絶対避けなければ。
「帰ったら……っ。家まで、我慢してくれたら……あとは、涼ちゃんの好きにしていいから。全部、受け入れるから……。だから、今はお願い……」
仕事はちゃんとしたい。
俺の必死な表情を、涼ちゃんはじっと見つめていた。その瞳の奥にある暗い熱に、射抜かれたような感覚になる。
沈黙が数秒——それが永遠のようにも感じられた。
すると、涼ちゃんはふっと表情を緩め、あんなに強引だった手の力を、意外なほどあっさりと抜いた。
「……そっか、そうだよね、元貴の言う通りだ」
彼はいつもの、穏やかで優しい「涼ちゃん」の笑顔で僕を見た。
あまりにすんなり解放されたことに、俺のほうが拍子抜けして、壁に背を預けたまま力なく座り込みそうになる。
涼ちゃんは乱れた俺の服を、丁寧に整えてくれた。
その指先がわざとらしく指先で鎖骨をなぞったとき、俺はびくっと肩を震わせる。
「……涼ちゃん?」
「うん?」
彼は俺の頬に手を添え、優しく親指で唇をなぞる。
その手つきは慈しみに満ちているけれど、向けられた瞳だけは、さっきまでの嫉妬を隠そうともしていない。
「元貴、自分の言葉には責任持とうね」
クスクスと、本当に楽しそうに笑いながら、彼は俺の耳元に唇を寄せた。
「家に着いたら、指一本動かせないくらい可愛がってあげる。……覚悟しておいてね?」
その言葉に、背筋がゾクゾクとするような戦慄が走った。
すんなり解放してくれたのは、優しさなんかじゃない。逃げ場のない空間で、より深いところまで俺を追い詰めるための「猶予」を与えただけなんだ。
「……っ」
返事もできずに立ち尽くす俺の頭を、彼は一度だけ優しく撫でると、何事もなかったかのように扉の鍵を開けた。
「さ、行こうか。みんな待ってる」
涼ちゃんの背中を追いながら、俺は自分のしでかした約束の重さに、今さらながら後悔と、それ以上の、自分でも制御できない期待に身体を熱くしていた。
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