「ノア、ありがとうございます。とても心強いです。わたしはお兄様と過ごしたのは12歳までで、大聖堂に入ってからは1か月に1度の面会日には必ず会いに来てくれていたのですが別々の生活でした。だから、お兄様のことについてはほとんどわかりません。このようにお兄様の姿になって初めてお兄様の生活や周りの人々を知ることができました。短い時間ですがよろしくお願いします」
ノアが一瞬、悲しい顔をした。
「短い時間なんて言うな。レオンが生き返ったら、レオンとアグネスと俺と3人で…3人で食事をしたり、出かけたりしよう。兄妹で失った時間を取り戻したら良い。それに…」
なにかを言いかけてノアは押し黙った。
出来るなら、わたしもそうしたい。でも、きっとその頃にはわたしは天に召されている。
生き返ることができるのはお兄様だけ。
でも、ノアには秘密にしておこう。きっと彼は優しい人だから悲しんでしまうし、彼にアグネスの行く末を教える必要はない。
「そうね。お店で食事をしたり、いろいろなところに行ってみたいです。ずっと山奥の大聖堂で暮らしていたから、そういうのにとっても憧れていたのです。だから、今日は初めて酒場に行って、初めてお酒を飲んですごく楽しかった。お酒をたくさん飲むとあんなにいい気分になるんですね」
楽しかった時間が思い出されて、頬が緩む。
「それにしても「今日のレオン」は飲みすぎだ。いつものレオンはビールは苦いと言って、葡萄酒しか飲まないんだ」
ノアが少しだけ怒っているのか眉間にシワを寄せた。
「お兄様は葡萄酒がお好きなのね。お兄様のことをひとつひとつ知れてうれしいです。飲みすぎたのは酒場で皆さんにお兄様の願いを聞いたらどなたかが「酒と女をたらふく」とおっしゃっていたので、まずは酒を試そうとがんばってみたからですよ。でもそれはお兄様の願いとは違ったようですね。なので、次は「女をたらふく」をしたいのですが、ノアに協力をお願いしても良いですか?」
「…女をたらふくなあ…」
ノアがとんでもなく呆れた顔をしている。
「女をたらふくの方法がわからなくて」
「一生、わからなくて良い」
ギロリとノアにひと睨みされた。なぜ、睨まれるのかわけがわからない。
「ところでレオンには婚約者がいるが、アグネスは知らないのか?」
「えっ?婚約者が!知らなかったです!お兄様に婚約者がおられるのですね!初耳です。それでは「女はたらふく」はしないほうが良いということですね?」
ノアが激しく首を縦に振り頷き、また睨む。ボソッと「しつこい」と言われた。
お兄様に婚約者がおられたなんて、寝耳に水だ。
でもお兄様がわたしに話さなかったのはなんとなく理由がわかる。普通の女の子のような暮らしを願うわたしにお兄様は自身だけが幸せになることを言い出しにくかったに違いない。きっとわたしを気遣われたのだ。
お兄様には好きな人と幸せになってほしいのに。わたしは少しも気にしないし、むしろその幸せな姿のお兄様をみたい。
「勘違いするな。レオンは政略結婚だ。前侯爵が2年前にお亡くなりになって、嫡男の彼が侯爵家を守るためにも後ろ盾を得るために婚約をしたんだ」
一瞬、息をのんだ。そんな大事なことは聞いたことがなかった。
お兄様はひとりで家を守り、わたしに心配をさせないために、自分の意思を犠牲にして婚約をされたのね。
「そうだったんですね。ノアはお相手の方がどんな方かご存じですか?」
ノアが少し目を泳がせた。そんな言いにくい人なの?
「知っている。強い方だ」
ん?可愛い人とか綺麗な人とかではなく、強い?
「例えば、お兄様の願いはその方と幸せな結婚とかではないですか?」
ため息を吐くように、ノアが深い深呼吸をした。
「俺の知る限り、レオンは婚約者と喧嘩中だ」
なんということなの。喧嘩中とは…
「では、お兄様の願いはその方と仲直りすることであるかも知れないのですね」
「その可能性は否定できない。先日もどうしたら良いかを俺に相談してきた」
「ノアに?」
思わず夜中であることを忘れて、素っ頓狂な声をあげてしまい、慌てて口をふさぐ。
「なにか?」
「あ、いえ。そのノアは恋愛経験は豊富なのですか?だからその…お兄様がアドバイスを求めるほどに」
不良っぽいノアは人を寄せつける雰囲気はない。ましてや女性なんて。寄ってくるのは強面の男性のひととかが似合いそうだけど。
「俺が恋愛経験豊富だなんてある訳ないだろう。俺の好きな人はずっとひとりだけだ」
「えっ?意外ですね。でもノアに好きな人がいるのですね」
恋バナとかをしたことがないわたしは目を爛爛とさせてしまう。
「俺のことはいいんだよ。いまはレオンのことだ」
「そうですね。ノアの都合が良ければ、今日のお休みにお兄様の婚約者の方に会いにいきませんか?」
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