「…あら、起きていたんですね」
「…………、」
ルリが寝床に顔を出したため、返事を返そうとしたが、声が出ない事に気が付く。
「無理なさらず。休んでいてください」
肺炎に関してはルリの方が患っていた期間が長い。
延命の方法なら心得ているだろう。
「………………」
「……ぉ、い……」
酷く掠れてはいたが、ルリには聞こえたようだ。
顔を覗き込まれる。
「…なに、しにきた…」
特に何もせずに傍に座られては、落ち着かない。
嫌ではないのだが、どこか居心地が悪いような気がする。
「……諦めてはいけませんよ」
「………、ありえねぇ、だろ」
千空が、生きることを諦めるはずがない。
まだ、やらなければならない事がたくさんあるのだから。
だが、ルリは不安だったのだろう。
日に日に衰弱していく千空を見て、心配しないはずがない。
クロムたちもそうだ。
だからこそ、必死にサルファ剤を作っているのだ。
本当は千空の傍にずっとついていたいのを我慢し、作業にあたっている。
「もう少しです。もう少しで、薬が出来ますから…」
「……あぁ…」
薬の完成まで、あと僅か。
それなら、千空の体力ももつだろう。
……そう、思っていた。
「はぁっ…はっ……げほッ!げほごほッ!!」
「千空…!!」
スイカが泣きながら千空に縋り付く。
夜になり、病状が悪化したのだ。
漢方の効果を跳ね除けてしまうほど酷い高熱に、止まらない咳。
千空は今、サルファ剤が完成する直前のルリと同じように、死の淵に立っているのだ。
「……ッ、」
ゲンは何も出来ない自分を呪った。
サルファ剤が出来るまで、あとほんの僅か。
実をいうと、作る工程自体は完了しているのだ。
だが、出来上がるまで待つ必要がある。
早く、はやくと願う。
「ゲホッ…!げほげほッ!!…がふッ!!」
「………!!!」
ヒュッ、と息を呑む。
激しく咳き込んだと思うと、口から赤い液体を吐き出したのだ。
苦しげに呼吸を繰り返す千空の手を祈るように握る。
千空の呼吸が、鼓動が、その動きを止めてしまう前に、はやく。
「ーー出来た!!!」
暗闇の中に、光が差したような感覚を覚える。
「出来たぞ!!サルファ剤!!!」
クロムが出来上がったばかりのサルファ剤を手に、駆け込んできた。
「!!でははやく、千空に…!!」
ルリがそう言ってから、顔色を無くした。
クロムも固まっている。
「何してんの!?早くーー」
「どうやって呑ませんだ…!?」
「!」
今、千空の意識はない。
意識がないまま、薬を、それも粉を呑ませるなど不可能だ。
例え水に混ぜたとしても、呑み込む事が出来なければ意味がない。
「水持ってきて!!」
ゲンが叫ぶように言う。
「わ、分かった!!」
しばらく固まっていたコハクが駆け出し、数秒で戻ってくる。
「水だ!」
ゲンは水を受け取ると、すぐさまサルファ剤を水に溶かす。
「!?なにを…」
ルリが目を見開く。
ゲンがサルファ剤を溶かした水を、自らの口に含んだのだ。
ーーそしてそのまま身を屈め、千空に口付けた。
「!!?」
ビシリと空気が凍り付く。
が、千空の喉がこくりと上下した事により空気が弛緩した。
「呑み込んだ…!!」
これで、サルファ剤が肺炎連鎖球菌を退治してくれるだろう。
完全に治るまではしばらく辛いかもしれないが、後は治るだけだ。
「それにしても、あんな呑ませ方があったのだな!」
数日後、千空の熱が微熱程度に下がり、呼吸も穏やかになった頃、コハクが言った。
「オウ、ゲンはすげぇな!!」
「でっしょー?咄嗟に思い付いちゃってさぁ……」
熱が下がるまでは油断が出来なかったため、考えてこなかったのだが。
ーーー、あーーーーッ!!!!オレ、千空ちゃんとキっ……キスしちゃった!!!!やわらか……いやいや、落ち着けあさぎりゲン…あれはれっきとした医療行為だ…深い意味も他意もない……柔らか……ああしないと千空ちゃんが危なかったんだから……柔らかかったな……、
いつも通りの態度を心掛けてはいるが、脳内はこの有様である。
それどころか、気を抜くと千空の唇に目が行く始末だ。
ゲンにとってはキスなど大したものではなかったはずだ。
今まで、どんな女子相手でもこんなに心乱される事はなかった。
それなのに何だ、これは。
千空はどう見ても男だ。
華奢ではあるが女には見えない。
身体が女子のように柔らかいわけでもない。
男の、少年の硬い身体だ。
それでも、唇はあんなにも柔らかい。
それだけで、心臓が破裂しそうなほどに脈打っている。
ーーーゲンーーー
呼ばれ慣れた名前も、千空に呼ばれると特別に輝いているように感じる。
…マッドサイエンティストのように見せかけて、本当は誰よりも優しいこの子を、持てる力すべてを使って甘やかしてやろう、と思う。
他の誰でもダメだ、その役目は、千空の隣に立つ役目は、自分でなくてはダメなのだと、独占欲まで感じている事に驚く。
「………ん?」
ふと気付く。
今、名前を呼ばれなかったか?
目線を下げる。
……赤と、目が合った。
「ーーーっ千空ちゃん…!!!」
思わず寝たままの千空の両肩を掴んでしまう。
「…いってぇ」
「!!あ、ご、ごめん!!」
慌てて手を離す。
「…ずいぶん迷惑、かけたみてぇだな」
「…迷惑なんかじゃないよ。オレも、村のみんなも、迷惑だなんて誰も思ってないんだからさ」
ゲンはそう言って笑った。
ともかく、千空の意識が戻った事をみんなに伝えてやらねばならないだろう。
みんな、心配しているだろうから。
「せんくーーーッ!!!!」
「うお…ッ!!」
千空に飛び付いたのはスイカだ。
渾身の力を込め、ぎゅうっと抱き着く。
千空の右手が一瞬迷い、スイカの背に置かれた。
「よかった…本当によかった…!!」
左手を握り、心底安堵した声を出すコハク。
「千空、もう大丈夫か!?苦しくねぇか!?」
顔を覗き込み、あれこれと気遣うクロム。
近くに寄りたいが千空の周りはすでにコハクたちに占領されているため、近付けない銀狼を含む村人たち。
「…あ”ー…心配かけたな…もう大丈夫だ」
起き上がる体力こそないが、抱き着いたまま泣きじゃくるスイカの背を撫でながら言う。
その声は、病に臥せる前の、生命力に満ちた力強い声だった。
「千空大丈夫か!?疲れてねぇか!?」
「少しでも辛かったらすぐに言うのだぞ!?」
「あ”ーうるせえ!大丈夫だっつってんだろ!」
それからというもの、村人たちが度の過ぎた過保護になり、何をするにもついて回るようになったのだった。
コメント
2件
いつもコメントしてくれてありがとう!。 自分でも書いてる時奮闘してた リクエスト作品いま書き中だからちょっと待ってね
最初のルリちゃんと千空のやり取りも好きだし、なによりゲンが千空に口移しで薬を飲ませたのぶっ刺さりました…✨️🫠薬を飲ませるためではあるけど、キスをしたという事実で脳内で取り乱してるゲン最高すぎました!!😇あと千空が治ってからのみんなの過保護具合が千空が愛されてるって再認識できてすごくいいです…💕✨長文失礼しました🙇♂️