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次の日、身体を揺すられて目が覚める。普段ならこの程度では起きないのだが、昨夜のジヨンの様子が気になってたせいだろう、すっと意識が浮上した。
「ん…、」
「うそ、ヒョンがもう起きた…っ!?」
「………るさいな」
目を擦りながら身体を起こす。部屋の電気が眩しい。
「ねー見てよヒョン〜」
「ん?…って、ぇ」
ジヨンの方を見ると、とんでもない寝癖があちらこちらでぴょこぴょこ跳ねていた。
「髪の毛すごい爆発してるんだけど…」
「く、はははっ!なんだそれ!芸術作品みたいになってるぞ!」
「そ、そんな笑わなくても…」
「昨日髪濡れたまま寝るからだよ」
「む〜最悪〜」
そう言いながら洗面台に向かう彼の背中を見つめる。昨夜のことがなかったように、ジヨンはいつも通りのジヨンに戻っていた。なにがあったか、聞くタイミングを逃す。
(……どうしたもんか)
まあ、話したくなったら話すだろう。話したくないことならば聞いたところで意味がない。待つことにしよう。
あれから3日経っても、ジヨンからあの日のことを話されることはなかった。今まで通りのまま、いつも俺と共に過ごしている。
それでも、時々ふとした瞬間に、ボーッとどこかを見つめているときがあった。なにかを逡巡しているような、それでいて苦しそうな、だけど全てを諦めているような。上手く言い表せない顔。そんなジヨンを見るのは、なんとなく嫌だった。
そんな、とき。
「スンヒョンヒョン、」
「ん?」
ジヨンがトイレに行ってる間に、ドンスが声をかけてきた。
「学長が、お呼びです」
「……俺のこと?」
「はい。ついにデビューの話かもですね」
そう言われたが、いまいちピンと来なかった。あの夜のジヨンが頭を過ぎる。
「…あの、」
「なんだ?」
「……あれから、ジヨンヒョンはなにも言ってきてないんですか?」
探るような目で言われた。彼も、いい話であればすぐに報告があると思っていたのだろう。ジヨンのことだから、笑顔で伝えてくると思っていたのに、なにも言ってこないことを不思議に感じているのかもしれない。
「……いや、なにも」
「…そうですか」
ドンスが目を伏せる。俺はふっと笑ってから、安心させるように彼の頭を撫でた。
「まあ大丈夫だろ、そのうち話してくるさ」
“大丈夫”
それは、自分に向けての言葉だったのかもしれない。
「…はい」
「じゃあ行ってくるな」
なんとなく、ジヨンが戻る前に行こうと思い、俺はレッスン場を離れた。
「失礼します」
ノックをしてドアを開ける。中には学長のみならず、副学長とダンスの講師まで揃っていた。みな表情が固く、なんだか変に緊張した。
「…話、とは」
「とりあえず座って」
そう促されソファに腰かける。おしりのあたりがぞわぞわして落ち着かない。
「早速本題なんだが…」
「……」
「……ジヨンの、ことについて」
そうだろうな、と思っていたから驚かなかった。
「いつも一緒にいる君のことだから…数日前、ジヨンが呼ばれたことは知ってるね?」
「はい」
「スンヒョンも察してる通り、彼のデビューの話だ。ヒョジョンたちも所属してる、ここ出身の人たちが数多くいる事務所から、ジヨンに声がかかってね。あの日は事務所の副社長もいらしてた」
「……」
「ジヨンはいつかこの国のみならず世界に向けて活躍していきたいとよく言っている。あの事務所で、今アメリカなどで活躍してる人もたくさんいる。だから、ジヨンにはぴったりの話だったんだが…」
学長がゆっくりとお茶を啜った。時計の針の音がやけに大きく聞こえる。
「……事務所の希望は、ジヨンの「ソロ」でのデビューと契約で…」
「……ソロ」
「ああ。それを聞いた途端……ジヨンは、難色を示してね」
「……」
「君と…スンヒョンと2人でデビューしたい、と。そうじゃなければこの話はなしにしたいと言ったんだ」
無意識に力んでいた肩の力が抜けていった。
………ばかだなあ、あいつ。
「僕たちとしてはそれは勿体ないと説得したんだが…どうしても首を縦に振らなくて。よく考えて、一週間後にもう一度答えを聞かせて欲しいと伝えたんだ」
「…………つまり、」
なんとなく、俺が今呼ばれた理由がわかった気がした。
「俺から、説得しろ…ということでしょうか?」
3人の顔が気まずそうに歪む。それが答えだろう。
「……実は君にもいくつかデビューの話がきてる。違う事務所だが、ほしいと熱望しているところがあるんだ」
暗に、ジヨンとは別々の道に進めと言っている。そして、そうするように彼を導けとも。
「…………わかりました」
「……すまない」
なにに対しての謝罪だかよくわからなかった。不思議と、悲しくはない。ジヨンのために、彼の背中を押す役目だと思えば。
俺は立ち上がって深々と頭を下げると、学長室を後にした。
『…………ごめん、今日はなにも聞かないで、なにも言わないで……このままで、いさせて』
『……俺…、俺………………どうしたらいいか、わかんない』
「………ふはっ」
廊下を歩きながら、1人笑ってしまった。
ばかだなあ、あいつ。こんなことで悩んでたのかよ。こんなチャンス、中々ないだろ。お前がこのために、どれだけ努力をしてきたか。俺が一番わかってる。夢を叶えるためだって、お前言ってたのに。それなのに、自らこのチャンスを手放そうとしてるなんて、ほんとばかだよ。
「………俺なんかの、ために」
俺なんかのために、迷ってんじゃねーよ。
「あ、ヒョンいた!どこ行ってたの?」
角からひょっこり現れたジヨンは、俺を見つけた途端走ってきた。全く、どんだけ俺がいないとだめなんだよ。これから先は、俺がいなくても一人で頑張っていかなきゃならないのに、なんてな。
「ああちょっと……なあ、」
「ん?」
「話がある。風呂が終わったら、部屋で」
ジヨンは少し驚いたような顔をしたあと、ゆっくりと頷いた。苦しそうな、諦めているような、それでいて全てを悟ったような、そんな顔で。
「……今、なんて、?」
ジヨンの震えた声が口から零れた。揺れる瞳がなんだか痛々しい。
「だから、この前の話。ソロデビューで声かけられたんだろ?」
「……うん」
「なに迷ってんだ。チャンスだろ」
彼はサッと目を逸らして黙り込んだ。
「……」
「………行けよ、俺のことなんか考えてないで」
「……なんかって、そんなこと言わないでよ。俺はずっと、ヒョンとデビューしたくて…」
「……んだよ、同情か?」
「ち、ちがうよ!ほんとうに、ヒョンと2人が良くて、だから、」
唇を噛み締める。頭に血が上った。どうにか説得しようと思っていたが、どうにも無理らしい。こいつの意思は固くて、いつもそう。変なところで頑固だ。
だったらもう、いっそ。
「……っは、ははは」
「…ヒョン、?」
「あーあ。ほんとさ、どこまでばかなんだよ、お前」
「え…、」
「なんのために今まで頑張ってきたんだよ。俺と2人で?笑わせんな。そんな夢みたいなこと、まだ言ってんのか」
「……」
「……しつけーんだよ」
「ぇ…、?」
「この際だからはっきり言うけど、俺は一人で頑張ってくつもりだった、この先もずっと。お前が2人でってしつこいから話合わせてただけで、お前とやってくつもりなんて最初からなかった」
「っ、」
「やれるだろ、お互いがいなくても。別に1人でさ」
ジヨンの眉がぐっと上がる。そしてそのまま勢いよく俺の胸ぐらを掴んだ。
「……離せよ」
「ねぇ、それ本気で言ってる…、?」
「………ああ」
「今まで一緒に頑張ってきたことも、一緒にデビューしようって、あんなに、語り合ったことも…全部、嘘だったの…?」
「……」
「ヒョンは………俺のこと、もう…いらないって、こと?」
ギューッと胸が締め付けられる。苦しくて、つらくて、全部投げ出して逃げたくなった。
彼の背中を押す役目だと思えば悲しくなんてない、なんて嘘っぱちだ。本当は俺だってお前と一緒にいたい。お前の隣は俺がいいし、俺の隣はお前がいい。これから先も、ずっと。一人で頑張っていくつもりだったなんて、そんなわけない。ずっとジヨンと同じ気持ちだった。今までも、今も、多分これからも。
でもそれを伝えたら、ジヨンが迷ってしまう。俺のせいで、せっかくのチャンスを逃してしまう。そんなの嫌だ。
「………俺は、」
俺はお前の足枷になりたくない。
「……俺は、もうお前とは一緒にいられない」
ジヨンの顔がゆっくりと歪んでいく。あの夜のように、今にも泣き出しそうだった。
胸ぐらを掴んでいた手がバッと離れる。彼がふっと小さく笑った。口角が震えるその様は、全然上手く笑えてないけど。
「………最低だよ、ヒョン」
そう吐き捨てて立ち上がると、静かに部屋を出て行った。
ベッドに転がったまま天井を見つめる。ジヨンがいなくなった部屋はあまりにも広くて、音も匂いも温もりもなにもかも全部なくなった。
「……静かすぎだろ」
思わず呟く。無意識に隣を見てしまう。誰もいないのに。
俺がジヨンを突き放した次の日、彼は保留にしていた答えに”Yes”を出した。最初からそうなるようにできていたかのように、そこから話はトントン拍子に進んだ。彼が荷物をまとめこの寮を出て行くときまで、結局一言も言葉を交わすことはなく。俺たちの過ごしてきた時間は全て過去になり、そしてなにもかも終わった。
「……これで、」
これで、よかったんだよな。俺も、ジヨンも。
そう、思うのに。
「っ、」
目の奥が熱くなって慌てて手で目を覆う。泣いたら自分の心が壊れてしまいそうだった。
「………ジヨン」
なああの口付けはなんだったの。たった2回、されど2回。今でも忘れることなんてできない熱が未だに火照って燻ってる。なあ、お前俺のことどう思ってたの?俺は。
結局聞けないまま。
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