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その時、フィンガー・アミューズが運ばれてきた。
どっしりとした、重たそうな円形の石の中央をくりぬいたような器には、小石が敷き詰められ、その上に指でつまめる一口サイズのグジェール――チーズを練り込んだシュー料理がのっている。
味は三種類あって、七味、山椒、胡麻だ。
もう一つの石みたいな台には、小さなタルトと、テキーラグラスみたいに小さな入れ物に入った赤い液体――ビーツの冷製スープが置かれてあった。
「綺麗……、美味しい……」
私たちは料理が出た途端、スンッと大人しくなって写真を撮り、静かに食事を始める。
「美味いか? 朱里」
尊さんに微笑まれ、私はしみじみと頷いて言った。
「バケツ一杯いけます」
「赴きねぇな」
尊さんの突っ込みを聞き、恵が笑う。
「朱里、学生時代に本当にバケツでプリン作りましたからね……」
「マジか」
尊さんが驚いたので、私はあわわ……と言い訳をする。
「誰だって憧れるじゃないですか、バケツプリン。ちゃんと綺麗に洗って作りましたよ」
「……っていうか、プリンって蒸して作るだろ? どうやって作ったんだ?」
困惑顔の尊さんに私はドヤ顔で言う。
「この世界にはゼラチンという便利な物があるんですよ。カラメル作ってバケツの底に仕込んで、牛乳、ゼラチン、卵で本体を作って冷やしたら完成! 美味しかったよね、恵」
「うん……。朱里の作る料理は美味しいけどさ。問題は量な」
恵に冷静に言われ、私は唇を尖らせる。
次に出てきたアミューズは、プリプリの海老と紫蘇のラビオリに、桃で作ったガスパチョソースを添え、上にキャビアを散らした豪華な一品だ。
「朱里ちゃん、恵ちゃんの手料理ってどんな感じ? 俺、まだ食べた事がないんだ」
涼さんに尋ねられ、私は親友の肩をツンツンする。
「勿体ぶらないで作ってあげればいいのにぃ~」
「だっていっつも美味しそうなプロの作り置きがあるし、私がキッチンに立つより先に、涼さんが率先してやろうとするから、『作りますね』って言える感じじゃなくて……」
私と尊さんの所も似た感じだ。
基本的に尊さんは忙しい人なので、町田さんが来て料理を作ってくれる。
彼女が来ない時は作り置きを温めて食べたり、二人で作る事もあるけれど、尊さんは私だけキッチンに立たせて、自分は休むって事をしない。
私が「今日は○○が食べたいので、自分で作りますね」と言っても、野菜を洗ったり切ったり、何かしらの手伝いはしてくれる。
だから恵の状況は分かるけど、遠慮していたらいつまでも〝自分の家〟にならないんじゃないかな。
そう思い、私はグッと拳を握ってアドバイスした。
「食べたい物があったら作る!」
「うん……、なんか、話がズレたな? 私は遠慮とかそっちの話をしていたんであって、『食べたい物があるなら、自分で作ればいいじゃない』って、アカトワネットの話はしてないよ?」
と、私たちが話している様子を見ていた涼さんが、クスクス笑い始める。
「二人とも、今日は着飾ってみんなが振り向く美女に仕上がってるのに、話してる内容はいつも通りで、なんか和むな」
「ごっ……、ごめんなさい。もっと品良く食事します」
恵がカーッと照れて謝ったけれど、涼さんは「そうじゃないよ」と言ってシャンパンの残りを飲む。
「こういう人だから好きになったんだなー、ってしみじみ思ってたトコ。な? 尊」
「だな。綺麗で美人で魅力的だけど、面白いし放っておけないし、だから好きだ」
涼さんに同意を求められた尊さんは、クスッと笑って言う。
みんなのいる前で惚気られ、私はちょっと照れて俯く。
その時、冷製のアントレ――前菜が運ばれてきた。
半透明のガラスのプレートはキンキンに冷やされ、トマトで作られたジュレの上に、トロリとした水茄子、柔らかなアワビのスライスがのっている。
シャンパンを飲み終えた私たちは、白ワインをオーダーした。
「明日はどんな予定なんですか?」
恵は「アワビ柔らか……」と呟いたあと、涼さんに尋ねる。
「午前中にちょっとプラプラしてランチしたあと、『国宝』観たいと思って」
「ああ! 気になってました!」
大ヒット映画のタイトルが出て、私はうんうんと頷く。
そのあと、尊さんが続けた。
「終わったら浴衣の着付けをして、向島の料亭に行って、隅田川花火大会の観賞。終わったらホテルに戻る」
「あっ、花火大会でしたよね! ふぁー! 料亭! 凄いね!」
恵に同意を求めて彼女を見ると、規格外のデートプランに表情が固まっている。