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◆第八章【見ていたくなる】


「教本を探しているわけではないんですか?」

戯作の本棚に目を向けていた仲緒は、不思議そうにいった。

私が教本を探していないことには、すぐに気がついたのだろう。

「実は、郷土資料を探してるんです」

しかし郷土資料のようなものは、硯利が指摘したように意図的に排除されているようだった。

「でもこの書庫には、ほとんど見当たらないですね」

私は自分の呪いを詳しく知りたいと思っていることを、彼女に打ち明けた。

「この辺の郷土資料なら、父の書斎にそれなりにあると思います。うちに来てみませんか」



上野家にいくことをスミさんに告げると、彼女は手土産を持たせてくれた。

友人宅に行く際には、こういう大人同士の交流も密かに行われているらしい。

私の休日の過ごし方といえば、家か図書館で勉強しているか、その辺でテントウムシの観察をしているだけの日々だった。

そして社会人になってからは、眠るだけの日々だった。


上野家に従者がいることは知っていたが、それなりに大きな屋敷であった。おそらく上野家もそれなりに格式のある家なのだろう。

上野家にいた大人たちは、私を歓迎してくれた。大人たちの視線は好奇というより、畏怖の色が強いように感じられた。塾生と大人たちとでは、角仙娘へ抱く感情もまた少し違ってくるのだろう。

仲緒は私を自室に通してくれた後で、父親の書斎から郷土資料を持ってきてくれた。

「こんなに郷土資料があるんですね」

「父は産土神《うぶすながみ》とか、土着神《どちゃくしん》の呪いを調べるのが趣味なんです。私の父も妖将官なんですが、その趣味が転じて、今は文官の仕事も手伝っているみたいです」

仲緒の柔軟な思考は、父親の影響が強いのだろう。

「趣味の範囲の資料なので、真偽不明のものも多いかも知れません。でも気になることがあれば、調べてみましょう」

「趣味に傾倒できるなんて、素敵ですね。羨ましくさえ思います」

私の言葉が引っかかったらしく、仲緒は私を見つめた。

「旭灯さんはなにか、趣味があるんですか」

「趣味というか、テントウムシが好きです」

「ああ、テントウムシ。かわいいですよね」

「そうなんです。よくいるナミテントウは幼虫の頃から肉食というのも、意外性があってかわいいんです。命の危機を感じると、偽死して体液を分泌するんですが、天敵の口に入っても生き抜こうとする粘り強さは見習いたい限りです。一度、興味本位でその分泌液を舐めたことがあるんですが、苦くて不味くて、何十回もうがいする羽目になりました」

私がつらつらと一方的に話したので、仲緒はぽかんとした表情を浮かべていた。

私は冷静に謝罪をして、郷土資料を読み進めた。


「失礼します」

しばらくすると、ふくよかな女性が仲緒の部屋に顔を出した。年齢はおそらく三十代後半である。

「お茶と、菓子をお持ちしました」

「すみません。呼んでくれたら、取りにいったのに」

仲緒は立ち上がって、絹香からお盆を受け取った。

「勉強の邪魔をしてはならないと思いまして」

絹香は私と目が合うと、深く頭を下げた。

私も「ありがとうございます」と、頭を下げた。その後で、こういう時は「お邪魔してます」の方がいいのだろうかと、どうでもいいことで冷や汗をかいた。

「旭灯さん、こちら絹香《きぬか》さんです。私たちが幼い頃は、黒瀬家で働いていたんですよ」

そういえば絹香という名は、最近聞いたことがあった。

「影彦の世話役だったという方ですか」

私がいうと「俺がなに?」と、上野家の庭から影彦が現れた。

「影彦。なんで庭から登場するんですか」

幼なじみだけあって、仲緒は影彦の行動にそれほど驚いた様子はなかった。

「山から下りてきたんだ」

影彦はなんでもないことのようにいった。

「絹香さんは昔、影彦の世話役だったという話をしていたんです」

絹香は影彦の顔を見つめると、深々と頭を下げた。

「ご無沙汰しておりました、影彦様。お元気そうでなによりです」

彼女は頭を下げたままいった。

「うん、久しぶり。徒真がいってたけど、俺の世話をしてた時より元気そうでよかった」

「徒真がそんなことをいっていたんですか!」

「うん、いってた」

「本当にごめんなさい! あとできつく叱っておきます」

仲緒は絹香にも影彦にも「ごめんなさい」と、赤べこのように頭を下げた。

「俺は本当に絹香には迷惑をかけたと思うから、元気そうでうれしい」

影彦はまっすぐにいった。

「そういっていただけるなんて、私は果報者でございます」

絹香はそういうと、再び深く影彦に頭を下げた。


「旭灯は、ここでなにしてるんだ?」

絹香が去った後、影彦は縁側に座った。

「郷土資料が豊富にあるって聞いたから、見せてもらってたの。角仙娘の呪いのことで、なにか分かることがあるかなと思って」

「影彦もうちに来るのはめずらしいですよね。なにかありましたか」

仲緒はいった。

「旭灯がここにいるって、オババから聞いたんだ。あ、そうだ。タヌキ連れてきた」

影彦はそういって、着物の中から小さなタヌキを出した。

突然のことだったので、仲緒は「えぇ」と声を出した。私は「タヌキ……」と馬鹿みたいにいった。

私は影彦から差し出されたタヌキを、手拭いで包み込むようにして受け取った。野生のタヌキなのか、妖怪なのかわからないためである。

「この世界のタヌキは、病気を持っている危険はないの?」

「紅娘山にいるタヌキは、病気は持ってない。一応、神域だから」

影彦が「な」というと、タヌキは「うん」とうなずいた。

「メシ」

タヌキはいった。

「ご飯を要求してるけど」

私は影彦を見た。

「うん。食べ物くれたら、紅娘山の凶兆について教えてくれるって」

「紅娘山に、凶兆なんて出てるんですか」

「うん、徒真がいってた。旭灯は凶兆のこと気にしてただろ。だから、連れてきた。俺も凶兆は気になるし」

確かに凶兆も気になるが、このタヌキはご飯を食べたいだけではないのだろうか。

私がタヌキをじっと見つめると、タヌキは無邪気に「メシ」といった。

「食べ物を要求してるだけじゃないよね」

私はタヌキの真っ黒な瞳をじっと見つめた。

「タヌキは人を騙すけど、あんまりウソはつかない」

影彦がいうと、タヌキは「うんうん」とうなずいた。

私にはその違いが分からなかったが、ウソをつかないというなら信じてみたいとは思った。

「私、台所にいってきますね」

仲緒はそういうと、パタパタと縁側を去っていった。

「呪いについて、なにかわかったか」

影彦は仲緒の部屋に積まれた郷土資料を見つめた。

「それらしいものは、まだ見つかってない。何冊も読めたわけじゃないけど」

「旭灯は呪いを調べるよりも、抜刀《ばっとう》することを優先にした方がいいと思う。呪いを調べるのは、たぶん大人たちもやってるはずだ」

影彦は唐突に正論をいった。

「それは、影彦が正しい」

「旭灯はたぶん、何年もかからずに抜刀できるだろ」

「それは、うん。できると思う」

私は勉強すれば、結果が出せる人間だった。私はそれを、経験から知っている。

「俺もそう思う。だからとにかく抜刀してほしい。そのツノ、あっても不便ではないんだろ」

影彦はそういって私のツノに触れた。

「うん。不便はないし樹状《じゅじょう》突起《とっき》みたいで、ちょっと気に入ってるくらい」

「なんだ、その突起は」

「テントウムシの幼虫にある、突起のこと」

「ふーん。ツノって、触られてる感覚あんのか」

「一応ある。でも皮膚ほどの痛覚はないと思う。爪を触られてる感覚に近いかな」

影彦は興味深そうに私のツノを引っ張ったり、撫でたりした。

私はしばらく、影彦にされるがままにしていた。すると影彦はなにかに気付いたように、私の背後に視線を向けた。

私が後ろを振り向くと、そこにはおにぎりを持った仲緒が恍惚《こうこつ》とした表情で立っていた。

「なんでそんなところに突っ立ってんだ?」

「あ、ごめんなさい。影彦と旭灯さんが話しているのが、なんだか嬉しいというか。もっと二人で話していて欲しいというか。そんな気持ちだったんです」

仲緒はなぜか恥ずかしそうにいった。

彼女がおにぎりを差し出すと、タヌキはそれをぱくぱくと勢いよく食べた。

それは、ずっと見ていたくなるような光景で、仲緒にとって私たちもこんな風に映っているのかも知れないと思った。

「やま、沼黄泉《ぬまよみ》きてる」

一つおにぎりを食べ終えると、タヌキは短くいった。そしてすぐに、もう一つのおにぎりを食べ始めた。

「沼黄泉って、なんだっけ。現象に近い妖怪の名前だったような気がするけど」

影彦は仲緒を見た。

「妖怪を連れ去っていくとか、そんな感じのなにかだった気がします」

仲緒はそういって、自室にある分厚い辞書を持ってきた。

それは妖怪に関する辞書だったらしく、沼黄泉について書かれているページを開いた。

「沼黄泉。この世の異物を食べるとされる妖怪。すべての沼に通じるとされており、人間や妖怪の呼び出しに応じることがある。稀に暴れることもあるが、基本的に無害」

仲緒は書かれた内容を読み上げてくれた。

「他には? 害妖《がいよう》とか、益妖《えきよう》とか」

影彦はいった。

「害妖とも、益妖とも明記されてません」

テントウムシと一口にいえど、草食は害虫。肉食や菌食は、益虫とされる。

おそらく妖怪たちにも、害妖や益妖という人間基準の分類があるのだろう。そして沼黄泉にも、テントウムシのように種類や個体差があって、一概には記載できないのかも知れない。

「よくいる妖怪でもないし、害がないなら積極的に研究する対象でもないんだろうな。今、紅娘山に来てる沼黄泉は害はありそうなのか」

影彦はタヌキを見た。

「ある! つよい!」

タヌキはいった。

「凶兆がでるくらいだし、そうだよな。沼黄泉は今、どこにいるんだ」

「やま。その辺、ゆらゆらしてる」

二つのおにぎりを食べ終えたタヌキは「早く山に帰りたい」といった感じで、そわそわし始めた。

「お前は、沼黄泉が怖くないのか」

「こわくない。きてる沼黄泉は、しんだ人間さがしてるだけ」

私たちはタヌキにお礼をいって、手をふった。タヌキも「うん」と、手をふり返してくれた。


それから影彦と仲緒は、上野家で沼黄泉のことを調べることになった。

私もそれについて調べたい気持ちがあった。しかし影彦に「旭灯は妖術書」と、妖術書を渡された。影彦の主張はもっともだと納得していたので、私は仲緒の部屋で静かに妖術書を読んでいた。

二人はしばらく沼黄泉について調べていたが、その詳細はほとんど記載されていないようだった。

沼黄泉の特性と、タヌキの話を反芻するうちに、私の胸には一つの予感が点灯し始めていた。

「沼黄泉はもしかしたら、私を探しているのかも知れない」

二人の視線はこちらを向いた。

「旭灯は死者じゃないだろ」

「そうですよ!」

私はたしかに生きているが、転生していることを二人は知らない。だから今、その事実を二人に告げようと思った。

「姉ちゃん、お土産買ってきたよ」

しかし私が口を開く前に、どこか気の抜けた声がした。

「なに、誰か来てんの?」

そういいながら仲緒の部屋を開けたのは、徒真だった。

私たちの視線が徒真に向くと、彼は「え?」と驚いた様子だった。

「なんだ! なんで、お前らがいるんだ!」

「あ、お邪魔してます」

私がいうと徒真は「あ、うん。いらっしゃい」と短くいった。

「徒真が帰ってきてるのは、紅娘山に沼黄泉が来てるからなのか」

影彦は単刀直入に聞いた。

「そ、そんなことはお前に関係ないし。守秘義務があるからいえない」

「でも紅娘山に凶兆が出たことは、教えてくれただろ」

「それは、いいんだよ! たぶん。別に俺は、凶兆の内容は、詳しくいってないし」

徒真の声は次第に小さくなっていった。硯利の口ぶりでは凶兆が出ていることも、口外してはならない様子だったので当然といえば当然の反応である。

「俺は明日、沼黄泉を探しにいく」

影彦は決定事項のようにいった。

「は!? 探してどうするんだよ」

「そこまでは考えてないけど。いるなら、見てみたい」

「いやいや、絶対にやめとけよ」

「沼黄泉は害妖ではないんだろ」

「そうだけど。とにかく今、紅娘山に入るのはやめとけ」

理由がありそうだったので、私たちは徒真を見つめた。

徒真は観念したように大きく息を吐いた。

「招集された妖将官たちには、紅娘山に入るなって待機命令が出てるんだ。沼黄泉を刺激するなって意味だと思う。沼黄泉自体が無害でも、紅娘山の妖怪にどんな影響がわからないからな」

「その待機命令はいつまでなんだ」

「長くてあと二日だ。沼黄泉は長く同じ場所にとどまらないらしい。だからとにかく、今は紅娘山に入るな」

「でも、俺たちは山に入るなとはいわれてない」

影彦は「そうだろ?」と、私をみた。

「いわれてないね」

「わざわざ紅娘山に入るなって広める方が、怪しまれるからだろ。そもそも紅娘山に入れるのは朝比奈家と黒瀬家の者だけだしな」

――しばらくは山に入らない方がよいかもしれません

山に入るなとはいわれていない。しかし思い返すと、スミさんは控えめにそれらしいことをいっていた。そして硯利も、慎重に行動してほしいといっていたような気がする。

「でも上野家の人間は、頻繁に山に入ってるだろ」

影彦は不思議そうにいった。

「いや、入ってないだろ。両家以外は、本能的に紅娘山が怖いことは知ってるだろ」

徒真は確認するように仲緒を見た。

「私は紅娘山に入ってないし、誰かが山に入ってるという話も聞いたことがないです」

「上野家の北東の祠《ほこら》の横手から、紅娘山に入れるだろ。俺は今日、そこから来たんだけど、頻繁に誰かが通ってる形跡があったぞ」

影彦の言葉に、徒真と仲緒は顔を見合わせた。

お互いに心当たりはないらしい。

「でも、それが上野家の者とは限らないだろ」

徒真は戸惑いながらいった。

「あの祠にいくには、絶対にこの母屋の前を通る必要があるだろ。上野家の者以外は考えにくい」

影彦はそういって、庭を差した。

たしかに影彦は本日、上野家の庭から現れた。

「あの祠には、毎朝お米をお供えしてもらっていますが。それ以外では、あの祠に近づく人はいないかもしれません。今、お供えをしてくれているのは、絹香さんです」

「絹香さんなら、納得だな。影彦を探すのに何度も紅娘山に入ってるだろうし、耐性もあるんだろ」

徒真はいった。

「でも絹香が紅娘山に入ってるとして、理由はなんだ。今、絹香はいるか」

「とっくに帰ってるよ。絹香さんは夕暮れ前には帰るんだ。子どももまだ六才くらいだしな」

今はすでに、夕暮れ過ぎであった。

「明日の朝、絹香が山でなにをしてるのか、祠の近くで見張ってみる。理由が知りたいし、紅娘山は今危険なんだろ」

「えぇ……」

徒真は心底面倒くさそうな声を上げたが、強く反対できる要素もないようだった。





呪われた私と化物になる彼の話

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