全ての仮面をはぎ取った。俺が今まで使っていた丁寧な言葉も、優しい営業マンと称していた偽物の姿も、すべて取り去って脱ぎ捨てた。いよいよ俺の素顔を見せる時がきたんや。
ドスの利いた低い声に驚いたのか、空色は焦った様子で俺を見つめた。
彼女が持っていた俺のグラスを取り返し、濡れたグラスの先をベロリと舐めて見せつけた。
「白いマイクスタンドやないと、誰かわからんか?」
空色が顔色を変えて焦りだした。
そんなはずない――新藤博人と白斗を結び付けようとして、拒絶反応起こしてるように見える。
そうや。それが正解。
俺は正真正銘、白斗だった男。
ネタバラシをこの俺が直々にしてやる。
「まだわかってないみたいやから、説明するわ」
くっ、と卑猥な笑みを浮かべた。
こんな顔をするのはいつぶりやろう。舞台に根こそぎすべてを置いてきたから、久々でわくわくする。
これから始まるお前との舞台が、この異常な時間が、俺をこれ以上ないくらい興奮させた。
「俺にいつも綺麗な字でファンレターくれる女がいたんや。毎回決まってブルーの綺麗な空色の便箋。だから俺はその女のことを『空色』って呼んでた。俺の誕生日とバレンタインは欠かさず手作りの菓子を送ってくれてさ。どんな女かと思っていたらまさか結婚してマイホーム建てに来た客の中に、ソイツがいるとは思わなかったけど」
お前がこの舞台の開始ベルを鳴らしたんやで。
もう後戻りはできない。
賽は投げられた。序章のSEが暗い舞台に流り響く。
「最初に送ってくれたチョコレートクッキー、ちゃんと味見したか? メチャクチャ固かったで。歯が折れるかと思ったし」
まだ暗い舞台にスモークが立ち込め始め、ふたりの影が浮かび上がる。
「今、お前の目の前にいるのは、お前が死ぬ程焦がれていた男や。お前が逢いたいって新藤(おれ)に言ったよな? 地獄に堕ちてもいいって。だったら地獄へ堕ちる前に、今から極上の夢を見せてやる。空色――いや、律。白斗(おれ)が、お前を愛してやる。詩音(こども)のことは、誰のせいでもない。律は悪くない。旦那や家族に責められたって関係ない。お前は最善尽くして、精一杯頑張ったやろ」
俺は眼鏡を外して前髪をかき上げた。常に恋焦がれ、愛しく想い続けていた彼女を見つめる。
「まだわからんのか、俺の正体。律は鈍感すぎるやろ。最初に車乗せた時、『Azure』まで聴かせてわかりやすくアピールしたのに、俺のことをRBの大ファンなんて勘違いしてさ。大笑いしそうになったし。元スタッフなんて俺の嘘を鵜呑みにして、鈍感にもほどがあるやろ。お前、本当に俺のこと好きなん?」
常にギリギリで堪えていた気持ちが決壊してあふれ出した。
正体を晒した今、もう抑えられない。
たとえ僅かな間だけでも、地獄の業火に焼かれようとも。
誰を傷つけてもお前に触れたい。
さあ、開演時間や。
舞台上の照明が一斉に輝き、ライブで一発目に始まる曲・爆発音と共にガスキャノン砲から発射されたメタルテープに紙吹雪がステージに舞う。
罪深き音を奏でる最高のライブが
今、始まる――
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