テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
敦彦は真面目なやつではない。寧ろ不真面目と言ってもよい。
しかし時間には厳しい。僕は待ち合わせの5分前に来たのだが、その時にはすでに敦彦が居た。
「待った?」
「10分くらいな」
そこは「今来たとこだ」と言うべきだと思うけど。僕が5分前に来たのだから、彼は待ち合わせの15分前に来ていたことになる。
それだけ楽しみにしていたということだろうか。それにしても15分前は早い。
「難しい顔してないで、今日はデートだろ」
そう言って僕の手を自然に握った。こいつ、どこでそんなスキルを。
ポケットに入れていたからか、敦彦の手は暖かかった。手のひらの柔らかい感触に、何だか不思議な気持ちになる。
「お前の手、冷たいな」
「手が冷たいと心が暖かいらしいよ」
「じゃあ俺は心が冷たいのか」
それはどうだろう。逆必ずしも真ならずとも言うし。
「敦彦は優しいよ。僕が保証する」
敦彦は嬉しそうに、「そうか」と言って笑った。可愛い。そう思った。
敦彦は慎重が高くて体つきもしっかりしている。性格も男らしい。敦彦を可愛いと思う日が来るとは。
敦彦と付き合ってから、今まで気づいていなかった敦彦の良いところや悪いところをたくさん知った。
ただ、可愛いと思ったのは初めてだった。かっこいいと思うことはあっても。
「ん?どうした。あ、俺にみとれてたのか」
気づかないうちに敦彦を見ていたようだ。敦彦はキョトンとした顔をしてから、ニヤリと笑う。先程の爽やかな笑顔とは全く異なる、からかうような笑みに少し苛立ちを覚えるがみとれていたことは事実だった。
「いや、まぁ」
否定も肯定も出来ずに、そんな曖昧な返事をした。
「え、本当にみとれてたのか」
「だって、何か…す、好きだなって」
その時、思わぬ事態が起きた。
敦彦に抱き締められたのだ。
「なにやってんの!ここ外だし、絶対男同士でこんなことしてたら気持ち悪がられる…」
「お前覚悟したって前言ってただろ。それに、傍から見たら数年ぶりの再開に感動した友人同士にしか見えないって」
仮にそうだったとしても、数年ぶりに再開した友人は相手を抱き締めたりしないと思う。
僕も本当は、気持ち悪がられるかもだなんて気にしていなかった。単純に、恥ずかしかったのだ。
僕は敦彦の拘束から解かれ、ほっと胸を撫で下ろす。安心したついでか、僕のお腹が音を立てた。
「…お腹すいたな」
「そういえば、近くにいい店があるらしいぞ。なんでもおいしいハンバーガー屋があるらしい」
「誰に聞いたの」
「湊人、まさか嫉妬か」
敦彦はそう言うと一瞬意外そうな表情を見せるが、すぐに
「…まぁ、湊人に限ってそれはないか」
と、ため息混じりに言った。僕の発言の意図を考察して勝手に結論をつけないでほしい。本当に嫉妬していたわけではないが、「湊人に限って」なんて言い方は僕が冷たいやつみたいに聞こえる。…気がする。
「質問の答えだが。俺のクラスに伴田ってやつがいるんだけど、そいつ、行きもしないデートスポットをずっと調べてるんだ。おすすめのデートスポットを聞いたとき、恨めしそうな顔で教えてくれたよ。『このハンバーガー屋は人気スポットだ。で、お前彼女いたのかよ。仲間だと思ってたのに』ってな」
極めて愉快そうに笑う。
伴田くんありがとう。頑張れば大体…は言い過ぎにしても、時々は実を結ぶから、彼には頑張ってほしいものだ。
僕らは早速そのハンバーガー屋に向かった。
ハンバーガー屋はカウンター席とテーブル席に分かれていて、壁や床は木造だ。至って普通のハンバーガー屋に見えるが。
と、メニューをひらいたところで、なるほど、と納得した。カップル向けのメニューだらけだ。中には普通のセットもあるが、カップル向けのものが目立つ。
挑戦してみたい気もするが、これはさすがに恥ずかしい。
「ご注文は」
「『ハンバーガーセットB』で」
「え!?おい、『カップル専用♡ハンバーガーセット』じゃないのかよ!」
「そんなもん誰が頼むかっ!」
「ちぇっ、…じゃあ『ハンバーガーセットC』で」
頭上で控えめな笑い声が聞こえる。僕は恥ずかしくなって少し俯いた。
「では、ご注文繰り返させていただきます。『ハンバーガーセットB』、『ハンバーガーセットC』。それぞれ1点ずつでお間違いないですね?」
「はい」
店員さんから視線をもどすと、敦彦が何やら残念そうにしている。しょうがない。『カップル専用♡ハンバーガーセット』は他のものより高いし、何より恥ずかしい。
「いい選択だと思ったんだけどなあ」
「どこが」
どこがいい選択なんだ。この店にカップル向けメニューが多いのも、店長がこの世の全ての人が恋人を持ち、結婚して幸せになってほしいという願望からだ…とサイトには書いてあった。なかなか特殊な考え方だ。
結婚が直接幸せに結び付くかはわからないが、当の本人は独身らしいし、結婚に夢を持つのも仕方ないのかもしれない。
僕も結婚はしていないけど。僕と敦彦が結婚したら、「田村 湊人」とかに変わったりするのかな。語呂は悪くないが、全体の形が思わしくない。僕の名字が「篠崎」ここは「篠崎 敦彦」を推すか…。
「田村 湊人かぁ。そんなことまで考えてくれてたのか」
「聞こえて…!?」
「独り言はもっと静かに言わないと。ハンバーガー屋でプロポーズというのも雰囲気がないけど、俺はうれしいぜ」
「ぷ、ぷろ、プロポーズとかじゃないって!」
思っていたより大声を出していたらしい。周りが怪訝そうな目でこちらをみている。
敦彦はニヤニヤ微笑んでいるばかりで、恥ずかしいやら、ムカつくやら。顔がカッと熱くなるのがわかった。
目の前の恋人が余裕そうなのが許せなかった僕は、耳元で
「僕、結婚相手は敦彦って決めてるから」
と囁いた。その後の敦彦の表情は、見られなかった。