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視界を覆っていた白い光が収まると、足裏の感触が変わった。ぬかるんだ土とガラスの冷たさは消え、代わりに木の床の軋む音と、少し埃っぽい匂いが鼻をくすぐる。私は恐る恐る目を開けた。
「……ここ、は」
そこは、少し薄暗いロッジのような場所だった。木造の壁。暖炉で燃える火。古びたソファ。外の殺伐とした空気とは無縁の、奇妙な安らぎがあった。
「ようこそ、『サバイバーハウス』へ。俺たちの束の間の休息地だ」
隣でChanceが帽子を脱ぎ、フェドラの埃を払っている。私はへなへなと床に座り込んだまま、彼を見上げた。
「た、助かったんですね……。私たち……」
「ああ。ギリギリだったがな」
「本当に……! あの怪物が転んでくれなかったら、即死でしたよ!」
私が身震いしながら言うと、Chanceは反対に「ぷっ」と吹き出した。
「ははっ! ドラム缶が転がって、ワイヤーを切って、電撃でビリビリか! とんだピタゴラスイッチだぜ!」
「笑い事じゃありません!」
私が抗議の声を上げようとした時、部屋の奥から明るい声が響いた。
「おーい! 無事だったかChance!」
声の主を見て、私は目を丸くした。そこに立っていたのは、茶色の天然パーマに黄色い肌をした男だった。特徴的なのはその『BLAME JOHN』と書かれた白いTシャツだ。彼は右手に持ったフライドチキンを骨ごとバリバリと噛み砕きながら、人懐っこい笑顔で歩み寄ってきた。
「ん? 見ない顔だな。俺はShedletskyだ。よろしくな、新入り!」
「は、はい。よろしくお願いします……」
見た目は奇抜だが、話しやすそうな人だ。すると今度は、どこからともなくモーター音が響き、赤いパーカーを着た小柄な影が猛スピードで滑り込んできた。
「生きて帰ってきたのね! すごーい!」
勢いよく私の目の前で停止したのは、人間の女性――ではなかった。赤いキャップに赤いパーカー。そして顔があるべき場所には、ピンク色に発光する『テレビ画面』が埋め込まれている。お尻からは尻尾のようなケーブルが伸びている。ロボット……!?
「私はVeeronica! よろしくねっ! (≧∇≦)」
画面に表示された顔文字が、ニコニコと変化する。彼女のテンションの高さに圧倒されていると、今度は赤いバイザーを付けた黄色い肌の少年が、心配そうに歩み寄ってきた。彼は赤い制服を着ていて、どこかのピザ屋の店員のように見える。
「あの、大丈夫ですか? 怪我とか……。あ、お腹空いてませんか? ピザ、ありますよ」
彼の手には、湯気を立てる焼きたてのピザがあった。
「え、あ、ありがとうございます……」
「僕はElliot。一応、回復役みたいなことをやってます。困ったことがあったら言ってくださいね」
彼は困ったように眉を下げて笑った。とても常識人っぽい。
その時、ソファの方から重々しい足音が聞こえた。
「無事の帰還、お慶び申し上げます」
そこに立っていたのは、迷彩柄の軍服に身を包んだ屈強な軍人だった。整えられた青い髪、顎に蓄えた髭。その表情は厳格だが、口調は驚くほど丁寧で紳士的だ。
「私はGuest 1337。以後、お見知りおきを」
「は、はい……。ご丁寧にどうも……」
敬礼されてしまった。すると、その背後のソファの陰から、落ち着いた声が聞こえてきた。
「どうも。無事で何よりです」
声の主を見て、私は思わず二度見した。頭の上に巨大なハンバーガーを乗せ、さらにその上に何重ものスタックを積んだ男。着ている青い服には、名状しがたい謎の生物の顔がプリントされている。彼は手元の端末からふと顔を上げ、私に穏やかな視線を向けた。
「えっと……」
「007n7です。……まあ、あまり無理はしないように」
「は、はい……」
それだけ言うと、彼はまた手元の作業に戻った。見た目は奇抜だが、悪い人ではなさそうだ。
「……彼とはあまり関わらない方がいいですよ」
Elliotが小声で忠告してくる。先程の態度とは打って変わって、嫌悪感を隠していない。
「君は迷える子羊だ……」
その真意を聞く前に、背後から芝居がかった声がした。黒髪をセンターで分けた男が、片手を広げて立っていた。
「私に付いて来れば、二回目の命が手に入ることを約束しよう……どうだい? 『スポーン教』に入信する気には――」
「なりません」
「なんでさ!!」
即答で断ると、彼は残念そうに肩を落とした。
「まあ、それはそれとして。僕はTwo Time。これからよろしく!」
「よろしくお願いします。……断られたのに切り替え早いですね……」
「よくあることだからね!」
どうやら宗教勧誘が趣味の人らしい。
「それにしても……。珍しいわね!」
Veeronicaがウィーンと駆動音をさせながら顔――画面とも言う――を近づけてきた。画面には興味津々な『(・o・)』という顔文字が表示されている。
「新しい子が来るなんて、何か月振りかしら。それにその格好……。すっごくシックね!」
「……喪服、なんです。たぶん」
「モフク?」
「はい。この黒いスーツ……。葬儀の時に着るものだと思います。気づいたらこれを着ていて……。それ以外の記憶がなくて」
私が俯くと、場が少し静まり返った。Shedletskyがフライドチキンを食べる手を止め、少しだけ真面目な顔をした。
「まあ、気にすんなって。ここに来る奴等はみんな似たようなもんだ。気付いたら『死んで』いて、ここにいた。過去なんてものは、あの霧の向こうに置いてきちまったのさ」
Chanceが帽子を被り直し、静かに付け加える。
「誰が何の目的で俺たちをここに呼んだのか、そもそもここが何なのか……。誰も知らない」
「誰も、ですか?」
「ああ。分かっているのは、定期的に『ゲーム』が始まって、それに勝てば生き残れるってことだけだ」
「ここは……一体何なんでしょうか」
「さあな。地獄にしては退屈だし、天国にしては殺伐としすぎてる」
Chanceは皮肉っぽく笑い、壁の時計を指さした。
「次のラウンドまで少し時間がある。休める時に休んでおけ、カリス。ここでは休息もまた、次の賭けへのチップだからな」
私は頷き、部屋の隅にある空いた椅子に腰を下ろした。手の震えはまだ止まらない。
けれど、周りを見渡せば個性豊かな……豊かすぎるメンバーがいる。
(変な人たち……。でも)
たった一人で暗闇にいるよりは、ずっとマシかもしれない。私は深く息を吐き、泥だらけになったパンツスーツの膝をぎゅっと握りしめた。
ふと、胸ポケットに硬い異物が入っている違和感に気付いた。
(……あれ? 何か入ってる)
私はポケットに手を入れた。指先に触れたのは、ひやりとした金属の感触。取り出してみると、手のひらサイズの銀色の時計だった。
「……時計?」
精巧な彫刻が施された蓋。しかし、その一部はひび割れ、焦げたような跡がある。蓋を開けると、文字盤のガラスにも亀裂が入っており、針は23時59分を指したままピクリとも動かなかった。中から小さなバネが飛び出している。
けれど、それを手にした瞬間、胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚があった。
悲しいような、懐かしいような。これは、きっと大切なものだ。私の失われた記憶を繋ぐ、唯一のよすが。
「なんだ、大事なモン壊しちまったのか?」
見上げると、オレンジの工事用ヘルメットを被ったガタイの良い男が立っていた。腰にはツールベルトを巻き、ハンマーやレンチを装備している。Buildermanさんだ。
「あ、Buildermanさん……。これ、直せますか?」
「貸してみな」
彼は無骨な指で時計を摘まみ、職人の目つきで観察し始めた。
「ふむ……。裏蓋が歪んでるな。中のゼンマイもイカれてる。こりゃあ相当な衝撃を受けたはずだ」
「……やっぱり、無理ですか?」
「ハッ、俺を誰だと思ってる。この世で俺に直せないものはねえ」
彼はニカっと笑うと、腰のポーチから精密ドライバーを取り出した。
その作業スピードは圧巻だった。太い指先からは想像もできないほど繊細な手つきで、飛び出したバネを戻し、歪んだフレームを矯正していく。
カチッ、カチッ、カチッ……。
やがて、時計は再び時を刻み始めた。
「ほらよ。道具ってのは大事にしろよ」
「ありがとうございます……!」
私は時計を受け取り、安堵の息を吐いた。
「――時は川の如く流れ、壊れし物は新たな息吹を得る……。匠の技、ここに極まれり」
不意に、厳かな声が響いた。ふわり、と私の隣に誰かが浮遊してきた。白いローグを纏い、手には長い杖。そして何より異様なのは、その頭部だ。不気味な青いカボチャ。そこから黒い鹿の角が生え、目と口からはオレンジ色の火の玉がゆらゆらと燃えている。
「よお、Dusekkar。相変わらず仰々しい喋り方だな」
「Buildermanよ。汝のハンマーは今日も世界を繋ぎ止めている……。良きかな」
「はいはい、褒めても何も出ねえよ」
すると、そこへもう一人、騒がしい男が割って入ってきた。
「おいおい! 水臭いぞお前ら! 俺様を差し置いて会議か?」
フライドチキンを片手に現れたのは、Shedletskyだ。彼はBuildermanの肩をバンと叩き、Dusekkarの周りをくるちと回った。
「時計が直ったなら祝いだな! Matt、チキン食うか? あ、お前カボチャだから食えねえか! ガハハ!」
「……Shedletskyよ。汝の魂は相変わらず騒々しく、そして脂っこい。……だが、その活力こそが我らの希望なり」
「うるせえよ! 褒めてんのか、それ!?」
黄色いヘルメットの職人、カボチャ頭の魔法使い、そしてチキン好きの陽気な男。タイプはバラバラなのに、彼らの間には不思議な連帯感――長い時間を共有してきた戦友のような空気が流れていた。
その時、横から視線を感じた。Chanceさんが、私の手元――直ったばかりの懐中時計をじっと凝視していた。
「……おい」
彼の声が、少し強張っていた。
「お前、それをどこで手に入れた?」
「え? どこって……気付いたらポケットに入ってて……」
「……ちょっと、見せてくれ」
彼が身を乗り出す。私は戸惑いながらも、時計を差し出した。Chanceさんはそれをまじまじと見つめ、それから自分のジャケットの懐を探った。
彼の手には、全く同じデザインの――傷一つない新品同様の――銀色の懐中時計が握られていた。
「えっ……同じ?」
二つの時計。まるで鏡写しのようにそっくりだ。Chanceさんは複雑な表情で二つの時計を見比べ、それからハッとしたように顔を上げ、私を見た。
何かを言いかけて、彼は口を噤んだ。
「Chanceさん……?」
「……いや、なんでもない」
彼は自分の時計を素早く懐にしまい、帽子を目深に被り直した。
「よくあるデザインだ。気にするな」
嘘だ、と私でも分かった。彼の手は微かに震えていたし、その目は明らかに動揺していた。まるで、有り得ない物を見てしまったかのように。
(……どういうことだろう?)
私は首を傾げつつも、直った時計を大切に胸ポケットへしまった。