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目が覚めた瞬間、自分がどこにいるのか分からなかった。暗い部屋。天井の影がぼんやりと揺れている。
寝ていたソファの上は、体温と汗で湿っていて、背中がじっとりと張り付いているのが気持ち悪かった。
「……何時だ」
掠れた声でそう言いながら、手探りでスマホを探す。
手に触れた冷たいガラスの感触に指先が安心する。
画面を点けると、午後7時18分の文字。
たった数時間眠っただけなのに、体は鉛みたいに重くなっていた。
頭がぐらりと揺れる。
起き上がろうと肘をついた瞬間、視界の端が歪んで、床が波打つように見えた。
「……う、わ……」
思わず額を押さえる。
目の奥がズキズキと痛み、鼓動に合わせて鈍い音が響く。
起き上がるだけでこんなに辛いのかと、体の異常をはっきりと認識させられる。
でも、寝ているわけにはいかなかった。
何かをしなければ、という焦りが、頭の中の霧をかき分けてくる。
冷たい水を飲めば、少しは楽になるかもしれない。
立ち上がった瞬間、床が傾いたように感じた。
足元がふらついて、壁に手をつく。
呼吸が浅くて、喉の奥がヒリヒリする。
体の奥底で、何かがひたひたと崩れていっている。
「……水……」
自分に言い聞かせるように呟きながら、キッチンへ向かう。
数メートルの距離がやたらと遠く感じられる。
ようやくシンクにたどり着いて、蛇口をひねると、水の音がやけに大きく響いた。
コップに注いで口に運ぶ。ぬるい水が喉を通るたび、むしろ気持ちが悪くなっていく。
胃が拒否しているような、妙な感覚があった。
それでも、体の火照りをどうにかしたくて、もう一口だけ飲んだ。
その瞬間、吐き気がこみ上げてきて、慌ててキッチンの縁にしがみつく。
でも、何も出ない。ただ胃の奥が痙攣して、汗がじわじわと額を濡らしていくだけだった。
「これ……やばいな……」
自分の声がやけに遠くに聞こえる。
額に手を当てると、燃えているような熱さだった。
もう、完全に限界が近づいていることを、体が示していた。
だけど――それでも、僕はまだ何かしなきゃと思っていた。
今日中に仕上げるつもりだった曲。
少しでも進めないと、明日の自分に迷惑をかけてしまう。
その焦りだけで、作業部屋へ戻ろうと足を踏み出した。
だけど。
「……っ、あ……」
次の一歩を踏み出す前に、足がもつれて、床が急に近づいた。
その瞬間、体が勝手に崩れ落ちていく感覚があった。
何かにつかまろうとするよりも先に、頭の中が真っ白になった。
肩が床に当たって鈍い音がした。
痛みは、あるような、ないような。
感覚が曖昧で、何も確かじゃない。
呼吸が苦しいのか、それすらもよく分からない。
遠ざかっていく意識の中で、時計の針が進む音だけが妙に鮮明に響いていた。
規則的なその音が、かえって不安を煽った。
ひとりきりのこの部屋で、僕は音もなく、崩れていった。
誰にも見られず、誰にも触れられず、ただ自分の熱に呑まれて。
「……だれか……」
かすかに動いた唇がそう呟いたかもしれない。
けれど、その声は闇の中に吸い込まれていった。