フレデリカの目から涙が零れる。
「でも、何でフィオさんが」
「……僕が”王子様“だから」
フレデリカには優しく接してあげたいのに、自然と声が皮肉気になった。何年もニヒルな王子様を演じてきたことの弊害が出てる。
当主――アーノルド・グレイヴ卿の命令で、僕はある日突然、路地裏の少女から王子様へと変わり果てた。
髪は短く切り揃えられ、男性用に仕立て直された謎デザインのメイド服が与えられた。グレイヴ卿はよほど僕の容姿が気に入ったらしい。僕を彼にとって理想の王子様――という名の愛玩動物とすべく、徹底的に教育すると宣言した。
そういう癖をお持ちなら何処ぞの美少年を攫ったほうが早くないかと思ったものだけど、彼にとって興が乗る相手は、あくまで女性であるらしい。一周回って何が何だかわからない。ただ、性癖への執着は本物だった。
最初に教え込まれたのは、立ち方だった。踵の置き方、背筋の伸ばし方、顎の引き具合。角度が一度ズレただけで、むち打ちの刑《けい》が待っていた。
泣けばやり直し。
声を荒げれば、最初から。
僕は感情を殺す方法を覚えた。そうしないと命が危ういと学べば、自然と身体に染みつくものだ。
使用人たちは、僕を羨んだ。
『特別扱いだ』
『可愛がられている』
そう囁かれるたび、喉の奥が冷えた。
卿の求める優雅な振る舞いを再現できなければ毒を飲まされ、激痛にのたうちまわる羽目になることを、彼らは知らない。
そんな僕は、奥方のロザリア様にめちゃくちゃに嫌われた。当たり前だ。ご主人の変態的性癖をギュウギュウに詰め込んだ将来の妾。目障りに決まってる。
ロザリア様が指を鳴らすと、僕の両手に赤い紐が纏わりついた。魔術師が使う拘束具だ。あっという間に手枷の形に僕を縛る。この見た目で、鉄のワイヤーよりも頑丈らしい。
「ロザリア様。僕がもしロザリア様の立場でも、普通に僕を毛嫌いすると思うんだよね。だから、貴方が僕にした数々の嫌がらせは、ぜんぶ許すことにしたんだ。腐った食事を無理やり食べさせようとしたことも、誰にでも身体を許すクソビッチと噂を流したことも、冷水を浴びせて冬の夜空に締め出したことも、全部許すよ。でも、理不尽は理不尽だからさ、最後に一言言わせてよ」
赤い紐が今度は首にまとわりつく。
時間はあまりないらしい。
だったら、言うだけのことを言っとこう。
当主のお気に入りから罪人へ、一瞬で転落した、僕からの捨て台詞。
「ご愁傷様。貴方の旦那、本物のカスだよ」
赤い紐が僕の首を締め上げる。僕の意識が、闇へと堕ちる。
早すぎだろ。不敵に舌を出すくらいの時間はくれよ。
もうちょっと容赦してくれてもいいじゃないか。
僕はまだ、たった十五歳なんだけどな。






