テラーノベル
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王都監察庁はまともな裁判をしなかった。
その日のうちに僕は有罪を言い渡され、犯罪奴隷になった。グレイヴ家の息がかかったとしか思えないスピード感だ。
「ロザリア様も必死だな」
グレイヴ卿が戻るまでに僕が死んでないと不味いのか、賢者の石紛失の後処理に時間をかけたと王族に思われたくないのか。多分両方だ。
背筋を伸ばし、静かに歩いた。
地下で開かれた奴隷オークションの会場は、空気そのものが気持ち悪かった。
汗と酒と、欲望の匂い。
視線が、肌を舐めるように這い回る。
「若いな」
「顔がいい」
「ほら、姿勢を見ろ。あれは仕込まれてる」
褒め言葉も、舌なめずりが混じっていては汚れて聞こえる。ただ、彼らのねっとりとした視線も、グレイヴ卿の気持ち悪さには遠く及ばない。
グレイヴ卿のような本物は、唾液混じりの言葉なんかに頼らない。無言で舐めてくる。頬や首に舌を這わせ、何を味わったか知らないが、満足していた。あの時は、なるほどこれが『生理的に無理』というフレーズの使い所かと感心し、死ねと思った。
奴隷市場の客たちの噂話が聞こえてくる。
「知ってるか? 今日の競売にはあのノクス・ネクロヴァルトが来てるそうだ」
「誰だ?」
「知らんのか。悪名高き、六大名家の異端。再生の魔術師」
「再生……? 善人らしい二つ名に聞こえるが……」
突如、悲鳴が聞こえた。客同士での揉め事があったらしい。
腰まで届く黒髪の男が、貴族のボンボンらしい男を締め上げていた。足元には、護衛と思しき二人の大男が転がっている。
黒髪の男の腕は、明らかに人間のものではなかった。黒い鱗に覆われている。
何だあれと思っていたら、野次馬たちの噂話が教えてくれた。
「何だ? あれは、竜の腕じゃないか」
「奴は身体の一部を魔物の死骸と繋ぐことができる」
「馬鹿な。そんなもの、癒着するはずが……それどころか、拒絶反応で死ぬぞ」
「死なない。再生の魔術師だからだ。奴は命の法を捻じ曲《ま》げてるんだ」
じっと彼の背中を眺めていると、ふと彼が振り返り、目があった。
「あれが、ノクス・ネクロヴァルト」
整った顔立ち。僕とは真逆の女顔の男だ。
けれど、その眼差しは氷のように冷たい。まるで視線でこちらを刺すかのようだ――というか、あれ? めちゃくちゃこっち見てきてないか?
オークションの支配人である片眼鏡の男が、冷や汗混じりにノクスに近づいてきた。
「またトラブルですか。ネクロヴァルト卿。次は出禁と伝えたはずですが?」
「奴らがふっかけた」
「穏便にやり過ごす術などいくらでもあるでしょう、貴方様ほどの魔術師なら」
「その子を」
「は?」
「その子を買う」
ノクスが僕を指さしてくる。
「ご冗談を。今のご自分の立場を理解しておいでですか? 六大名家の当主様と言えど、暴力沙汰を起こした方を、競売に参加させるわけ……」
「買う」
支配人が手を出すと、ノクスは金貨を一枚載せた。
「いや、彼女は今日の競売品でして」
「今すぐ連れ帰る」
ノクスが金貨を二枚重ねる。支配人が唾をのみ、その声が震える。
「お、お金で解決できる問題ではありません!」
支配人がノクスに耳打ちする。
「ここだけの話、あの娘は非売品です。グレイヴ卿の奥方のご希望で、どこぞの変態に売られたように見せかけつつ、秘密裏に処理する手筈で……本当に売ってしまえばウチの信用が揺らいで……」
声がでかいぞ支配人。僕の位置まで聞こえて大丈夫なのか、その話。
ただ、一番話を聞いてなくちゃいけないはずのノクスは、まるで耳を貸さないらしい。
「連れ帰る」
支配人の手のひらに金貨の雨が降った。
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