「……で? あの書類は?」
昼休憩明け、デスクに戻るなり大森が冷たく声をかけてきた。
若井は椅子に座りながら、小さくため息をつく。
「まだ終わってないです。っていうか、それ、もともと先輩の仕事です」
「ん? 聞こえないなあ。お前、なんか言った?」
振り返った大森は、にやりと笑う。まるで、言い返す隙すら与えない態度だった。
「……なんでもないです」
「よろしい。じゃあ追加でこれもよろしく」
大森がデスクにどさっと積んだのは、さらに分厚い書類の山。
「……正気ですか?」
「正気だけど? てか、お前このくらいできるでしょ? “優秀”なんだろ」
皮肉を込めたその口調に、若井は無言で資料を受け取るしかなかった。
数時間後。
ようやく一段落ついたと思った若井が席を立とうとした時、大森の声が後ろから飛んできた。
「おい、どこ行くんだよ。まだ終わってない」
「えっ、でも、もう業務時間……」
「だから? お前、俺の分も終わってないだろ」
「……はああああ……」
若井は天井を見上げて、静かに深呼吸した。
「……あのですね、先輩。そろそろ自分で――」
「ん?」
「……いえ、なんでもないです」
「ほらね。そうやって素直なら、もっと楽なのにな〜?」
ニヤリと笑う大森に、若井は完全に脱力する。
「この会社、ブラックだよ、ほんと……」
「違うよ。俺がブラックなの。お前専用のな?」
「……ほんっと最悪だな、先輩」
「ありがと」
若井の心の中では、“辞表”の二文字がちらついたが、それでも大森の後ろ姿を見ながら、なんだかんだでまだやっていける気がしていた。
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