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――やることは特に無いし、ゆっくりしている時間も無い。
辺境都市クレントスに向かうと決まれば、ここは即座に行動だ。
小屋にはまとめる荷物もないので、すぐに出発の準備に入る。
「……また、これのお世話になりますか」
そう言いながら、私はアイテムボックスから大きな布を3枚取り出した。
王都から逃げた直後……まだ錬金術が使えていたときに作った、防水性の布だ。
これを二人に渡して、それぞれ|雨合羽《あまがっぱ》のように頭から被る。
「結構便利ですよね、これ。雨なんて珍しいから、雨具の準備なんてしていませんでしたし――
……っていうか、荷物は全部置いてきてしまったんですけど……」
エミリアさんは、寂しそうに呟いた。
あの日は突然お城に呼ばれていたわけで、それぞれの荷物は当然のことながらお屋敷に置いたままだったのだ。
つまり、エミリアさんが作ったふりふりの服なども、置いてきぼりになってしまっていた。
「私の、ガルルンの巨大ぬいぐるみも……。
……でも命あってこそですし、また生活が落ち着いたら作りましょう。……うん、そうしましょう!」
「そうですね……。……はい、まずは落ち着ける場所を探しましょう!」
――お金で買えるものは、いずれまたお金で買えば良い。
残念だけど、生活に潤いを与える系のものは、しばらく我慢、我慢だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
小屋を出てから、私たちは歩きながら、今後のことを相談することにした。
本来は小屋の中ですれば良い話なのだが、どうにも気持ちばかりが焦ってしまい、早々に出発することにしたのだ。
「それで、クレントスに向かうわけだけど……。どうやって進めば良いのかな?」
来た道をそのまま戻るというのであれば、単純に宗教都市メルタテオスに向かうところだ。
しかしあの街も街門があり、そこで身分証明が必要になってしまう。
さすがに王都から近い場所だし、当然のように私たちは入ることが出来ないだろう。
「メルタテオスの南の方に、小さな街がありますよ。
少しハメを外すような街なので、身分証明は雑になっていまして……」
「ハメを外す? ……それってどういう?」
私がそう聞くと、エミリアさんは少し言葉を選んでから答えてくれた。
「えぇっと……。ファーディナンドさんと最初に会ったような場所……というか?」
それは王都の中の、風俗街――
……ああ、なるほどね。
「その街って、私とエミリアさんの居場所はありますかね……。
あのときの服は、アイテムボックスに入ったままですけど」
「……何があったんですか?」
ルークは、私たちの話に付いてこれない。
あれはちょうど彼が修行に行っていたときだから……ということもあるが、そもそもルークには何も伝えていないのだ。
「まぁまぁ、それは置いておいて……」
「でもそういった場所だけではなくて、全体的に歓楽街なんですよ。
カジノなんていうのもありますし」
「おぉ、カジノ……!
でも今は、さすがにそんなところに行ってる場合じゃないし……」
私たちは今、あくまでも追われている立場だ。
楽しんでいる時間は無いし、楽しむ余裕も無い。カジノだけは気になるけど、いつかそのうち……ということにしておこう。
「それ以外だと、小さい村に立ち寄る、とかでしょうか。
でも、村の中には保守的なところもありますからね」
「小さい村というと、ガルーナ村くらいの感じですか?」
「いえ、あそこは結構大きな村でしたよ。疫病が流行る前は500人くらいだったそうですし……。
この辺りは魔物も多くありませんから、100人くらいの村がいくつもあるって感じですね」
「村に入るのであれば、身分証明は要らないですか?
それなら村を転々として、それでクレントスを目指すっていうのも……」
「うーん……。小さな村は旅人が寄ることも少ないので、一長一短ですね。
わたしとしては、小さな街を目立たないで進む方が良いかなと……」
「ふむぅ……。ルークはどう思う?」
「エミリアさんに同意です。
街で食糧を調達して、できるだけ人の集まる場所を避けていければ……」
「なるほど……」
……となると、あとは寝床の確保か。
野営に使うものさえ揃えられれば……とは思ったものの、問題はこの雨だ。
雨が降っていなければ、満天の空の下、夜を越すことも出来るんだけど……。
「――それと、わたしは服を買いたいです!」
話の切れ目で言ったのは、エミリアさんだった。
しかしそれは、贅沢とか我儘ではなくて――
「……ルーンセラフィス教の法衣ってだけで、結構目立っちゃいますからね」
「はい! わたしは『ルーンセラフィス教の司祭』っていう特徴で探されると思うんですよ。
だからひとまず、他の服に着替えたいなって」
ちなみに私は、お城に着ていった『はったりをかます服』ではなく、今はいつもの服を着ている。
アイテムボックスがあるから、いつも両方の服を持っているのが幸いした形だ。
それに、『はったりをかます服』は裾が長いから、こういう雨の日だとすぐに濡れちゃうんだよね。
ルーンセラフィス教の法衣も裾が長いから、同じ感じで簡単に裾が濡れてしまうし。
「他の服なら、ジェラードさんの、例の――」
「――はダメです!」
私の提案は、途中であっさりと却下された。
エミリアさんが着られる服だなんて、以前風俗街で着ていたものくらいだ。
私が持っている他の服も、きっとサイズが合わないだろうし……。
「それじゃ、どこか買い物ができる街を目指しましょう。
でも、それならさっき言っていた歓楽街みたいな街でも良いですかね?」
「そうですね、そうしましょう!」
ひとまず行く先が決まったので、まずは不安のひとつが解消された。
不安なんてたくさんあるけど、ひとつずつ潰していけば、きっといつかは何とかなるだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼過ぎ、私たちは森の外にようやく出ることができた。
視界が開けて、遠くまで景色を見渡すことが出来る。
――見渡すことができる安心感と、不安感。
これはやっぱり、追い掛けられている者の心理なのだろう。
「……ところで、その街っていうのは今日中に着きますか?」
「あ……」
「え?」
それは何とも今さらの指摘だった。
ここまで誰も気付かないというのも、三人が三人、やはり疲れているのだ。
肉体的に……というか、精神的に。
「そ、そうですね……。ここからだと歩いて3日くらいの距離でしょうか。
夜は進めないとして……」
「結構遠いような、近いような……」
……いや。
食事が取れないことを考えれば、圧倒的に遠いか……。
「であれば、途中で村を探すことにしましょう。
村でなくても、個人の邸宅があれば、そこで宿泊をお願いするのも良いかもしれません」
「個人の邸宅?」
ルークの言葉に、つい質問を返す。
「はい。貴族や資産家が、広い屋敷を郊外に持っていることがあるのです。
それ以外でも、普通の一軒家のような場合も結構ありますが」
「なるほど……。グランベル公爵のお屋敷みたいな感じかな?」
大なり小なり違いはあると思うけど、イメージとしてはあんな感じなのだろう。
「その屋敷のことは、私は存じ上げませんが……。
ただ、貴族はおそらくダメですね。私たちの情報がすでにまわっていると思います」
「確かに、国に仕えてなんぼの人たちだからね……。
ちなみに二人とも、知り合いの心当たりなんて無いよね?」
「ありませんね……」
私とルークは王都の滞在歴は2か月ほどだし、加えて貴族と懇意にしたことは無い。
ルークについては、あまり期待していなかったが――
「あ、わたしもありません……」
エミリアさんも、申し訳なさそうに言ってくる。
……頼みの綱がそれなら、心当たりが0件になるのは仕方が無い。
「それでは街に向かいながら、途中で家を見つけたら訪ねてみましょう。
こちらのことを知っていたら……どうするか悩ましいですけど」
私たちが追われていることがバレてしまえば、すぐに逃げたところで、大体の居場所はそこから伝わってしまう。
だからといって目撃者を殺す……なんていうのは論外だし、それ以外でも暴力に訴えるのはこちらの本意では無い。
しかし下手をすれば、こちらがやられてしまうわけで……。
……うーん、うーん。
人の世とは、何と生きづらいものなのだろう……。